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◆第四十二話『各々の願い』

 お参りを一通り終えた僕らは、次におみくじを引くことになった。


「大吉大吉大吉……」

「恋愛よろし恋愛よろし恋愛よろし……」


 早速将大と文先輩が強い念を込めて箱の中のおみくじを漁っている。


「見ろレン、煩悩の塊が()るぞ」

「除夜の鐘鳴らされて早々、煩悩復活させるの早いねぇ」

「将大のはともかく文先輩の念は完全に邪念ですね……」

「そもそも念で変わるものなのかなぁ?」


 必死でくじを引いている二人に、周りの衆は好きなことを言っていた。


「将大、文、後ろの人に迷惑だから早く引きなさい」

「分かってるって……よし、これだ!」


 どうやら将大は納得のいくおみくじを手に入れたらしい。

 少しだけ気になるので、覗きに行く事にした。


 “小吉”


「うっわ微妙なの引いたなぁ……」


 正直ネタにすらならない。


「小吉と吉ってどっちが上なんだ?」

「吉だったと思うけど」

「はぁ……」


 溜息をつく将大の背後にはどこか哀愁が漂っており、心無しかその背中はいつもよりも小さく映った。


 そしてそんな将大の背後で、膝から崩れ落ちる文先輩。結果はお察しなので、それ以上何も聞かないことにした。


「見ろレン、あれが煩悩に負けた者の最後だ……」

「いやー動画で収めておきたかったよ」

「……アキ君、邪念は捨てて引こう」


 一部始終を見ていた詩織は、彼らを反面教師とみなしたようだ。


 木で作られた三十センチ四方の木箱。この中に巻物状にされた紙製のおみくじが入っており、利用するには隣の木箱に百円を投じる必要がある。この神社には、この木箱が二つ置かれている。


 左を僕、右を詩織が引き、後ろの人の邪魔にならないよう広い場所へと移動し、内容を確認した。


「うわ……」


 “末吉”


「これ悪い方だな……。詩織はどうだった?」

「…………」

「詩織?」

「……凶」

「凶!?」


 僕は思わずその場で叫んでしまった。


「しっ! 恥ずかしいよ!」

「……ふむ、何も無いといいのですが」


 テレサさんが詩織のおみくじを後ろから覗き込んでいる。


「テレサさん……今までどこに居たんですか」

「珍しいので売り場のものを物色していました。何も買いませんでしたが」


 神出鬼没とはまさに彼女のような人のことを言うのだろう。

 というか冷やかしはやめた方がいいと思うのだが。


「縁起が悪いので持ち帰ってはいけませんよ、詩織。そこに括り付けて帰りましょう」


 ………………。

 …………。

 ……。


 その後、将大の強い希望もあり、昼食は縁日で済ませる事にした。

 折角集まってバラバラになるのも無粋なので、それぞれが好きなものを買って来て、ベンチに集まってから食べる事になった。


「フランクフルト美味ぇ……」

「食い過ぎだ。腹壊すぞ」


 焼きそば、お好み焼き、フランクフルト、チョコバナナ、りんご飴……片っ端から屋台のものを買ってきたらしい。


「三度の飯より大切なものなんてこの世には無いぜ……」

「大切なもの、ねぇ……。あ、そういえば将大、お前何をお願いしたんだ?」

「…………」

「将大?」

「……爺さんに頼んだことと同じ事だよ」

「そうか、話しづらいならいいんだが……」


 僕ら魔法士は、幻想戦争に参加する代わりに一つだけ願いを叶える権利が与えられており、そんな強い願いがあり、かつ正義感が強い人間が選ばれている――というのが、リリスの話だった。


 それだけ強い願いなのだから、話しずらいとしても無理はない。

 そもそも僕は神社でのお願い事という軽い話を振ったつもりであって、幻想戦争に参加する代償としての願いを聞き出したかったわけではない。

 だから僕は無理には聞き出さない立場を貫くつもりだった。


「いや、話すよ。俺らは運命共同体だ。隠し事は良くない」


 僕は素直に、それを彼らしい潔さだと感じた。


「……実を言うとな、俺、姉が居てさ。子供の頃から凄く病弱で、一生のほとんどを病院で過ごしてるんだよ。だから俺は、姉ちゃんの病気を治してやりたいんだ。病室から見る中庭だけが世界じゃない、もっと、広い世界を見てもらいたいんだ」


