◆第四十六話『彼等の世界』
僕たちは昼前に廃ビルに到着すると、事の次第を報告することになった。
「……という訳で、彼が僕達に協力してくれるそうだ」
「本当に大丈夫なのか? 竜人なんだろ?」
将大は表情からして懐疑的だ。レシムさんも腕を組みながら思議していて、納得出来ているとはいえない態度だった。
「でも、話の筋は通ってるだろ?」
「そうかもしれないけどさ……」
理論的には納得出来ていても、気持ちの面で納得がいかないのだろうか。
それも無理はない。今まで出会ってきた竜人たちは、多かれ少なかれ、こちらを殺そうとしていた訳だから。人間とのハーフとはいえ、一応は同種族である彼を信用しろというのも、厳しいものがある。
迂闊な発言を避けたかったのか、しばらくシェマグリグは反論もせず、僕らの話を黙って聞いていた。
「私は彼を信用できると思います」
テレサさんは真っ直ぐな目をして言う。
「差別的な目線を向けられてきて、成り上がろうと努力した。でも彼を取り巻く環境は一向に変化しなかった。彼は疲れ果て、結局こちらの味方になることにした。筋は通っているし、なんとも涙ぐましい話です」
「でも、本当のことを言っているかどうかも分からないだろ?」
「…………」
将大の追及に、テレサさんは真顔のまま黙り込んでしまった。すると、すぐさまリリスがフォローに入る。
「それなら、レシムさんの覚醒能力で本当かどうか見分ければいいんじゃない?」
「レシムさんの覚醒能力?」
そういえば、将大とあまり協力して戦う事がないせいか、一度も発動したところを見た事がない。
「将大、レシムさんの覚醒能力って何なんだ?」
「いや、知らねえ」
どうやら担当魔法士の将大さえも見た事が無いようだ。
「我の能力は心眼、人の考えを見透かす能力だ」
「結構凄い能力じゃないですか!」
彼の一見強そうな能力に僕は感心した。
「いや、確かに便利ではあるのだが、覚醒状態じゃないと使えぬし、戦闘中にそこまでの余裕が出来たことは今まで一度も無い。だから将大でさえ我の能力を知らなかったのだ」
なるほど、と思い無言で頷く僕。
実用性はあまり無いようだが、口にするのは失礼なので、僕はそれを心の中にしまっておくことにした。
「では早速使ってみるとするか。心眼!」
呪文を唱え終わると同時、彼の目が赤色に変貌する。
「…………」
しばらくの間、彼は無言でシェマグリグを見つめていた。そんな彼の様子を、固唾を飲んで見守る僕ら。
「……白だ。この竜人は本気で我らに力を貸そうとしておる」
僕はどこかほっとした。冷静さは表面上のものだったのか、リリスも胸を撫で下ろしている。一方テレサさんは、結果に満足したように無言で頷いていた。
「悪かったな。疑ったりして」
将大は悪びれながら言った。納得したようだ。
「分かってくれれば良いのだ。お主も同胞……いや、奴らに迷惑をかけられたのだろう。同種族である我を疑うのは当然だ」
彼もなかなか物わかりのいい方だと思う。
「もういいな、リリス? 覚醒状態を解いていいか?」
「ええ、ありがとう」
レシムさんの眼の色が元の黒へと戻っていく。
「それじゃ、信用できるって分かったことだし、色々と質問させて戴きましょうか」
文先輩がやっと口を開いた。彼女の竜人や魔法についての好奇心は相当なものだと思う。
「良いだろう。何でも話してやる」
偉そうな態度で話す猫というのもなかなかにシュールだ。
「まず、あなたの世界について。あなたの世界は、一体どんな場所なの?」
「ふむ……どんな場所かと聞かれてもな……」
彼は言葉に詰まっているようだった。
そんな彼の様子を見て、文先輩は質問を変えた。
「ごめんなさい、質問が漠然とし過ぎてたわね。異世界から来た人に『地球はどんなところか』なんて聞かれたら、答えずらいものね。それじゃ質問を変えると、あなたの世界と私たちの世界で、違うところは何?」
確かにこの質問の方が答えやすい。僕は内心そう思った。
「違うところか。確かに、この世界は我らの世界に似ている。その方が答えやすいな。さて、何から話したものか……」
しばらくの間彼は黙って考えていた。文先輩は黙ってその様子を見守る。
「まず、魔術というものが公に存在する。それがこの世界とは一番違うところだ。我にとっては何故この世界には無いのか不思議だが、世界の構造上の問題だろうな」
ふむふむと頷きながら話を聞く文先輩。一方隣の将大は退屈そうだ。
「そして、魔法の軍隊が存在する。それがこちらの世界へとわざわざ戦闘をしに来ているのだ。ご苦労な話であろう」
「……世界が違うのに、どうやってこちらの世界へと来ているの?」
彼女の興味は尽きない。ふと詩織を見ると、彼の話に大人しく耳を傾けていた。
「魂を魔術によってこちらの世界へと転送しているのだ。肉体を含めると情報量が多すぎる故にな」
彼の話を聞いて、文先輩は目を大きくして、口が半開きになっている。そんな彼女の様子を、レンが半ば呆れながら見ていた。
一方隣の将大はとうとう眠り出している。
「それじゃ幽霊って居るの……?」
そういえば文先輩は幽霊が苦手なんだった。
「存在するのではないか?」
「…………」
文先輩は顔を手で覆うと、口を閉ざしてしまった。
「……質問する気失せたから、もういいわ」
「ふむ? 何か癇に障ったのか?」
「あー……ごめんねー。あややん霊とか苦手なんだ」
咄嗟にレンがフォローに入る。一応文先輩の守護天使といったところか。
「それじゃ私から質問してもいいかしら?」
今度はリリスが質問するらしい。
「いいだろう」
「ルシフェルって、あっちの世界だとどんな存在なの?」
この前の戦闘で、リリスが不思議と気にしていた存在だ。
「彼は我らの最高神だ」
「なんですって!?」
彼女は急に大声を上げる。将大がビックリして目を覚ました。
リリスが取り乱すのは珍しい。どうしたんだろうか。
「彼の預言で幻想戦争は始まった」
「やっぱりあいつ……ろくな奴じゃないわ」
彼女の態度を不思議に思ったので、僕は質問してみることにした。
「なぁリリス、なんでルシファーの話になると過剰なくらい反応するんだ?」
「…………」
腕を組んで下を向いたまま、なかなか話し出そうとしない。
「無理に話させる必要も無いでしょう、アキラ」
テレサさんの提言に、僕はそれ以上何も聞かないことにした。
「……それでは、対価を支払って貰おうか」
シェマグリグの突飛な発言に、その場の誰もが驚いた。
「協力するんじゃなかったのか……!?」
「猫缶を所望する」
「猫缶?」
「猫缶。この身体だと無性に食べたくて仕方がないのだ」
あまりに安い対価に、僕らは安堵した。




