◆第二十六話『架空の世界』
意識がはっきりと覚醒して目を開くと、目の前には、いかにもヨーロッパの田舎の方に存在しそうな、やたらと広い丘、そして草原が広がっていた。
「聞こえていますでしょうか?」
麻夜さんの声が空高く響いてくる。彼女の立場は、VRMMOでいう、ゲームマスターのようなものらしい。
「はい、聞こえます」
「私も聞こえます!」
いつの間にか隣には詩織が腰を下ろしていた。
「これからこの草原にこちらでプログラムした魔獣を召喚します。ですがその前に、魔法天使と接続できていること、自分の魔法が使えることを確認して下さい」
気付くと腰の側に置かれている魔導書は、間違いなくリリスそのものだった。
「章、聞こえるかしら?」
手を触れると、頭の中に声が響いてきた。
「聞こえるよ、リリス」
詩織の方も僕と同じように確認を取り、テレサさんの意識と繋がっていることを確認する。
「今度は魔法が使えるかどうかの確認ね。とりあえず略式詠唱でいきましょう」
「了解!」
手を前に翳す僕。
「火炎の右手!」
掌の前方から魔法陣が現れ、うねるような炎撃が二十メートルほど先まで駆け抜ける。
そしてすぐ右横を見ると、地面に召喚された魔法陣から結界が出現しており、詩織も魔法動作の確認を取ったであろうことを、僕は視認した。
「確認が済んだようでいらっしゃいますね。それでは、魔獣プログラムの方を召喚させて戴きます。準備はよろしいでしょうか?」
緊張に思わず息を呑む僕と詩織。僕らは目と目を合わせて頷き合うと、彼女に返答した。
「はい!」
「大丈夫……です!」
「それでは、開始します」
十五メートル前方の地べたに魔法陣が現れ、そこから光を放ちながら魔獣が召喚される。
やがてそれは雄叫びを上げた後、こちらへと突進してきた。
「詩織! 結界で止めるのです!」
「結界!」
詩織と僕の前方に結界が召喚される。
「章! 結界が持っているうちに早く!」
「詩織はタイミングを見計らって結界を解いて下さい!」
「「了解!」」
魔獣目掛けて掌を突き付ける僕。
「火炎の右手!」
「結界、解除!」
僕の手から直径五十センチメートル程の魔法陣が現れ、龍のようにうねりながら目の前に立ちはだかっている魔獣へと、火炎流が降り注ぐ。
やがて魔獣は、唸り声を上げた後に、光を放ち、消滅した。
「ははっ、なんだ、意外と簡単じゃないか」
「果たして、次もそう言えますか?」
今度は、魔獣が二体同時に召喚された。
「やってやろうじゃないか!」
「詩織! 強度を上げるために完全詠唱を!」
「わかったよ!」
詩織は集中する為か、目を閉じ、詠唱を行った。
その間も魔獣がこちらへと迫ってくる。
「我は天界の加護を受く者なり! 大地に巣食う精霊どもよ、霊気を以て我が盾となり――」
「詠唱間に合わない! 章、炎を壁状にして防壁がわりに!」
「どうすればそんなことが!?」
「――眼前の脅威からこの器を守りたまえ!」
「もういいヤケだ! 火炎の右手!」
火炎が手の先から繰り出される。それは目の前で暴発しただけで、魔獣を倒すには至らなかった。
「結界!」
「時間は稼げたか!」
結界を壊そうと二匹の魔獣が突進をしてくる。張って早々にも、結界にヒビが入ってきていた。
「章! 完全詠唱! 二体まとめて灰にしちゃいなさい!」
「我が血潮は心臓を巡り、全身を巡り、脳髄を巡れり。満たされよ器、満たされよ霊魂、満たされよ気魂。大地に巣食う精霊どもよ、生の力を汝らに与う。与えし活力を以って我が脅威を圧倒せよ」
刹那、結界が壊れる。
「えっ、嘘……!?」
「焼き尽さん、火炎の右手!」
今度は直径一メートルの魔法陣が現れ、特大の火炎放射が二体の魔獣へと降り注がれる!
