◆第五十四話『体制の移行』
「ミスティック・リアに復帰したぁ!?」
将大は素っ頓狂な声を上げた。
「なんであんな連中なんかに協力するんだよ!?」
「あー、一番の理由としては『その方がもっと早く強くなれるから』かな」
「だからって……」
「んー、それは流石の僕も反対だねぇ……」
「章、説明が足らないわ」
僕を非難するような口調でリリスのフォローが入る。
ミスティック・リアに復帰することになった経緯を、彼女が説明してくれた。
「まぁ、そういうことなら仕方ないか……」
将大が一応は納得したようだ。
「それなら、俺らも協力させて貰うぜ。なぁ、文さん」
「……いいのか?」
「そういうことなら、仕方ないわね。私達が抜ける原因になったことは解決してるわけだし」
「決まりだな。それじゃ、早速行くか!」
「これ、猪突猛進もいい加減にせい。もう夕刻だぞ、将大。焦っても仕方がない、明日にすべきだ」
「へいへい」
「いやー? みんな大切なこと忘れてないかなー?」
珍しくレンが喚起した。文先輩が反応する。
「そうね、詩織ちゃんの様子を見ておきたいわ。ミスティック・リアに向かうのはそれからにしましょう。たまには良い提案するわね、レン」
「僕の言いたいこと先に言って、その態度は流石に酷くないかな?」
こうして次の日、僕らは全員で詩織の入院している病院を訪れることになった。
*
次の日、僕達は僕の家に集合すると、まず詩織の入院している病院へと自転車を走らせた。
どうやら僕が将大に鉄拳制裁を食らう前に、詩織と僕らの間にどういうことが起きたかは、リリスが説明したらしい。
病室に着いた時、詩織はまだ意識が戻っていなかった。
そばにはテレサさんが付いていた。
「ほんと、つくづく可哀想な目に遭ったわね……何もしていないのに」
目尻を下げながら、文先輩は言った。
外から涼し気で新鮮な風が入ってくる。
白く綺麗なカーテンが、風を受けてたなびいていた。
「見ているだけしか出来ないなんてな……。こんなことをした奴、一発ぶん殴ってやりたいぜ」
「まぁ、死に至らなかったのは不幸中の幸いだな」
「リリスが惜しみなく回復魔法を使ってくれましたからね。それに、麻夜さんが仇を取ってくれた。僕は……何も出来ずじまいだった」
僕は少し俯き加減で言った。
場が静まり返る。
みんなどんな言葉をかけていいのか、分からないのだろう。
「でも、次はそうはいかない。僕はもっと強くなる。その為に、ミスティック・リアに戻る決意をしたんだ。次は絶対に、負けたりなんかしない」
みんなしばらく唖然とすると、やがて将大が屈託のない笑みで僕の肩を叩いた。
「俺達も負けてらんないぜ。なぁ、文さん」
彼女は「えっ、私?」と言いたげに少しだけ驚くも、やがて応答してみせた。
「ええ、そうね。私達、『運命共同体』だものね」
「そうそう! 流石文さん分かってるなぁ!」
どうやら将大の言葉を借りたことが気に入ったらしい。
だが彼なりに配慮してるらしく、彼女の肩を叩くようなことはさすがに無かった。
*
病院をあとにすると、僕達は自転車で隣町のミスティック・リア宮本支部に向かった。
果たして将大達まで受け入れてくれるかは微妙だが、行ってみないことには仕方がないだろう。何しろ知ってるのは麻夜さんの連絡先くらいで、ミスティック・リアに直接連絡する手段を、僕らは持ち合わせていないのだから。
ミスティック・リアに着くと、僕らは真っ先に〝礼拝堂〟に向かった。
正面玄関があるが、警備が厳重で、裏口のここから入った方が何かと都合がいい。
中に入ると、麻夜さんが出迎えてくれた。
だが、一緒に居る将大や文さんに驚く様子もない。
素のままでもあまり驚きを表に出しそうにない彼女だが、一応、何故驚かないのか、と聞いてみた。
「皆様全員がここに来ることは既に予知されていましたので」
どうやらミスティック・リアには予知能力のある人が居るらしい。それならさっさとこの戦争の勝ち負けを占って欲しいものだ、なんて思ったが、心の中に留めておいた。
「まず室長室にお通し致します。こちらへ」
彼女は行き先を示すように右の手の平を仰ぐと、ドアを開けて、室長室へと僕らを案内し始めた。
*
「えー、君達がご存知かどうかは図り兼ねるのだが、章君の能力に相当なポテンシャルがある事はもう知っているかね?」
将大と文先輩、レシムさんとレンが互いに顔を見合わせる。
そういえば、シェマグリグの奨めでまだ話してなかった気がする。
「彼の能力は『火炎魔法』だと当初は考えられていた。しかし、天使リリスの話を聞く限り、彼の魔法は『エネルギーを操作する魔法』である可能性が高い事が発覚した」
将大以外の全員が目を丸くした。将大、お前絶対分かってないだろ……。
「つまり、使いようによっては限りなく応用が利くということだ。これは非常に大きい。特に、戦争の終盤になるほどね。なので、私達は彼の能力を見込んで、ある試みをすることにした」
「ある試み……?」
文先輩が訝しげに反芻する。
「今後章君には、ペアではなく、単独で戦闘して貰う」
「なんですって?」
リリスが不満そうに口を挟む。
「それじゃ、詩織ちゃんはどうなるのよ!」
「もちろん、彼女が戦線復帰したらペアを再結成して貰うつもりだ。しかし、不穏な予言が出ていてね……」
「予言……?」
そういえば、さっき麻夜さんが僕ら全員で来ることを、予知してたなんてこと言ってたな。
同じ人が詩織についても予言しているのか。
「彼女は目を覚ましても、しばらくは戦線復帰出来ないかもしれない」
「!? それってまさか……」
リリスは急に顔を真っ青にした。
「どうしたんだリリス、酷い顔だぞ」
「バカ! 幻想戦争のルールを忘れたの!? 降参したら幻想戦争についての全ての記憶を奪われるって!」
「リリス、落ち着いて下さい、詩織は大怪我をしても時に取り残された空間に存在していたのです。その線は薄いと思います」
「…………」
テレサさんの言葉に、何故か彼女は黙り込んでしまった。
「それに、単独で戦うのも悪い事だけではない。それだけ能力を強化出来る。戦闘能力を上げるには実戦が一番だ」
「だからってそんな危ないこと……」
「僕、やりたいです」
「章!?」
リリスは口を開けたまま僕の方を見た。
「出来る限り能力を上げたい。それが誰かを救う力になるのなら。リリス、僕はもっと強くなりたい。協力して、くれるか?」
出来る限り真摯な視線をリリスに向ける。
その様子を周りが見守っている。
しばらく睨み合いが続き、やがてリリスが根負けして、溜息をついた。
「わかったわ。そこまで言うなら私はもう何も言わない。好きにしなさい」
「ありがとう、リリス」
「では、ソロでの活動、頑張ってくれ」
こうして賀茂功栄からの話は終わり、僕らは能力引き上げ訓練に参加することになった。
だがラボ05――以前バーチャルリアリティを体験した場所だ――に向かう途中、僕だけ麻夜さんに違う場所に連れていかれたのだった。




