◇幕間劇六『不可視の境界Ⅱ』(将大視点)
「それで、何か策はあるのか、爺さん」
近くにあった民家の中庭にその身を隠した俺らは、早速作戦会議を始めた。
「策という策では無いが、一応作戦のようなものは考えておるの」
手に持っている橙色の魔導書は、泰然とそれを告げる。
「まぁあややんの能力を活かすのは必然だとして、作戦は色々と考えられそうだね。問題は、あややんの精神状態だけど……」
本人を除いたその場の全員の目線が、自然と文さんに集まった。
「私は、大丈夫。だから、続けて」
「……無理をする必要は無いよ、あややん。誰にでも苦手なものはあるからね」
「でも、相手が幽霊なんかじゃないことがはっきりしたでしょ? 暗い夜道は少し苦手だけど……いつまでも逃げてるわけにはいかない。だから私は、戦うの」
「文さん……」
俺は真っ直ぐに文さんを見つめる。
「彼女の勇気を尊重すべきだろうの」
「確かに、あややんの能力を使うことは必然だろうね。ここはあややんの顔を立てておこう」
全員の無言の同意により、話は先に進んでいく。
「それで、作戦の方だが。文殿、貴公の能力を活かそうと思う」
「具体的には?」
爺さんの発言に、レンが切り返した。
「まず、文がなるべく広範囲に精神幻覚を展開する」
「なぁ、ちょっといいか?」
挙手をして発言権を求める。
「どうした将大、何か問題があったか?」
「いや、いつも思ってたんだけど、精神幻覚ってどういう仕組みで幻覚を見せてるんだ?」
「……なるほど、確かにそれについて触れたことはなかったね。あややん、教えてあげて」
「わかったわ」
文さんは咳ばらいをすると、軽い説明を始めた。
「精神幻覚なんて名前が付いてるけど、これは精神を直接乗っ取るような力じゃなくて、無臭の気体を放出して、相手の脳に働きかける魔法なの。だから時折人間麻薬だってレンに馬鹿にされるわ」
「いやー、だってシンナー嗅がせてるようなものじゃないか、やってることが」
「別に好きでこんな能力持ってるわけじゃないわよ」
「そうかい、悪かったね」
「わかったならいいわ」
仲がいいのか悪いのか、そんな二人の応酬を見てると自然に笑みがこぼれてしまう。
ただこんな二人の会話を見て、不思議とちょっかいをかけようとは思わなかった。
「さて、説明も済んだことだし、話を先に進めようかの」
爺さんを中心に、作戦会議が再開される。
「彼女、文殿の能力を出来る限り広い範囲に展開し、将大に化けてもらう。そして効果範囲内を歩き回り、竜人が引っ掛かるのを待つ。幽霊が苦手な文殿なら、足音が増えたら、第六感ですぐに気付くじゃろう」
「確かに、敏感ではあるかもしれないわ」
「そしてその時点で、予め待ち伏せしている本物の将大の方面へと逃走する」
「追ってくるかしら?」
「あややんの能力はバレてないだろうし、将大君が一人の時を狙ってくるんじゃないかな。あっちにとっては一番厄介だろうし」
「そうかもしれないわね……」
「そして今度は逆に“将大が竜人を追う”」
「……どういうことだ?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かばせる俺。
「つまりは、前方に居る偽の将大に気を取られている間に、本物の将大が後ろから攻撃するのだ」
「最早何でもアリだな……」
「仕方がなかろう、それが戦場だ」
「わかったよ、その方針でいこう」
「それでは、待ち伏せ場所の確認等を済ませよう」
………………。
…………。
……。
果たして、無事に作戦は遂行できるだろうか。
話している間、文さんは平気だったけど、幽霊みたいな存在に追いかけられるようなことをされて、パニックになったりはしないだろうか。
俺に化けたことで、彼女が誤って攻撃されたりはしないだろうか……。
どれだけ心配しても、俺には作戦通り待機することしか出来ない。
「なぁ、文さん、大丈夫だと思うか?」
「儂に聞いておるのか?」
「爺さんしか居ないだろ」
「彼女の言った通りだ、人には、いつか乗り越えなければならない事がある。そして、それは早ければ早いほどいい。仮にどんなに努力しても乗り越えられないことがあったとしても、そんな時は、努力を違うベクトルに向けようとすれば良い。だからこの世の動植物は、ここまで多種多様に進化しておるのだ。どんな者にも得手不得手はあるが、彼女の課題はそういったものではない。だから、乗り越えられるなら極力乗り越えた方がいいのだ。儂らに出来るのは、信じて待つことだけ。失敗したら、その時に考えれば良い」
「そうか……」
こんな話をしていると、俺のフリをした文さんが二十メートルほど先の道を横に通り抜けていくのが見えた。
よし、と覚悟を決める俺。
「大地に蔓延る精霊共よ、我が身体を覆い、その六根による六境の力を増大させよ、五感強化!」
一頻り呪文を唱え終わると、俺は精神を統一するために、深呼吸して一息置いた。
「さて、ちょっと本気で耳澄ましてみるか」
……ザッ。
……ザッ、ザッ。
「文先輩の足音との区別が難しいが、多分控えめな方だろうな……。よし、二重尾行開始だ」
万が一にも背後の俺に気付かれることのないよう、自分の足音に気を使いつつ、文さんの背後に接近する。
姿は見えないが、文さんとの間に竜人の存在を感じた。鼻で、耳で、温度で、俺は彼を視た。
そして彼が角を曲がろうとした瞬間、俺は行動に出た。
「硬化の拳!」
十メートルの距離を一気に駆け抜けながら、呪文を唱えて拳の硬さをコンクリート並に引き上げる!
「なっ!? あ!?」
素っ頓狂な声を上げて、その場で固まっている竜人に、俺はとびきり重い一撃を食らわせた。
「ぐっ、がっ……!」
彼の口の辺りから血反吐が放出される。そしてかけられていた魔法が解け、彼の全身が顕になると、やがて地面へと崩れ落ちた。
「身長が二メートル近いことを除けば、中肉中背、ってところか。出来ることなら、次からは武器を持ってきた方がいいな」
「良い指摘だが、武器を持ってきたとして、武器だけ透過出来ないのかもしれんぞ」
文さんは変身を解き、女子にしては若干高めの身長だが、華奢で細身な、元の彼女の姿に戻る。
「成功して良かったわ。でも……凄く怖かった」
「頑張ったねー、あややん。幽霊はもう克服出来るかなー?」
「この事を思い出せば、これよりはマシだと思えるかもしれないわ、今後はね……」
「彼岸を望むは人の性、此岸を望むは霊の性。矛盾を孕むは空の道理、矛盾を無くすは色の道理。どうか哀れなる魂を、元在った器へと返し給え、霊魂転換」
爺さんが唱えると、竜人の身体が光の砂のように掻き消え、中に捕らわれていた人魂が天へと昇っていく。
「戦闘終了」
そしてレンが次の呪文を唱えると、俺らは元の世界へと帰還した。




