◆第四十九話『奇襲と重症Ⅱ』
僕らが外に出ると、真っ先に目に入ったのは、武器を持ったまま地面に這いつくばっているシェマグリグの姿だった。
……どういうことだ?
見た限りだと、目立った外傷は無い。ちゃんと手には武器を持っている。しかしながら、地面にひれ伏している。
どういうことかは分からないが、何らかの魔法の効果であろうことは容易に想像がついた。
「……どうしたシェマグリグ、らしくないじゃないか」
「好きでこんな格好をしているわけではない……」
僕の煽りに、彼は不快を顕にする。
「ふむ、良い眺めじゃのう」
声がした方向、シェマグリグの前を見ると、そこには着物を着た女性の竜人が立っていた。紫色の猫目をしていて、竜人にしては背が低めだ。
「裏切り者にはそれ相応の償いが必要であろう? 今からもう少しいたぶろうとしていたところじゃったが、悪運だけは良いのう、シェマグリグ。まぁ、我にとってはいたぶる相手が増えただけじゃが」
言うと、彼女は高笑いをした。
「お前が、詩織をあんなことにしたのか……?」
「我は優しいからのう、痛みを感じる前に昇天させてやろうと思ったまでじゃ」
「なんだと……?」
狂っている。人を殺す行為に対して優しさなんてあるものか。
「なんとしても倒さなきゃね……。ねえ、章?」
リリスの言葉に頷くと、僕は深く女に軽蔑の視線を向けた。しかし、どこか妖艶な魅力のある彼女の目は、少しも揺らがない。
「我は優しいからのう、貴様も同じ場所に送ってやろうではないか……! 貴様もあの小娘も、シェマグリグを籠絡した罰としてな……!」
……来る!
正体は分からないが、シェマグリグがひれ伏した魔法が今から使われようとしている!
でも。
……逃げる訳にはいかない。
詩織は蘇生したが、運が良かっただけだ。あいつを殺そうとしたこいつを、許すわけにはいかない。まして、背中を見せるなど。
「退避しろアキラ、お前では適わない……!」
例え本当にそうでも、退避なんかしない。
……どんな不幸が訪れてもいい。
もしもの時は、あの力を使ってやる。
ごめん、サエカさん。
僕は、約束を破るかもしれない……。
「星の核よ、我らを地に繋ぐものよ、今その法則に改竄を与える。天秤よ、我に従え!均衡の宿命を覆せ──屈せよ! 重力操作!」
「ぐっ……!」
彼女が呪文を唱えると、僕はいつの間にか膝をついていた。
身体が重い……。とてつもなく……!
「どうじゃ? 動くのもままならないであろう? 貴様もそこの裏切り者と共に我にひれ伏すが良い」
いくら身体が重かろうと、魔法だけは発動出来る……!
「火炎の右手!」
僕の手から出た火炎流が、彼女に向かって進んでいく。
「む!?」
彼女は目を大きくして驚くと、咄嗟に背後へと回避した。
「遠距離魔法の使い手はちと厄介じゃな……。む?」
言うと、彼女は自らの手首を見つめる。すると、わなわなと震え出した。
「貴様……! 美しき我の手に火傷を負わせおったな……! 許さぬ……許さぬ……!」
「ア"ッ……!」
身体に感じる重力が段々と強くなっていく。
やがて片足立ちでも耐えられなくなり、僕は完全に地面へとひれ伏した。
顔を上げることすらままならない。これじゃ邪視も使いようがないじゃないか……!
僕が死んだらどうなる?
詩織だけが助かったとしても、あいつは責任を感じながら生き続けるかもしれない。
……馬鹿な判断だった。
復讐なんて、あいつは望まない。
素直に命を大切にすべきだった。
一旦退避してから作戦を考えることだって出来たはずだ。
シェマグリグは少しの間なら持ちこたえてくれるだろう。
大して抵抗も出来ずに、僕は死ぬのか……?
僕は自分の無力さを内心で嘆いた。
助かる方法は、何か、何か無いのか……?
この時、僕はふとあることを閃いた。
藁にもすがる思いで、ポケットの中へと手を入れる。
……あった。
彼女なら、どうにかしてくれるはずだ。
僕は激しい重力に耐えながら、その携帯の電源を入れた。
……頼む。来てくれ。
僕はまだ死ぬわけにはいかない。
「良い眺めじゃのう! 裏切り者と卑しい無礼者がひれ伏す光景は!」
彼女は機嫌が良さそうだ。……完全に油断している。
「さて、では今から拷問でも――」
「残念ながら、拷問されるのは、あなたですよ」
「……!?」
声だけしか聞こえないのが残念だった。今竜人の顔を見たら、いい気味だと思い、思わず抱腹絶倒していたに違いない。
「重力操作!」
「くっ……」
「どうじゃ? 驚かせおってから――」
「瞬間移動」
「――に?」
どうやら竜人の集中力が切れかけているらしく、僕はその様子を目撃した。
竜人が重力操作魔法をかけると、麻夜さんは瞬間移動魔法を使って回避したのだ。
やがて麻夜さんは、竜人を捕らえ、僕らは無事時に取り残された空間から脱出した。




