◆第三十九話『独人の戦闘Ⅰ』
その日は朝早く起きて、修練場である廃ビルで鍛錬をしていた。
今度の目標は自動術式に慣れること。
一度成功したからといって、次の日また再現できるとは限らないらしい。
だから常にイメージ力を鍛えておく必要があるのだそうだ。
的を射抜き、当たれば次の的を射抜き、それが当たれば次の的。
最初は円を描いて回っていた的が、より不規則な動きへと、意図的に変化してきている。
最終目標は三次元的に動く的を射抜くことらしいが、今の自分からは想像が付かなかった。そんなことが出来るようになるのだろうか。
ただただ、遠くで動めく的を射抜き続ける、単純作業。
僕は無心で、二日目の鍛錬をこなしていた。
そうして屋上での午前の鍛錬を終えた僕は、昼食を用意し忘れていたことに気付いた。
そのことをリリスと仲間達に告げ、コンビニへと走る。
少し息が上がると、口から白い息が小刻みに出た。
今日の天気は曇り。僕の好みの天気だ。
冬の晴れた空よりも、こちらの方がずっと美しい。
……そういえば、もう大晦日か。
社会人でさえ休みになるこの時期に、魔法の鍛錬をしなきゃいけないなんて。
でも、不思議と悪い気はしない。
いわば、僕らは英雄のようなものなのだから。
「章!」
背後からリリスの声がしたので、僕は目を丸くして振り向いた。
「リリス? なんでお前が……」
何故追いかけてきたのだろう?
「私ともあろうものが、うっかりしてたけど、私が居なきゃ、あなた魔法使えないじゃない! 今竜人に襲われたらどうするつもりなのよ!」
膝に手を当てながら、息を切らして、彼女は喋る。少し怒り気味だ。
「心配かけたみたいだな……悪かったよ」
「当然よ! あなたが居なくなったら、私、困るもの」
素直に謝ったものの、まだ少し怒っているようだった。
「じゃあコンビニまで行くか。お詫びに何か奢るよ」
「えっ……ほんと? ……いや、そこまで単純だと思わない事ね」
一瞬その単純さが垣間見えた気がするのは気のせいだろうか。
――そんな少しだけ非日常な、比較的に日常的な時間を謳歌していた、次の瞬間。
例の空間が、辺りに広がり始めた。
しかも、ほぼ目の前から。
「……危なかったわね、章。やっぱり、来て正解だった」
「どうやら、そうみたいだな」
そして、すぐ近くの物陰から奴は現れた。
竜人特有の等身。今まで出逢った竜人たちから推測して、二メートルくらいが平均値だろう。
加えて、竜人特有の緑色の鱗肌……じゃ、ない……?
まだ明るい時間なのでよく見える。彼の肌の色は褐色で、髪の色は真っ白だ。今までの竜人たちとは、どうも様子が違う。
僕は、思わず目を見開いて、数回瞬きをした。
「物珍しかろうな、我の姿は。竜人も人間も、我を一目見た時の反応は同じか」
ククク、と、まるでこちらの反応を楽しんでいるかのように、彼は笑う。
「お前……何者なんだ……?」
彼はとうとう大声で笑い始めた。
そんな彼の様子を、リリスは訝しげに見つめる。
「何者かと問われれば、まぁ貴公たちの言う竜人であることは間違いないわ。一つおかしな点があるとすれば、我が人間と竜人のハーフであることであろうな」
「竜人と人間の、ハーフ……?」
そうか、異様な風貌なのはそのせいか……。
「どこかの物好きが竜人と一緒になったって、噂には聞いていたけど……まさかその子供をこの目で見られるとはね……」
まだ色々と疑問は残るが、身体の機構は同じように見えるし、そんなことも可能なのだろう。
……そんなことに惑わされずに、僕は僕に出来ることをやらなければ。
「なぁ、褐色の竜人。一つ話をしないか?」
彼は腕を組み、こちらを数秒の間睨みつけた。
「ふん、いいだろう。申してみよ」
「この戦争――幻想戦争――は、本当にやる意味のあることだと思うか?」
「…………」
「神様に対しての敬意から、僕らが殺し合うことを、神様が望むと思うか?」
「……少なくとも、我らの神は望んでいるようだが?」
「望んでいるなら、それは最早神様じゃない」
「……話は済んだか?」
こちらを威圧するように、話を切り上げようとする。
「聞く耳持たずってわけか」
「話があるというから何を話し出すのかと思えば、そんな陳腐な理論でこちらの意をそごうとでもいうのか。ふざけるな」
彼は恐るべき力で近くの街灯の棒を折ると、呪文を唱えた。
「ジアノ・ペウォトー」
すると、街灯が巨大な斧へと変化する。
「これが我の能力、自動武器化だ」
「自分から手の内を晒しちゃっていいわけ?」
悪態を付くリリス。
「ああ、あまりに能力が自明過ぎて、隠すものも隠せないものでな。……さて」
巨大な斧を肩に載せると、彼は一呼吸置いた。
「シェマグリグ、いざ参る」




