◆第三十一話『暫しの幕間Ⅱ』
今、僕らは隣町のカフェまで来ている。何故こんなところに居るのかというと、支部局からの帰り道、文先輩が――
『ねえ、打ち上げ……っていう言い方もおかしいけど、皆で喫茶店寄ってかない? せっかく隣町まで来たんだし。私、パフェがおいしい店知ってるの』
――と言い出したからだ。特に反対する奴も居なかったので、僕らはなし崩し的に隣町のカフェに寄ることになった。
雰囲気としては、少し昔っぽいというか……平成生まれが言うのも何だが、昭和の店の雰囲気といったところか。
店は半地下にあり、壁際に窓はない。そんな少し暗めの室内を、天井にかかるシャンデリアが照らしている。床にはチェック柄の赤い絨毯が敷かれており、その上には茶色のソファが置かれている。座り心地は可も不可もなく、あえて言うならば少し固めかもしれない。パフェの甘い香りが室内を満たしており、ただそこに居るだけでお腹が空いてくる。
「早く注文しようぜ。俺はもう決めた」
このグループの中で一番の食いしん坊の将大が皆をせかした。
メニューを開いて、世間知らずの僕はパフェの値段に驚かされる。約千円弱。外食というものは案外こんなものなのだろうか?
「私はこの『シチリア産ピスタチオのジェラートと苺のパフェ』というものを……」
二番目に決めたのはテレサさんだった。
「僕は『わらび餅と白玉団子のパフェ』で」
甘い物にあまり興味がない僕は、とりあえず一番安いものを選んでおいた。
僕らに続いて皆が順にメニューを決めていく中、僕は去り際に麻夜さんに渡された手紙について、いつ話すか、機会を窺っていた。
「章、ちょっといい?」
不意にリリスが話しかけてきた。
「な、何だ?」
「ちょっと来て」
僕は皆から少し離れたところに連れられた。
「あなた、何か隠し事してない?」
「…………」
時折、彼女の直感には驚かされる。隠すことでもないのに、彼女の洞察力を恐れてか、応える時に噛んでしまった。
「隠し事って言うわけでもないんだけど……」
僕はソファに置いたコートから例の封筒を取り出した。
「これを去り際に麻夜さんに渡されたんだよ、中身はまだ見てないけど」
「ふーん、確かに隠すことでもないかもしれないわね」
「下手な内容だったら、この雰囲気壊しかねないからと思って。皆楽しそうにしてるから」
「でも、もし大切な内容だったら早めに話すべきじゃない? とりあえず中身を確認するべきよ。見られたくないなら、このままお手洗いにでも立てばいい」
「……なるほど」
「じゃあ怪しまれないように私は戻るから、章は中身を確認して」
こう言い残すと、リリスは皆の輪の中に戻っていった。
僕は中身を確認し、皆に話すべきかどうか判断する。
「……話すべきだな」
僕は中の手紙を確認し終わると、トイレを出て皆の元へと戻った。
「ようアッキー、長かったけど大きい方か?」
「アホか、そんなこと堂々と聞くな」
わいわいと皆が話をしている中、僕は勇気を出して手紙の内容について話すことにした。
「皆、聞いてくれ」
大声で皆の注意を引く僕。
皆、ポカンとした顔でこちらを見ている。
「ここに、ミスティック・リアを発つ直前に麻夜さんから貰った手紙がある。中を確認したところ、大事な内容だったので、これを読み上げようと思う」
口を閉じたまま、リリスを除いた皆が顔を見合わせている。突然だったので当然だろう。僕は中身を知っていたので、気勢を削がれることはなかった。
「今この手紙をお読みになられているのであれば、あなた方は我々の組織――ミスティック・リア――から離脱する決心を固めておられるのでしょう。
あなた方が私に対してどんな印象を抱かれているのか、私の知るところではありません。もしかしたら、悪い印象をお持ちかもしれません。だとしても、私はあなた方を、どんな微かでも気に入っておりました。
