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◇幕間劇三『詩織の葛藤』(詩織視点)

「はぁ……」


 私は訓練を終えた後、夕刻五時、自室のミニテーブルの上に肘を付いて、溜め息をついた。


「どうしたのですか、詩織」


 テレサが心配そうに声をかけてくる。


「私、どうすればいいんだろう……」


 目を伏せて目尻を下げ、膝を抱える私。


「私に詳しく話して下さい。私で良ければ、相談に乗りましょう」


 彼女の真摯な態度と台詞を受けて、私は思い切って思いの丈を彼女に告白した。


「私ね、ミスティック・リアが良い組織だとはどうしても思えないの」


 ゆっくりと悩みを打ち明け始める私。


「あの人達は、どこかおかしいと思う。非人道的っていうか……」

「それなら、参加表明なんかしなければ良かったではないですか」


 彼女のあまりに容赦ない言動に、私は少しむっとした。


「だってアキ君が心配なんだもの!」


 私が突然声を荒らげるのを見て、目を見開いて驚嘆するテレサ。


「少し言い過ぎました。申し訳ありません、詩織。あなたは、本当に彼のことが好きなのですね」

「なっ……!」


 想定外の言葉に、戸惑いを隠せない私。


「別に好きじゃないよ! 幼馴染みだから情が移るっていうか……? そ、そう、これは友情なの!」

「友情、ですか。では、そういうことにしておきましょう」

「違うったら!」

「でも結論は出ているのに、何故改めて悩むのですか?」


 彼女の遠回しな閑話休題の呼び掛けに、応じることにする。


「私、きっと天秤に掛けているのよ。アキ君と竜人(ノガルドティアン)のこと。それでアキ君の方を、重んじてるだけ。でも私、それでいいのかな、って、思い始めたの」


 テレサの目線は、真っ直ぐに私の瞳孔を貫いていた。そして沈黙しながら、山のようにどっしりと構え、私の話を聞いてくれている。


「確かにアキ君のことは大切。訓練だって楽しい。でも、それじゃ、お母さんに顔見せ出来ない、……そう思ったの」

「なるほど。確か、詩織の願いは……」

「死んだお母さんと、お話しすること」


 ……沈黙。

 やたらと大きく聞こえる掛け時計の針の()

 喉を潤そうと、機を捉えて紅茶を啜る私。


「私ね、確かにアキ君とまた仲良くなれて、嬉しいのよ?」


 まだ蛍光灯を付けていない室内に、窓から斜陽の光が差し込んでくる。もうすぐ、陽が完全に沈もうとしていた。


「魔法士になる前まで、なんとなく気まずくて、話し掛けられなかったの。だって私、叶ちゃんが亡くなった時に何の言葉も掛けてあげられなかった……!」

「そう……だったんですね……」


 テレサの声を聞くと、不思議と気分が落ち着く。


「顔がよく見えないので、電気を付けますね、詩織」


 部屋中に人工的な灯りが満ちる。お互いの顔が、よく見えるようになった。


「私のお母さんが死んだ時は、アキくんはずっと傍に居てくれた。なのに、なのに私は……そのお返しをしてない……!」


 私は、檻に囚われた囚人のように、とても切ない気分になった。自分でもわかるほど、顔がくしゃくしゃになっていく。


「叶ちゃんが死んだ時、無理を言ってまで、葬式には出たわ! でも、私は、慰めの言葉一つ浮かばなかった! 自分には言う資格が無いって、最初から諦めた……」


 段々と涙目になっていく私。そんな私にテレサは、憐れみの表情を浮かべながら、私の肩を持って、背中を(さす)ってくれた。


「アキ君は心を閉ざして、中学時代はろくに友達も作らなかった。その姿を見ても、私はなんだか後ろめたくて声も掛けてあげられなかった!」


 目から大量の涙が零れ落ちる。頭を撫でてくれるテレサ。


「だから私は、アキ君の味方で居ようって決めたの! 贖罪(しょくざい)の為に! でも……でも……! あんな人達に協力なんてしたくないよ……!」


 涙が止まっても、嗚咽が止まらない私。抱きかかえてくれるテレサ。


「私にだって正義感くらい人並みにあるよ……。いくら敵だったからって、身勝手な実験に使おうとするなんて、おかしいよ!」

「……詩織は」

「何、テレサ……?」

「アキラがそういったことを許容すると、お考えなのですか?」

「えっ……?」


 予想だもしなかった言葉に私は思わず目を見開き、緩んでいた涙腺が引き締まっていく。


「簡単なことですよ、詩織。アキラを説得すれば良いのです。詩織?」


 テレサは私の頭を両手で押さえ、半ば無理矢理なくらいの力で、自分の方へと向けさせた。半強制的に、私達の目と目が交差する。そして彼女は、私の肩に手を置いた。


「いつまでも自分の殻に入るのは止めなさい。あなたには確かな正義感と、生物を(いつく)しむ優しさがある。一生懸命言葉を考えて、彼に――アキラに――あなたの気持ちを伝えなさい。彼なら、きっと理解してくれますよ」

「うん……」


 私は絶望に一縷の希望を見いだし、自らの問いに対して、納得する返答を得ることが出来た。


「そうだよね……そうだよね!」


 私は目尻を自分で拭うと、アキくんを説得する意志を固めた。

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