◆第三十話『エゴと追及』
「……なんだって?」
詩織から受けた電話で目を覚ますと、僕は突如として、彼女に驚きの告白を受けた。
「それは、本当なのか?」
「うん、この目で見たから間違いないよ」
「……将大に連絡する。他に用件は?」
「いや、特にないよ」
「わかった。切るぞ」
一旦受話器を置き、溜めていた息を吐き出す。
「章、どうかしたの?」
リリスが上からリビングに降りてきた。
「リリス、離脱する決心が固まったよ」
「……どういうこと?」
僕の言葉を受けて、彼女は眉をひそめた。
「ミスティック・リアは危険な実験だけじゃなく、捕らえた竜人への拷問を行っていたんだ。もうこんな組織、信じる訳にはいかない」
「…………」
神妙な顔で、何も言わずに僕の顔を覗き込むリリス。
……反対されるだろうか?
「悪いけど、リリスがなんと言おうと離脱させてもらう。確かに、能力の開発は出来るだろうけど――」
「反対はしないわ」
僕はリリスの反応に少し驚いた。
「ちょっとだけ……意外だ。もっと冷たい反応かと思ったよ」
「失礼ね。私だって天使なんだから。人並みに……いや、人並み以上の慈悲は持ってるつもりよ。それが例え、亜人だとしてもね」
「……悪かったよ」
僕は悪びれてリリスに謝ると、足早に、電話の親機で将大に連絡する。
「もしもし、将大か? 実はな……」
僕の話を聞くと、将大はすっかり興奮してしまった。
「信じられねえ、人権侵害だ! 章、切るぞ!」
「おい、ちょっと待――」
一方的に電話を切られ、ただ呆然と立ち尽くす僕。そして数秒後にハッとして、外に出る準備を始めた。
「どうしたの章、急いで身支度なんかしちゃって」
リリスはまだ眠そうにしている。
事情を知らないだけに、かなり悠長だ。
「あいつは怒ると手が付けられないんだ! 支部局に殴り込むかもしれない! 止めないと!」
「あら、殴り込みなら参加すればいいじゃない」
「何能天気なこと言ってるんだ! 本当に殴ったら駄目だろ!」
「そういうことなの!?」
「お前も早く支度しろ! 間に合わなくなっても知らんぞ!」
「はいはい! わかったわよ」
僕らは想定外の状況にどぎまぎしながら、いそいそと支度して、ミスティック・リア支部局へと向かった。
その後支部局に着くと、『礼拝堂』から中に入った。
さて、着いたはいいものの、将大がどこに居るのかさっぱり検討がつかない。
「どうするの?」
「探すしかないな……」
僕は溜息をついて、支部局内を探索し始めようと洋館に足を踏み入れた。すると、なんと洋館の内部から誰かの怒声が聞こえた。
「行ってみよう」
僕らは耳を澄ませながら、声元を辿り始めた。
「ここから聞こえてくるな」
着いたのは二階中央のこじんまりとした小部屋だった。『支部長室』とプレートが掛けられている。
「大丈夫なのか? こんなところ入って」
「でも、入るしかないでしょうね」
「……仕方ないよな」
僕は扉のノブに手を掛けると――
「すぅー……はぁー……」
――深呼吸をしてからそれを回し、中へと入った。
「だから! こんな非人道的なことして恥ずかしくないのかって言ってるんだ!」
彼の怒声は外に漏れていたものの数倍のボリュームと迫力があった。
「落ち着いて下さい、諫武様」
「落ち着いていられるかよ!」
賀茂功栄に怒鳴りつける将大を、麻夜さんがなだめている。
「だから、あちらの内部情報を知らないことには、我々としても作戦の立てようが……」
「御託はいいんだよ! やり方っていうもんがあるだろ!」
「やれやれ、これでは話が平行線だ。おい、今入ってきたそこの君。章君、だったか? 何か言ってやってくれないかね」
「…………」
白羽の矢が立った僕は、ゆっくりと将大の元へと歩いていき――
「アッキー、お前……」
――通り過ぎて、賀茂功栄と対峙した。
「何か、文句でもあるのかね」
「……僕は、ミスティック・リアを離脱します。あなた方の実験や竜人の捕獲には、もう協力しません」
「なんだと」
「ふっ」
賀茂功栄の不愉快そうな声色と、レシムさんの愉快げな声色が、重なった。
「言っただろ? 抜けることになるって」
僕はニヤリとした顔を将大に向ける。
「俺も離脱させてもらう。こんな組織、協力出来ねえ」
「話は聞かせて貰ったわ」
突然発せられた声を受けて振り返ると、文先輩が入り口のドア付近で、壁に寄りかかっている。
「でも章君、ミスティック・リアから離脱したら能力の開発実験はもう出来ないのよ? それでもいいの?」
「文さん、それは――」
「将大、少し黙っておれ」
レシムさんが将大を制する。
「構いません」
「なら決定ね」
文先輩が堂々と賀茂功栄の前に躍り出る。
「私達四人は、ミスティック・リアから離脱し、以後の協力を一切致しません。引き止めたければ、竜人に対する扱いを改めて下さい」
「四人?」
「こ、ここに居るよ?」
気が付かなかったが、詩織は先程から文先輩の後ろに佇んでいたらしい。
「……それは、出来ない話だ」
その場に居る全員の顔を、険しげな顔で次々に睨み付ける賀茂功栄。それでも僕らの決意は、揺らがなかった。
「まぁ、いい。抜けるなら勝手にすればいい。こちらにはまだ魔法士の麻夜が残っている。せいぜい、後悔しないことだな」
吐き捨てると、早く部屋から出ていけと言わんばかりに、手をたなびかせる功栄。
「さようなら」
僕は背を向けたまま、麻夜さんに最後の別れの挨拶をした。
すると麻夜さんは僕を小走りで追いかけ、手を掴んだかと思うと、何かを渡してきた。
“それ”を渡すと、彼女は走り去っていった。
「麻夜さん……?」
手の中を見ると、それは和紙で作られた封筒だった。
僕はそれをコートのポケットに入れると、文先輩たちを追いかけた。
こうして僕ら四人は、ミスティック・リアから去っていった。




