◆第四十三話『度忘の義務』
「さて、八人全員が無事到着したわけだけど……八人も入ると流石に狭いな……」
「確かに、少しこれでは不便ですね……」
僕の部屋は大体四畳半で、決して狭い訳ではないのだが、何しろ人数が人数だ。八人も入れば狭いと感じるのも無理はない。
「無理に章の部屋に入れようとするからよ。リビングでいいじゃない。大きなテーブルもあるんだし」
「仕方ない、そうするか」
一度二階に上がった僕らはぞろぞろと再び一階へと降りていく。
そして全員がリビングへと入ると、その場に適当に座らせた。
「じゃあ始めましょうか」
この中だと一番真面目な文先輩がリードする。
「普通ならこうして『勉強会』をすると、五割を雑談で潰しがちらしいですが、私達が居る限りそうはさせません」
テレサさんもどこかやる気だ。
こうして、黙々と冬の課題を済ませることになったのだが、明らかに集中してない奴が一人。
言わずもがな、将大である。
「なぁ、爺さん。勉強って何の為にやるんだ?」
僕は思わずレシムさんの方を見た。何故なら、僕自身も勉強というものの本質が理解出来ているとは思わなかったからだ。
「少し説教臭くなるが……色々ある中から二つだけ話をしよう」
ふと文先輩の方を見ると、彼女も手が止まっていた。どうやらこっそり聞くつもりらしい。
『将来の為になるから』『これから先の選択肢が増えるから』
大人は色々な理由を教えてくれたが、それはあくまで勉強の付加価値でしかないものだと思う。
だから僕も、本当の理由が知りたかった。
「まずは、頭の使い方が身に着けられる。例えば、数学の因数分解があるじゃろう? あれは、複雑な形をした式が、いくつかの要素の組み合わせで成り立っていることを示す。これは、世の中の複雑な現象はいくつかの問題に分解出来て、その掛け合わせで起こっていると応用できる」
場がしーんと静まっている。皆レシムさんの言葉に耳を傾けているのだろうか。
誰も何も言葉を発していないのに、沈黙による妙な一体感があった。
「また理科では、実験がある。あれは、『多分こうじゃないか(仮説)と考えて、それが本当かどうか試す(検証)』という順序になるじゃろ。この考え方は社会に出たら当たり前にやることなのじゃ。このように取り組み方が分かっている者には、勉強したことが実際に役に立っているんじゃ」
為になる話だと思った。今まで勉強の本質なんて誰も教えてくれなかった。
確かに、受験の勉強だと思っていると、志望校に落ちた途端に意味が無くなるし、勉強に対する答えを先延ばしにしているに過ぎない。
だからこそ、レシムさんの言葉はありがたかった。
「ただ、重要なのはもう一つの方じゃ。勉強は、自分の成長の為にある。人と比べて自分が出来ないという比較ではなく、前の自分と比べて成長できたのかどうか、それが重要なんじゃ。途中で諦めると、それが癖になって、何かあるとすぐに諦める人になる。人生には常に先がある。コツコツ努力出来る者が最終的に成長できる人になり、自分のやりたいことができるようになるんじゃよ」
言い終えると、テレサさんから小さな拍手が起こる。
「流石ですね、レシム。誰にでも出来る話ではありません」
「本当ね。頭を丸めているけど、生前は僧侶か何かだったの?」
文先輩の問いに首を振るレシムさん。
「かつての師の受け売りじゃよ。実際、我も勉学の得意な方ではないのでな」
………………。
…………。
……。
その後、真面目に冬休みの課題に取り組んでいると、将大が声を掛けてきた。
「アッキー、この問題教えてくれ」
「いいよ、見せてみろ」
『ひろし君が、十二時に自宅から時速二十㎞で歩き始めた。十二時半になってから、兄のたかし君が同じく自宅から自転車で時速四十㎞でひろし君を追いかけ始めた。たかし君がひろし君に追い付く時刻を答えよ ※たかし君の心境は答えなくても良い』
「なんだこの注意書き……いらんだろこれ」
「ちょっと待って、これ問題おかしくない?」
詩織が僕と将大の間を割って入ってくる。
「時速二十㎞って約秒速五・五mだよ? それで三十分以上走るなんて無理だよ」
「随分適当な問題出すもんだな……。というか最早歩いてないだろ」
「いや、駅伝選手とか普通に時速二十㎞とか出してるらしいぞ」
「何が悲しくて駅伝選手並みのスピードで走り出したんだひろし君……」
「とりあえず真面目に解けそうではあるし、解いてみたら?」
「やってみるか。というかこのレベル解けないってヤバいぞ将大」
「気にしない気にしない。その気になれば道場継げるし」
「…………」
とりあえず真面目に解いた結果、追い付く時刻は午後一時だった。
「ひろし君良く頑張った。一時間も走り続けるとは」
「たかし君も頑張ったよ。自転車とはいえ時速四十㎞で三十分はきついよ」
「だから心境は答えてどうする、注意書き読め注意書き」
「確かに!」
コントのようなやり取りに、場が和やかな笑いに包まれる。
こうした色々なことがありながら、少しずつ時間が過ぎていき、午後六時には全員の課題が終わった。
忙しい元旦だったが、たまにはこういうガヤガヤしたのもいいなと、素直にそう思えた。




