◆第三十三話『鍛錬の廃墟』
かつての子供達に、お化けビルと呼ばれていた、郊外にある潰れたスーパーの廃墟。当時、二階裏口へと繋がっている階段を登りきると、中で半透明の人影らしきものが、昼間のうちから蠢いていると噂になった。
怖がりだった僕は、当時夜に出掛ける用事があった時に、この廃墟を避ける道を通っていた記憶がある。今は科学思考なので幽霊なんてものは居ないと思っているが。
いや、リリスのような天使的存在が居る時点で、幽霊非存在説が否定され兼ねないのだが、とにかく見た事が無いので、居たとしても見る事は僕には出来ないのだ。つまり、居ないことと同じだ、少なくとも、僕にとっては。
「ここは昔、私達の間でお化けビルって呼ばれててね──」
詩織が噂の下りを説明する。
「なるほど、子供なりにただの廃墟を面白がってた訳ね」
「なぁ、リリスさん」
突然将大に名前を呼ばれ、呆けるリリス。
「何かしら、将大。あなたが私を呼ぶなんて珍しいわね」
「実際に、居るのか?」
「……何が?」
遠回しな彼の表現に、彼女は首を傾げた。
「幽霊だよ、幽霊」
「おい、ちょっと止めろよ……」
「なんだ、怖いのかぁ、アッキー?」
ニヤリとした表情をこちらに向ける将大。
「僕は科学派だから怖くはないけど、詩織が……」
「え? 私、霊とかは平気だよ」
「あれ、暗いところが苦手なんじゃなかったっけ」
「真っ暗なところが苦手だけど、それとこれとは別。幽霊さんが居たらテレサみたいに友達になっちゃえばいいの」
その場のほぼ全員の視線が、詩織に集まる。それも、ポカーンとした表情で。正直、変わった考えだと思った。
「まぁ、出来なくもないかもね」
リリスが意外なことを口にする。
「霊自体は、この世に居るか居ないかで言えば居るわよ。未浄化霊ってものがね。でも彼等は怖がりだから、人前には姿を見せない。詩織ちゃんなら優しいから、意外となれるかもしれないわね。かく言う竜人も、裏世界であるAnnehegから、こちらへ魔術で霊体だけ入り込んだ上で、時に取り残された空間に私達を誘うわけだし。霊自体の否定はしないわ」
僕らが関心して彼女の話を聞いている中、ふと、僕はその場に文先輩の姿が無いことに気付いた。辺りを見回すと、少し離れた木陰で丸くなっている文先輩を見つけ、僕は目を丸くした。
「文先輩、何してるんですか……?」
先輩は足をガクガクさせながら、腕で身体を抱えている。
「な、なんでもないのよ……?」
「あー……あややんはお化けが苦手だから……」
レンの言葉に反応して、キッと彼を睨みつける文先輩。
「今回は茶化したりはしないよ〜。後が怖いからね〜。というかガチで可哀想だからね」
流石の彼にも、最低限の分別というものがあるらしい。
「……この話やめるか」
話を持ち掛けた張本人である将大が提案すると、僕らは満場一致で、うん、と頷いた。
「とにかく、しばらくはここで訓練することにするわ。新しい技術を習得する為にね」
「新しい技術?」
「おお、必殺技みたいなものか!?」
僕が問い、将大がそれに便乗する。
「そこまで大きな一撃ではないけど、とても役立つものよ。その名も──」
「その名も?」
将大が急かす中、彼女は勿体ぶって言葉を溜めると、一気に言い放った。
「自動術式!」
「「オートパイロット?」」
仲良くハモる僕ら。
「オートパイロットって、飛行機に付いてるあれか?」
僕は彼女に問うた。
「自動で戦えるようになるのか?」
「そんな訳がなかろう」
将大の天然のボケにレシムさんが失笑しながら突っ込む。
「一言で言えば、呪文を唱えなくても魔法が使えるようになるのよ」
彼女の文言に、僕は思わず眉をひそめた。
「そんな便利なものがあるのか?」
「ええ、ただ、ある程度熟練を必要とするわ。その為の訓練をここで行うことにしたの。私達の次の目標は、最初の魔法の自動術式を習得することよ」
「おおおおお!」
将大のテンションが急上昇している。
「一人で盛り上がりすぎだろ……」
僕は呆れて溜息をついた。
「どんな訓練をするんだ!?」
「そうね、それぞれ訓練の仕方は違うだろうけど、基本的にはイメージと具現化の訓練ね。天界から道具を持ち込むのもいいかもしれないわ。それならミスティック・リアは真似出来ないからね」
リリスには、ある程度彼らに対抗意識があるらしいのを僕は感じ取った。
「スポーツと同じで、訓練するしかないの。あなた達には、これから頑張って貰うわよ。明日の集合は午前十時ね」
互いに頷きあう僕ら。仲間としての結束を感じた瞬間だった。
「さて、そろそろお暇しましょうか。約一名、ここからすぐに離れたそうな人が居る事だし」
「いや、二人だ。詩織は暗いところ自体苦手だからな」
「真っ暗じゃないところなら平気だよ? 私」
「生憎郊外のここはその条件が揃うんだよなぁ……」
「……はっ、早く帰ろ……?」
詩織に引っ張られるように僕はその場を去り、僕らはそこで現地解散した。




