◆第二十九話『衝撃の目撃』(詩織視点)
遠い太陽が私たちを暖かく照らす中、冬の涼やかなそよ風が私の髪をなびかせます。
午後二時ごろ、異世界迷宮と異形召喚を無事に確保した私達は、庭のテラスで少し遅めの昼食を食べていました。食べているのは、ミスティック・リアによって支給されたお弁当です。
「勘弁して欲しいよな、二度も事故を起こすなんて」
開口一番、アキ君がいつものポーカーフェイスで愚痴を零し始めてしまいました。
「確かにそうね。いい加減、危険な実験なんて止めるべきよ。離脱も視野に入れるべきだわ」
文先輩が話に乗ってしまいました。不満があるのは、その場の全員がそうなのだろうな、と、心の内で思う私です。
無意識のうちに全員が同意したのでしょうか、文さんの発言の後、しばらく場が気まずい沈黙に包まれました。
「それにしても、どんな趣味してるんだろうな、麻夜さん」
「……は?」
爆弾発言によって一瞬で場の雰囲気をぶち壊す将大君。グッジョブです。
「確かに好きにはなれないけど、大人の雰囲気って感じで魅力的な女性だよな。なんつーの? ミステリアスだし。あの人の為になら残ってもいい」
「はぁ!? バッッッカじゃないの!?」
「いやー、章からさっきの報告聞かされてさ、案外アリかな、って思い始めたんだよ! 強い女って良いよなー」
将大君は文先輩の罵倒に怯まず、飄々としています。どうでもいいのですが、どうやら彼は強い女性が好きのようです。
「はぁ。こんな奴と一緒に戦っていくだなんて先が思いやられるわ」
続いて毒を吐く文さんだけど、本人は意に介していないようです。将大君、気丈だなぁ。これは真似出来ない図太さだ。
……ん?
ふと、私は、将大君の背後、ガラス張りの建物の内部に、麻夜さんの姿を捉えました。紫を基調としたメイド服、クールな雰囲気、長い髪。どう考えてもあれは麻夜さんです。
「ごめん、私ちょっとお手洗いに行ってくる」
「おう、ゆっくり行ってこーい」
「失礼だろバカ!」
背後でする将大君とアキ君の掛け合いをすっと聞き流しながら、私は好奇心から彼女の後を追いました。
………………。
…………。
……。
「う、嘘でしょ……?」
私は、今自分が目にしている光景が信じられませんでした。
「いい加減吐いたらどうなのですか?」
牢獄の奥に存在した拷問部屋。そこで麻夜さんは、竜人の一人を拷問に掛けていたのです。もっと仔細に言うと、彼女は、磔にした竜人に鞭を当てながら、彼等の長の正体について尋ね続けています。
「仲間を売る訳には、いかない……! うっ……!」
抵抗する竜人に容赦なく鞭を振り下ろします。
「白状して下さい。私だって好きでこんなことをしている訳ではないのです。もう一度訊きます。誰の差し金ですか?」
「騎士の誇りにかけても、ここで組織のことを明かす訳にはいかない!」
鞭特有の打音、それに、竜人の悲痛なうめき声が重なり、部屋中に響き渡る。
駄目よこんなの、これじゃただの悪役じゃない……!
「早くアキ君に伝えないと……!」
私は踵を返すと――
「……!? 誰!?」
麻夜さんに気付かれるのも構わず、テラスに全速力で向かった。
テラスに私が着いた時、既にアキ君達はそこを立ち去ってしまっていた。
「あれ……? どこ……? アキ君……」
「……章さん達をお探しですか?」
「わぁ!」
いつの間にか背後まで迫っていた麻夜さんに、思わず心臓が飛び出そうになる私。
「彼らは能力の開発訓練に向かいました。場所は『ラボ05』です。ご案内致しましょうか?」
にこりとした表情でこちらを向く麻夜さん。
バ、バレてないのかな……? いつもと変わらない態度だけど……。
「お、お願いします……」
彼女の物腰柔らかな態度に、思わず彼女頼ってしまう私。
「では参りましょう」
麻夜さんはお人形さんのように口角を上げて笑顔を浮かべると、私を案内し始めました。
掃除の行き届いている研究棟の中を、お互いに無言のまま淡々と進んでいきます。
正直、その状況はとても気まずくて、居づらかったのが本音です。
「詩織さん」
「はっ、はい!?」
麻夜さんが突然話し始めたので、私は声が裏返ってしまった。
「先程の様子を、ご覧になられましたね……?」
「…………」
黙るしか、なかった。
「やはり、あなたでしたか」
大きく溜め息をつく麻夜さん。
「あなたは、人に嘘がつけないんですね。正直過ぎて思わず呆れてしまいます」
「……口止めをしたりは、しないんですか?」
素直な疑問を、私は口にした。
「口止めはしませんが、弁明ならします」
彼女の発言に、私は思わず身構えた。
「竜人は、Annehegという別の世界に棲んでいる亜人です。こちらに送り込まれてきているのは皆が皆、兵士で、こちらの魔法士の魂をあちらの世界で捕虜として囲っているのです。私たちは、その魂たちを解放するために、下っ端の竜人から上層部の正体を暴かなければならない。そして初めて、戦争は終わりを告げるのです。そして……」
麻夜さんは段々と神妙な顔になり、発言の終いにこう告白した。
「私は幼い頃に友人を犠牲にされています」
今回は本編では異例の詩織視点となりました。
話の都合上、幕間劇(飛ばしていいもの)にすることは出来ない為、ナンバリングさせて頂きました。
今後主人公以外の視点のナンバリングは控えていく方針です。よろしくお願いします。




