◆第五十三話『裏切りか否か?』
なんだ……? 何が起こった……?
赤いものが見える……服? 赤い……服?
「〜〜〜〜〜!? 〜〜!」
文先輩の声らしきものが聞こえるが、上手く聞き取れない。
ぼやけた視界が元に戻ると、そこに将大が立っているのが分かった。
酷く頭に残る鈍痛に耐えながら、僕は将大に掴みかかった。
「いきなり何すんだよ!」
そして、彼の背後のリリスへと視線を移す。
「リリス、将大には話すなって言っただろ!」
「……私はテレサに話しただけよ」
彼女は冷然とした態度で、淡々と応答した。
「そんな子供みたいな言い訳、通るかよ!」
将大は掴みかかった僕の手をゆっくりとほどくと、僕の目を見て話し始める。
武道を納めている彼は、僕と比べ身体が一回り大きい。その為、目の前で立っているだけでも結構な威圧感があった。
「……アッキー。話があるのはこっちの方だ」
「…………」
「なんで、結城さんのこと黙ってた?」
将大は真っ直ぐに僕の目を見据えている。
そんな彼の視線に堪えきれずに、僕は目を逸らした。
「……お前らと距離を置きたかったんだよ」
「だから、何で!?」
「五月蝿いな! お前らが頼りないからだよ! 詩織のことを話して、お前らに何が出来る!」
彼は一瞬悲しげな表情を見せ、やがて、頭に血を昇らせた。
背後では文先輩が信じられないといった様子で、口元を押さえている。レンが彼女の肩を持ち、珍しくその細い目を鋭く尖らせていた。
そこに、割って入ってくるリリス。
「……章、それは私に話してた事とは違うようだけど?」
一番敵にはしたくない相手が来た。味方にすると心強いが、敵にすると厄介なのはわかっていた。
「あなたは私にこう言った。『将大君達を詩織と同じ目に合わせたくない』って。何故素直にそう言わないの?」
リリスの言葉を聞いて、将大は目を丸くする。
どうやら詳細は知らされてなかったらしい。
「……僕はそんなこと言ってない」
その場しのぎとは分かりつつも、気付くとシラを切っていた。
「気付いてないの?」
「……何が?」
唐突過ぎる彼女の発言は、よく意味が分からなかった。
「あなた、泣いてるわよ」
なんだって……?
僕は即座に目元を拭った。
拭った人差し指には、水滴が一粒付いていた。
「もう一度聞くわ、何故本当のことを言わないの?」
「そんなの――」
続きを言おうとして口を噤む。
「章、言いなさい。あなたの口で!」
拳を握り締め、歯を食いしばって下を向いていた僕は、やがて覚悟を決めた。
「章!」
「そんなの、逆効果だからに決まってるだろ!」
思わず、大声で叫んでしまった。
将大、文先輩、レンが、目に見えて驚きの表情を見せる。
残りの三人は極めて落ち着き払っていた。
「お父さんだって、お母さんだって、叶だって……いつだって僕の大切な人達は僕を置いていく……! 詩織だって、死にかけた!」
神様、あなたがもし居るのなら――
「叶が死んだのは僕のせいだし、詩織が危ない目に遭ったのだって、シェマグリグを引き入れた僕の責任だ! これ以上、自分のせいで誰かを死なせたくなんかないんだよ……!」
これ以上、僕を苦しめないでくれ……。
「嫌われてもいい! 僕の知らないところで幸せに暮らしてればれでいい! 十分だ! お前らが生きてさえいてくれれば、僕はそれで満足なんだよ!」
一気呵成に、独白した。
不意に視界が曇る。目に涙が溜まっているのが、自分でもわかった。
ここまで感情的に本心を吐露することになるとは、自分ですら思っていなかった。
「じゃあ章君が死んだら私達はどうなるの!?」
食ってかかってきたのは、文先輩だった。
その強い語気に、思わず一瞬怯む。
「だっ、だから嫌われたかったんだよ! お前らが僕のことを嫌いになってくれれば、後腐れ無いだろ!?」
「どうしてそんな悲しいこと言うの!?」
「……っ!」
気付くと文先輩も、顔をくしゃくしゃにしていた。
将大は俯いたままで、リリスとテレサさん、レシムさんは僕らの様子を見届けている。
レンは相変わらず鋭い視線を僕に向けていた。
「章君のことを嫌いになって、真実を知らないまま、生きていく事が本当に幸せなの!? 違うでしょ!?」
レンが静かに頷く。
「私達だって自分達のせいで章君に死んで欲しくなんかないわよ! 章君がどれだけ苦しんだか、私達には到底理解出来ないのかもしれない! それでも! 私達はあなたの仲間で居たいの! あなたの為に死んだとしてもそれで満足なの! あなたと同じ! なのになんで分かってくれないの……?」
文先輩がとうとう目を覆った。レンは優しい顔をしながらその肩を摩る。
彼女の話を聞いて、僕も涙が止まらない。
「アッキーだけに、無理なんかさせるかよ。なんで信用してくれないんだよ! そもそもそんな簡単に死ぬつもり、俺には無ぇよ。きっと文さんだってそうだ。仮に死ぬとしても、俺達はもう運命共同体だろ? 一緒に戦って、そんでもって死ぬ時は仲良く墓の中だ。それでいいじゃねえか。……こんな悲しいこと、二度とすんな。それと、女一人泣かせたことは、責任取れ」
口角を上げて、彼は僕に笑いかけた。だが目は笑っていない。
そして、背後で溜息を付く人物が一人。
「やらない善よりやる偽善、なんて言うけど、この場合やらない善の方が良かったかもしれないわね」
言い得て妙な台詞を吐くと、彼女は肩を竦めた。
すると、テレサさんが近付いてくる。
「アキラ……」
テレサさんは僕の肩に手を置き、続ける。
「良い仲間を、持ちましたね……」
彼女の言葉を皮切りに、僕はその場で泣き崩れた。




