◆第四十話『独人の戦闘Ⅱ』
思わず耳を塞ぎたくような轟音と共に、コンクリートに大きなヒビが入る。大振りの一撃を、難無く回避した。とてつもない大きさの斧なので、一度食らったらそれでおしまいだが、生憎隙が多すぎる。そしてどうやら、地面から引き抜けなくなったようだ。
「使い勝手が悪いな……」
シェマグリグと名乗ったその男が大振りの斧から手を離すと、それはやがて元の街灯へと戻った。
距離を詰められると危険なので、僕は十五メートルを目安に一定の距離を置くことにする。
次に彼は、道路標識を破壊した。そして呪文を唱えると、それはとてつもなく長い太刀へと変化した。
正面から突っ込んできたので、これは好機と思い、呪文を唱える僕。
「火炎の右手!」
掌の前に直径一メートルほどの魔法陣が現れ、炎流が放出される。
「ほう……」
彼は異様な跳躍力で塀の上へと回避した。
「距離があり過ぎたか?」
リリスに意見を仰ぐ。
「呪文である程度はどういう攻撃か分かるから、それで反応速度が上がったんでしょう」
何にしろ、とてつもない身体能力だ。
氷結魔法の使い手といい、こいつといい、竜人の身体能力はヒトとは比べ物にならないらしい。
次に彼は、植木から太めの枝を無理矢理むしり取った。呪文を唱え、それをしなやかな弓へと変化させる。
「ふむ……目論見通りだな」
彼は家の敷地内へと入っていった。
何をしているんだ……?
逃げたわけではないだろうが……。
「ひとまず後を追い掛けるか」
「バカ! 待ちなさい!」
リリスに制止され、足を止める僕。
「不利でもないのに逃げる筈がないでしょう! 彼は今矢に代わるものを探しているに違いないわ。それがわかったら見失わない程度に距離を離して!」
彼女の剣幕に押され、僕は何も言わずに駆け足で距離を離した。
そして、やがて飛んできた弓矢を、火炎の右手の自動術式で迎撃する。
「言ったでしょ?」
今彼女の姿が見えていたら、見てる側も思わず苦笑するようなドヤ顔が見れたに違いない。
続いて第二擊が飛んできた。連射される弓矢と炎擊の応酬。一箇所ではなく、微妙に場所をずらしながら射ってくるのがいやらしい。しかも、とてつもないスピードで次々と打ってくる。自動術式を習得していなかったら、あの訓練が無かったら、とてもじゃないが太刀打ち出来なかっただろう。
「やっと第二擊が終わったのか……」
正直、精神的に限界だ。自動術式は集中力が必要な上に、今回は鍛錬と違い、三次元上に飛んでいるものを捕えなければいけない。第二擊でさえギリギリなのに、次でこれ以上の数が来たら……。
……いや?
迎撃に捕らわれすぎていた。火炎の紅盾を使えばいいだけのことじゃないか。
やがて第三擊が始まり、二本目までを火炎の右手で迎撃した後――
「火炎の紅盾!」
――炎の壁を展開した。
目前の地面から、二メートル程の火炎が放出される。
「これで弓の連撃は何とかなりそうだな」
僕は少しだけ肩の荷が降りた。
「章、少しこの防御陣から離れましょう。前方が確認出来ないのを良いことに距離を詰めてくるかもしれない」
「了解」
……数秒後。
火炎の紅盾の有効期限が切れると同時、僕が先程まで居た場所に、戦斧が振り下ろされた。
再び轟音と共にコンクリートに大きな亀裂が刻まれる。
「リリス」
「どうかしたのかしら?」
「……助かった」
「大したことじゃないわ」
僕は本当にテンパっていて、これくらいしか言う事が見当たらなかった。
でも、これで完封だ。
近距離攻撃には火炎の右手、遠距離攻撃には火炎の紅盾を撃ち分ければいい。
あとはどう反撃するかだが……。
「……そうだ」
ここで僕はあることを思い付いた。
リリスと作戦会議したいが、どうもこいつ――シェマグリグと言ったか――はそう簡単には逃がしてくれそうにない。
……どこかで隙を見つけるか。
ひとまず距離を離そう。
「火炎の右手!」
繰り出した炎撃を、彼は塀伝い、屋根伝いで避けていく。
