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◆第四十八話『奇襲と重症Ⅰ』

 日を跨ぎ、深夜遅く。ふいにパッと目を覚ました僕は、そのまま目が冴えてしまい、なかなか再び入眠する事が出来なくなってしまった。


 仕方が無いので、とりあえず牛乳でも飲んで落ち着こうと思い、階下に降りようとベッドから起き上がると、ある異変に気が付いた。

 僅かに視界が赤みがかっている。


 ……まさか、ここは……!


 すぐにリリスを起こそうと魔導書形態の彼女に触れようとした瞬間、隣にある詩織の家から突如として悲鳴が響き渡った。


「奇襲か!?」


 その声を聞き、リリスはすぐさま実体形態になると、起きかけにも関わらず、数秒で状況を理解したようだった。苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「すぐに向かいましょう!」

「どうやって中に入るんだ!?」

「最悪章の魔法で壊すしかないでしょう!」

「くそっ」


 駆け足で階段を降り、勢いよくドアを開けると、詩織の家の玄関まで全力疾走する。

 ダメ元で玄関のドアノブを回すと、鍵は開いていた。

 そして勢いよく扉を開けると、僕は急ぎ足で詩織の部屋のある二階へと上がった。


「詩織! 詩織!」


 部屋の前まで来ると、詩織に向かって呼び掛けるテレサさんの声が聞こえてきた。

 どんな光景が広がっているのか……正直少しだけ怖かった。

 それでもこの目で何が起こっているのか確かめなくちゃいけない。


「詩織! 入るぞ!」


 僕は勇気を出して詩織の部屋の扉を開けた。


 ……ひどい惨状だった。

 血の海の上に、詩織が倒れ込んでいた。

 彼女の腹から、際限なく血が溢れてきている。


「しお……り……?」


 あまりに衝撃的な光景に僕はその場に崩れ落ちた。


「詩織ちゃん!」


 リリスは詩織に駆け寄り、回復魔法を発動させる。

 僕はただ、その光景を見ることしか出来なかった。


「なんで……」


 目の前で起こっている事のあまりの理不尽さに、目から涙が溢れてくる。


「なんで詩織が……こんな大怪我しなきゃいけないんだ……!」


 僕は泣きながら、憤怒していた。

 だがリリスもテレサさんも、僕に構っている余裕は無い。

 感情に任せるがまま、僕は恨みを叫び続ける。


「詩織は、誰よりもひたむきで、優しくて、思いやりがあって、争い事が嫌いで、だからどこか儚くて、本気で人の為を思って行動出来る奴だ。なんでそんな詩織が、こんな仕打ち受けなきゃいけないんだ……!」


 リリスは回復魔法に集中していて、こちらを気にかける事も無い。テレサさんは俯いたまま、ただ黙り込んでいた。


「こんな大切な時に、神様は何もしてくれない……! 元はと言えば、神様のせいでこんな戦いに足を踏み入れることになったのに! なんで……なんで何もしてくれないんだ……!」

「……それが我ら、竜人族(ノガルドティアン)の本来の心境だろうな」


 扉の奥から現れたシェマグリグは、冷淡な口調で言った。


「皮肉なものだな。対話で解決しようと奮闘したにも関わらず、このような紛争が発端となって、彼らの気持ちを理解するとは」


 僕は彼をキッと睨み付ける。それでも彼は、泰然とした態度を崩さなかった。


「そんなことはともかくだ。一つ忘れている事があるであろう。そこの娘を襲った竜人(ノガルドティアン)に引導を渡す必要があるのではないか?」


 彼の言葉にハッとする。目の前の出来事に気を取られていて、まだ敵がどこかに潜んでいるであろうことに注意が向かなかった。


「だがリリスは回復魔法で忙しいようだ。ならば仕方あるまい。この我が仇を取ってきてやろうではないか」

「いや、僕も戦える」


 ここで誰かの手に任せることは出来ない。

 仇は、自分で取らないと。


「魔法も使えないのにか? 寝惚けたことを言うでないぞ、小僧。それとも、そこの娘を見捨てるつもりか?」

「僕には、この眼がある」


 僕が念じると、目の色が朱色へと変化する。

 それを見て、シェマグリグは目を丸くした。


「それは……なんだ……? 何故目の色が変わった?」

邪視(ビューイング・カース)……僕が子供の頃に発現した特殊能力だ。目を合わせて念じることで、相手を自害させることが出来る」

「……悪いがその能力だけで切り抜けられるとは思えん。発動させる前に距離を詰められたらどうする? 足でまといにしかならん。いいから大人しくそこで待っているのが利口だぞ、小僧」


 少し語気を強めて、彼は言う。

 僕は何の反論も出来ないことが、悔しくて仕方が無かった。


 邪視の使用についても、まだ、サエカさんからの許可が無い。

 こんな時なのに、どうして……。


 僕が意気消沈しているのを見てか、シェマグリグは呆れ気味に大きく溜息をついた。


「リリスがそこの小娘を治療し終わったら、我に合流しに来い。それでよかろう?」

「ああ……絶対に行く」


 僕の言葉を鼻で笑うと、彼は手を挙げて外へと向かう。

 僕は彼を見送ると、詩織を気にかけた。


「ごめんな……何も出来なくて。僕は……無力だ」

「章、あと五分くらいで終わるから、待ってて」

「ああ……」


 優しげな口調で彼女は諭す。

 そんな態度を取られている自分が、惨めで仕方がなかった。


「リリス……助かるのか?」

「ええ、処置が早かったから。何とかなりそうよ」

「申し訳ありません、私がもっと早く異変に気付いていたら……」

「テレサさんは何も悪くないですよ。大丈夫です」


 テレサさんは下を向いたままだ。

 困ったことに、僕には掛ける言葉が見当たらなかった。


 その後気まずい雰囲気のまま、数分が経った。

 物音一つしない室内がとても異様で、微妙に赤みがかった室内の様子も相まって、とてつもなく気持ちが悪かった。


「もう平気。しばらく安静にしていれば大丈夫よ。合流しましょう」

「わかった。行こう、リリス。テレサさん、詩織をよろしくお願いします」

「ええ、我が命に懸けても守り通しましょう。しかし……」


 テレサさんは何か引っ掛かっているようだ。


「まだ元の世界に戻らないということは、まだ戦闘中なのでしょうか?」


 僕ははっとした。

 あんなに無敵の身体能力を持ったシェマグリグが、そう簡単にやられる筈はない。だとすれば、苦戦している……?

 ……胸騒ぎがする。


「すぐに行くぞ!」

「言われなくても!」


 こうして僕らは、合流する為に、外へと駆け出した。

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