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◆第四十四話『再度の狩猟』

 次の日。


 雲一つない爽やかな冬空に見下ろされる中、僕はリリスと一緒に鍛錬――例の廃ビル――へと向かっていた。

 詩織の家の前で彼女とばったり会った僕は、雑談をしながら住宅地を歩いていく。


 こんな平穏な日々が続けば、どれだけいいだろう。

 かつては退屈していた日常が、今となってはとてつもなくかけがえのないものに思えた。


 そして、そんな僕の切望を嘲笑(あざわら)うかのように、例の赤い世界は、広がり始める。

 また、命の駆け引きが始まるのだ。

 リリスとテレサさんが魔導書形態に強制転移する。


「……来たね、アキくん」

「そうだな……」


 流石に六人目の敵となれば、ある程度肝が据わってくる。

 これから緊張の時間が始まるというのに、だ。


 危険な状況ほど、落ち着いていなければ乗り越えられない。

 だが、一定の緊張感も持ち合わせるべきでもある。

 何事も慣れてすぐの時期が一番失敗しやすいからだ。


 しかし何よりも、二人はこれまでの修羅場を乗り切ってきた過去がある。

 自らの力に自信を持つのも一概に奢りだとは言えない。

 彼らは、息の合った名コンビだった。


「また会ったな」

「お前は……!」


 目の前から現れたのは、前回の戦いで刃を交えた人間と竜人のハーフの竜人、シェマグリグ。彼の能力は、自動武器化(オートウェポナイズ)、手に持ったものを武器へと変える能力だ。


「戦闘に言葉は要らない。ただ刃を交えるために我は貴様を引き込んだのだ。……ん? その女子(おなご)は誰だ?」

「僕のパートナーだ」

「ほう……誘われたということは、無関係ではなかったか。悪いが、女子(おなご)を手に掛ける趣味はない。貴様は陰から見守っているがいい」


 彼の言葉に、彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに不機嫌な顔になった。


「私が女の子だからって、バカにしないで。私だって一介の魔法士よ。それに、アキくんが命を張って戦ってるのに、それをただ傍観してるなんて、出来ない」

「ほう?」


 ふいにシェマグリグは大声で笑い始める。


「いいだろう。貴様、後悔するなよ? ……自動武器化(ジアノ・ペウォトー)!」

 そして、彼は近くの道路標識を怪力でぶち壊すと、武器へと変形させ、こちらへと駆け出してきた。


「アキくん、下がって。結界(スピリチュアルバリア)!」


 詩織と僕の周りを透明な結界が囲む。そしてそれめがけて、彼の強烈な一撃が打ち込まれる。


「……くっ……きつい……!」


 どうやら彼の怪力は尋常ではないらしい。

 段々と結界にヒビが入ってきている。


「アキラ、もう少し近付いて下さい。彼女の結界は小さいほど強固です」


 テレサさんの命に従い、僕は詩織のすぐ後ろまで接近した。しかしそれでも、防げそうにない。


「章、完全詠唱」

「え?」

「いいから!」


 わけも分からず完全詠唱で魔法を繰り出す僕。


「我が血潮は心臓を巡り、全身を巡り、脳髄を巡れり。満たされよ器、満たされよ霊魂、満たされよ気魂(きこん)!」


 詠唱途中で気付いた。そういうことか。


「大地に巣食う精霊どもよ、生の力を(うぬ)らに与う。与えし活力を以って我が脅威を圧倒せよ。焼き尽さん、火炎の右手ストリーミングフレイム!」


 完全詠唱で強化された炎撃は、詩織の結界をぶち破って、シェマグリグの身体に直撃するかと思われた。


 ……が。


 彼は完全詠唱を唱える不自然さに気付き、横に転がり込むようにして、間一髪で炎撃を回避した。

 そして態勢を立て直し、後ろへ飛んで一定の距離を取る。


「シェマグリグ、だったか。こちらの話を聞く気はないか?」

「…………」


 彼はじっとこちらの様子を(うかが)っていた。


「こんなことを続けて、何になる? 誰が得をする? お前らの信じるものっていうのは、そんなことをして喜ぶようなものなのか? お前らが信念の為に戦って、傷付いて、そんな様子を安全なところから見て、それで喜ぶのか? 僕だったらそんなの、神だなんて呼べない」


 僕の話を聞き、彼はそれをあっさりと笑い捨てる。


「……貴様はいくつか勘違いをしている。まず、我に信念などない。ただ竜人側で生まれて、素質があったから、こうして戦闘をしているだけだ。そして何より、我は戦いというものが好きでな。だからこうして戦争に足を突っ込んでいる。つまりは、貴様の説得は根本的に無駄だということだ。……しかし」


 落胆しかけるも、続く逆接に、僕は少しだけ期待した。


「貴様の話は、実によく筋が通っている。それに免じて、貴様に協力してやろう」

「……なんだって?」

「協力すると言っている」


 僕は目を丸くした。こんなにもあっさりと停戦に承諾してくれるとは。前のように失敗するか、戦闘しながら小一時間説得しなければいけないかと思っていた。


「一つ聞いていいか? ……何故そんなにもあっさりと協力するつもりになったんだ?」

「……人間と竜人のハーフ、それが我だ。そのせいで、よく爪弾きにもされた。実力を見せれば認められるかと思ったが、どうもそう簡単にはいかないらしい。結局、敵を増やしただけだった。要するに、自分のしていることが馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。逆に潰す側に回ってみるのも、悪くないとさえ思う。だから、協力してやる。ただし、我に命令はしないことだ。それさえ守って貰えれば、如何様にも協力してやろう」


 竜人はゆっくりとこちらに歩いてきて、手を差し出してきた。

 僕はその手を掴むと、強く握り締めた。

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