これからする話は、私の個人的な情からお伝えするものです。
ミスティック・リアには予知能力者が居り、彼らの預言と調査から得られた情報を、この手紙で開示します。
ここに記されているのは、今、私の持っている情報、全てです。
まず一つ目。竜人自身についてです。彼ら自身は何らかの信念を持っているようなのですが、私共の調査では、それとは関係なく、何か裏で手を引く者が居るようです。彼らは、それに操られています。あなた方が直接それと対峙するのは今から大分先のことかと思われますが、注意はしておいた方が良いでしょう。
二つ目。竜人の世界、Annehegについてです。この世界は我々の世界の裏側に位置しており、文化こそ違うものの、同じ地球なので考え方の共通性は見られるようです。そして、そこの法皇として君臨しているのがルミナス、竜人の総隊長です。そして、その下には七人の幹部が居り、Annehegの日本に点在しているようです。ただし、詳しいことはまだわかっていません。
そして、三つ目。能源章さん、あなたは近い内に瀕死の重傷を負う――もしくは、死亡するかもしれません。どのようにかは分かりませんが、恐らく竜人絡みでしょう。どうか、お気を付けて。
最後に。あなた方がどう思おうとも、私はあなた方の味方のつもりです。
今後も個人的な情報提供は続けていこうと思いますので、よろしくお願い致します」
その場の全員が固唾を呑んで話を聞いていた。
手紙を読み終わったことを告げると、リリスが真っ先に口を開いた。
「章が瀕死の重症を負う……か。随分と縁起の悪い予言ね」
突如、周囲がお通夜のような雰囲気に包まれる。
やがて、テレサさんが意見を口にした。
「でも保身を考えるのであれば、予言した内容さえ明らかにしないでしょう。そういう意味では、彼女の言葉は信用に値するのではないでしょうか」
彼女の発言を聞き、それぞれが思索に耽り出す。
そしてしばらくすると、今度は文先輩が話し出した。
「案外、悪い人でもなかったのかもしれないわね……」
その場の誰もが溜め息を吐いた。
「でも、ミスティック・リアを抜けること自体は正解じゃったと、わしは思うがな」
いつもはあまり喋らないレシムさんが珍しく口を挟む。
「情報提供を頂けるのならば、それで良いのではないでしょうか。今更何を言っても始まりはしません」
「私もテレサの言う通りだと思う。もう何を言っても仕方ないよ。パフェ食べて落ち着こう?」
詩織が言うと、丁度良いタイミングでパフェが運ばれてきた。
「いちごパフェのお客様?」
「私です」
「私も」
手を挙げて店員さんに応じたのはテレサさんとリリスだった。
次々とパフェを運んでくる店員さんに、応答する僕ら。
全員分が運ばれてくると、僕らは仲良く一斉にそれを口に運び始めた。
「これは……これは……!」
全員で舌鼓をする中、特に特徴的な反応をしたのはテレサさんだった。
「美味、美味です……! この苺の少々の酸味が、クリームとチョコレートの甘味を引き立てます! 食感もやわらかいソフトクリームと、シャリシャリのいちごの組み合わせがたまらないのです! 詩織、おかわりを所望します!」
「え、流石に値段的にちょっと……」
「……がっかりです」
テレサさんのタレント顔負けの感想暴露と、突如としたおかわりの要求に、場が笑いに包まれた。
やがて全員がパフェを食べ終わり、帰宅ムードになる中、そのムードをあえて壊すかのように、リリスは立ち上がり、皆に向かって話し始めた。
「これも良い機会だから、ここでこれからの話をしましょう!」
≪ 第二章 完 ≫
第二章、完結です!
ここまで読んで下さった皆様、本当にどうもありがとうございました!
今後は次の章のプロット作りと世界観の詰めに入るので、しばらく休載致します。
これからも天使はあくまでグリモワールをよろしくお願いします!