……忍者みたいな奴だな。
「章? 何をするつもり?」
「さっきの状況を再現したい」
「再現? どうして?」
「あいつはこちらが遠距離攻撃が得意だと判断して、自分も遠距離攻撃で合わせてきた。そして弓矢の攻撃が火炎の紅盾で防がれると理解し、前方が見えないことをいいことに一気に距離を詰めて、効果が切れると同時に戦斧を振り下ろしてきた。でもな、逃げるべきじゃないんだよ」
「逃げるべきじゃない……? 死んじゃうじゃない」
話しながら、彼が民家の中に入った事を視認した。しばらくすると、再び弓矢の連射が始まるだろう。
「いや、そこで、火炎の紅盾を展開したまま、火炎の右手を唱える」
「……そういうことね」
「そう。待ち伏せしてる相手に対して、攻撃を与える。尤も、再現出来たらの話だけどな。まぁ綺麗に再現出来なくても、隙くらいは出来るだろう」
第一撃を三本目まで迎撃し、火炎の紅盾を展開する。
……プランBを立てる余裕は無いが、恐らく大丈夫だろう。
あとは、タイミングを図ればいい。
五秒、早すぎる。
――十秒、まだだ。
――――十五秒、まだ早い。
――――――二十秒……頃合か。
流石にゼロ距離じゃ避けられな……。
……なんだ?
熱い。
胸が、熱い。
燃え上がるように、熱い。
思わず、仰向けに倒れ込む。
「章……!」
何があったんだ……?
不思議に思い自らの腹部を見ると、そこには深々と矢が突き刺さっていた。
「まさかこの武器を引き当てるとは……貴様もつくづく不運な奴だ」
シェマグリグと名乗る竜人はゆっくりと近付いてくる。その手には、しっかりと弩が握られていた。
「これなら貴様の防御魔法も意味をなさないだろう。さて……」
彼は弩の先をこちらへと向ける。
「介錯くらいはしてやる」
「待って!」
リリスは実体形態になると、僕を庇う形で、両手を広げた。
「やるなら私からにして」
「リリ……ス……」
やめろ、お前がそんなことをする必要はない。
そう言いたかった。
だが腹が痛すぎて、まともに喋れない。
「女を辱める趣味はないのでな」
彼はその剛腕でリリスを退けると、僕に弓を発射した。
……この距離じゃ即死だろう。
叶、今逝くから……。
もう、寂しくないからな……。
……しかし、いつまで経っても更なる痛みが訪れない。
どうした事だろう。死の直前には痛みを感じないものなのだろうか。
「これは……なんだ……?」
目を開けると、僕を庇うように、周りの石垣が壊れ、バリケードを形成していた。
「嘘でしょ……」
あまりの様子に、リリスも驚いている。
やがて、シェマグリグと名乗る竜人は、大笑いし始めた。
「面白い! 実に面白い! いいだろう、今回は見逃してやる。双方の同意さえあれば、戦闘は終了可能だからな! ……同意するな?」
リリスは一瞬僕の目を見ると、代わりに応答する。
「ええ、同意するわ」
「そうか、では……」
「「戦闘終了」」
景色が元通りの色彩を取り戻していく。
すると、仲間たちが駆け付けてきた。
「大丈夫か、アッキー!?」
「こちらの方からフィールドに入ったから、心配して追いかけてきたのよ!」
腹部から血を流している時点で、明らかに無事ではないと思うのだが、何故平気な顔をしているのだろう。
……あれ?
腹を摩ってみても、痛くも無ければ痒くも無い。傷が塞がっているようだ。
「リリス、これはどういう……?」
「時に取り残された空間には精神体しか入り込んでないからね。お腹の傷が塞がってるのはそういうことよ」
……なるほどな。便利な空間があったもんだ。
「腹の傷!? アキ君、大丈夫だったの?」
「死にかけたけど……今はもう大丈夫」
「死にかけた時点で大丈夫じゃないよ!」
確かにな、と、詩織に苦笑いで返す。
未練なんてないと思っていたが、改めて考えると未練は色々とありそうだと、僕は生を実感した。
仲間達が僕に心配の言葉をかける中、リリスは腕を組んで、何やら考え込んでいる様子だった。