 将大に姉が居るという話は初めて聞く事だが、涙ぐましい理由だと思う。周りの皆も同じ事を感じていたようで、しばらく場が静まった。

 雰囲気の温度差のせいか、僕達のグループが、周りの人々から隔絶しているような感覚を覚える。


「将大君が話したから、私も話すね、願いのこと」


 やがて詩織が口を開いた。

 そんな彼女に、テレサさんは何も言うことなく、ただ黙って話に耳を傾けている。


「私はね、死んだお母さんともう一度話をしてみたいの。……小学校に上がってすぐ、事故で死んじゃったから。いつも出掛ける前に仏壇の前で手を合わせてるんだけどね、また会って話してみたいなって、そう思って」


 更に周りから僕らが隔絶していく。そんな僕らの間を、冷たい風が吹き抜けていった。


「もう全員打ち明けましょう。私も、章君も」

「同意します。僕らだけ聞くのは、あまり良い事ではないですね」


 文先輩の提案は、妥当なものだと思うので、僕は素直にそう応えた。


「じゃあ私から打ち明けるわね……」


 そう言うと、彼女は俯いて、しばらく黙ったままだった。


「…………」


 よほど言いにくい事なのだと、その場の全員が理解する。


「あややん、君の願いは特別言いにくい。無理して言うことは無いんだよ?」


 いつもはおちゃらけているレンが、気を使う。

 そんな彼の態度が、特別印象的だった。


「それでも……」


 彼女は遠い目で、空を見つめた。


「私だけ聞くなんて、ずるいじゃない」


 そんな文先輩の僕らへの向き合い方に、尊敬の念を覚える。

 何度か深呼吸をすると、彼女は語り始めた。


「私の家はね、結構裕福なの。だから、子供の頃から、お金には困らなかった。だけど代わりに、お父さんとお母さんの仲が特別悪かったの。顔を合わせれば喧嘩ばかり。罵詈雑言の嵐。もううんざりするくらいに。どうしてこの二人結婚したんだろうって、いつも思うわ。だけどね、私、離婚してもらいたくないの」


 ここで文先輩は一旦話すのを止めた。

 皆、俯いて黙っている。

 僕しか話し手が居そうにないので、僕は彼女に問いかけをした。


「なんで離婚して貰いたくないんですか?」

「……二人はね、一人ずつだと凄い良い人なの。だからもっと分かり合えば、きっと仲良くなってくれるはずだわ。だから、神頼みでもいい。私の両親に、仲良くなるきっかけのようなものを作って欲しい……私では、力不足だから……」


 どこか悟ったような、切ない顔で、彼女は笑みを浮かべている。


「よく頑張ったね、あややん」

「本当に、よく言いました」


 レンとテレサさんが労いの言葉をかけると、場は再び静寂に包まれた。

 そして、僕はそれを破った。


「じゃあ、最後に話すのは僕になるね」


 さんざん仲間たちの話を聞いていたので、とっくに覚悟はできている。改めて考えると僕の話が一番重いものなのだが、不思議と怖くはない。それだけ僕は、この仲間たちと信頼関係が築けているのだと、改めて自覚した。


 詩織は一瞬止めるような仕草をしたが、テレサさんがそれを制止する。

 そして僕は、詩織に話したことと同じ内容の話を、仲間へと伝えた。


「私、甘かったわ」


 文先輩は率直な感想を述べた。


「きっと私より、章君の方がずっと辛い経験をしてきたと思う」

「苦しみを測るなんてこと、誰にも出来ませんよ。しても、ただ空しいだけです」

「……大人なのね、章君は」


 そう話す彼女の表情を見て、危うく惚れそうになる。それは何か眩しいものを見るかのような表情だった。

 しばらく、無言でものを口に運ぶ時間が続く。


「あ!」


 詩織がいきなり大きな声を出すので、僕はびっくりして軽く跳ね上がった。

 文先輩も目を丸くしている。


「ビックリさせないでくれよ詩織……」

「ご、ごめん。でもふとすごく大事なこと思い出したの」

「すごく大事なことって何だ?」

「冬休みの宿題、手付けてない……!」

「「「あ……」」」


 口を開けて互いが互いの顔を見合わせた。


「それなら、今から章の家で済ませてしまいましょう。午後中使えば、終わるでしょう」

「それ、いいね!」

「私も賛成よ」

「決定だね☆」

「え、そんな勝手な……」

「嫌なの?」


 真顔でリリスは僕に問いかける。


「いや別に嫌では無いけどさ」

「よし、じゃあみんな準備して現地集合ね!」

「俺踏み倒そうかな……」

「ただでさえ馬鹿なのにこれ以上馬鹿になってどうする、しっかり任務はこなすぞ」

「へいへい」


 こうした話の流れで、僕の部屋にて冬休みの宿題をやることになった。

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