◆第五十一話『駆引の談合』
「今更戻ってきて、これから協力する? そんな身勝手な話があるか」
やはり、こうなるか……。
確かに、あんな離脱の仕方をして、ひょいと戻ってきて面倒見てほしいなんていうのも、我ながら虫のいい話だ。
でも、だからこそシェマグリグを連れてきたのだ。
……見た目はただの猫だが。
「こちらにも出すカードがあります」
「ほう? なんだ、言ってみなさい」
「私たちに協力的な竜人を見つけ出しました」
「……なんだと?」
シェマグリグは廊下から悠然と入ってくると、机の上に鎮座した。
「これがそうです」
「……君は僕を馬鹿にしているのか?」
「いや、こやつは何も嘘は言ってはおらぬ。我は猫の身体を借りているだけだ、御老人」
喋る猫を前にして、賀茂は目を大きくして驚いた。
「な、なんだこの猫は!」
「魔術を使い猫の身体に憑依したのだ。神秘の研究をする者にとってさして不思議なことではあるまい?」
「なんということだ……」
賀茂が頭を抱えて、目をこれでもかというくらいひん剥いて驚いている。
この時僕はふとある疑問を覚え、彼が大袈裟過ぎるリアクションで驚いている隙に、リリスに話し掛けた。
「なぁリリス、ここに収容されている竜人たちは何故、シェマグリグのように何かに憑依しなくても実体化していられるのだろう?」
何故今まで疑問に思わなかったのか、我ながら不思議だった。
「さぁね。この前の、時に取り残された空間に無理矢理入り込む実験といい、何らかのテクノロジーを有していると考えるしかないんじゃない? もしくは、麻夜の能力の一つとか」
後者で合点がいった。何しろ彼女は、『不思議な携帯』で連絡すると、時に取り残された空間にまで転移出来るのだから。
僕は自分の見解をリリスに打ち明ける。
「なるほどね……そうかもしれないわね」
「章君」
賀茂が話を遮って話し掛けてきた。
「どうやらこの竜人は本物らしいな。まだ我々しか知り得ていない情報を、彼は物の見事に答えてみせた」
どうやら僕達が知らない間に話が進んでいたらしい。
手のひら返したか。良い性格してるよ、ほんと。
「章君、君には本当に感謝するよ。それでは、この竜人を我々に引き渡してくれるね?」
引き渡す……?
そうか。
彼らは竜人の人としての権利を何とも思っていないことを忘れていた。
「いえ、引き渡すというのはちょっと……」
いくら憎き竜人とはいえ、シェマグリグだけは別だ。引き渡すという言い方の処置には、口を挟まざるを得ない。
「手厚くもてなすつもりだが、それでもか?」
「手厚く……もてなす……」
「当然だ。彼は有益だし、逃げ出す心配もない。他の竜人とはまた違った措置をするのは当たり前だろう」
僕はシェマグリグに目線を移すと、彼は落ち着き払った態度で泰然と座っている。
「我としてはその話が本当なら断る理由もないが」
「…………」
この薄情者め。少しは名残を惜しんだらどうなんだ。
「なら、それで大丈夫です」
僕だけが残念に思っているのが、少しだけ寂しかった。
「あと一つ、頼みたいことがあるんですが」
「ふむ、我々に出来ることなら何でも聞こう」
「竜人たちを、拷問から解放してあげてくれませんか」
「いいだろう」
即答だった。
いくら筋が通っているとはいえ、ここまですんなりといくとは普通思わない。
とはいえ、シェマグリグが協力するというのなら、もうそれをする必要はないこと自体は、火を見るより明らかではあった。
ただ、あっさりとし過ぎていて少しきな臭い。
心中少し疑りながら次の話をしようとすると、リリスが口を開いた。
「なら、彼らを使った実験はどうなのかしら?」
そうだった。
僕らがこの団体を離脱するに至った理由は竜人に対しての拷問であるのは事実だが、彼らは危険な実験を繰り返してきたのだ。
確かに彼は「拷問をしない」とは言ったが、こちらの話についてはしていない。
「……それを止めることは出来ない」
「半分騙すようなやり方ね」
「…………」
彼女が久々に見せる刺々しい口調だ。
「なら、交換条件でどう?」
「……言っておくが、この猫に憑依した竜人についての話はもう終わったぞ」
「いえ、こちらは章の能力についての研究と開示を条件に出すわ」
「ほう?」
確か彼女は、僕の能力の潜在性が化け物しみたものであると、前に告げた。
その話を繰り返すかのようにリリスは賀茂に僕の能力の真価について打ち明けると、彼は再び驚きの表情を見せる。
一日で何度も驚いて忙しい人だなこの人は。
「……いいだろう。ただし」
何度狡い屁理屈をこねれば済むんだと内心毒づく。
「彼らを野放しにするのは危険だ。彼らの拘留は続ける」
……こればっかりは仕方ないだろう。
僕はリリスと目を合わせて互いに頷くと、お互いの条件に同意し、僕らは再び契約した。