耳をつんざくような二体の雄叫びが周りに響き渡り、僕は思わず両手で耳を塞いだ。
「奇跡的に助かったわ。危ないところだったわね」
「章は炎の制御の仕方をもう少し学ぶ必要がありますね。その為のフィールドでもあるでしょうし。そうでしょう、ゲームマスターさん?」
フィールド中に麻夜さんの笑い声が響き渡る。
「よく理解していらっしゃるようで。それぞれに分かれて、守護天使の下、イメージの鍛錬を行って下さい」
………………。
…………。
……。
僕らはイメージの鍛錬を終え、新たな呪文を覚えると、もう一度二体の魔獣に対峙することになった。
「準備はよろしいでしょうか?」
麻夜さんの声に頷く僕と詩織。
「それでは、召喚致します!」
十五メートル前方に二体の魔獣が召喚される。
「我は天界の加護を受く者なり! 大地に巣食う精霊どもよ、霊気を以て彼が檻となり――」
「火炎の紅盾!」
僕らの周りに魔法陣が出現し、僕達の四方を包み込むように地面から火炎が噴き出してくる。僕が鍛錬中に新しく覚えた呪文だ。
「――眼前の脅威を隔離せよ! 結界の檻!」
呪文が唱えられると、結界が魔獣の周囲全体に出現する。それを確認して、火炎の放出を一旦停止する。
二体の魔獣が中で暴れ回っているが、壊れる様子はない。術者の詩織は、目を閉じて結界の維持に集中している。
「我が血潮は心臓を巡り、全身を巡り、脳髄を巡れり。満たされよ器、満たされよ霊魂、満たされよ気魂。大地に巣食う精霊どもよ、生の力を汝らに与う。与えし活力を以って我が脅威を圧倒せよ……」
「結界、解除!」
「火炎の右手!」
巨大な火炎が二匹の魔獣に降り注がれ、それらは一瞬のうちに灰と帰した。
「鍛錬の成果が出たようで何よりです」
淡々とした口調で告げる麻夜さん。お世辞だとしても、僕らは嬉しかった。
「お疲れ様です。今日のところはこれくらいにしておきましょう。ログアウトの処理を行ってもよろしいでしょうか?」
「やり過ぎても無駄になるから、これくらいで丁度いいでしょう」
「私はリリスに同意します」
二人の言葉を聞き、互いに頷く僕と詩織。
「それでは、ログアウトの処理を致します」
フィールドから明かりが消え、まるで夜中に照明の電源が落とされるかのように真っ暗になる。
……そして、そのまま一分が経過した。
「……あら?」
麻夜さんの間の抜けた声が聞こえてくる。
「処理に失敗しました、少々お時間を頂きます。少々お待ち下さい」
どうやらログアウトまで時間がかかるらしい。
周りが真っ暗になる中、詩織が僕の服の裾を握ってくる。そういえば、詩織は暗い場所が苦手だった。
「リリス、火炎をライター程の大きさで出すことは出来ないかな?」
「まだ制御もろくに出来ないんだから、やらない方がいいわ」
「詩織、暗いところ苦手なんだ」
「……そういうことね」
不意に、魔導書形態のリリスが光り始める。
「章、新しい魔法を習得したみたいよ。読めるようになった部分が増えたはず。今日は本当に色々覚えるわね。もしかしたら、今役に立つ魔法――例えば、小さな光源が出現するようなもの――かもしれないし、試してみたら?」
もし出現したとして、戦闘には一切役に立ちそうにないな、と心のなかで悪態を突きつつも、早速試してみたりする僕。
「光をもたらす彼が悪魔よ! 我が生命の力を代償として、この場の闇を祓い、眩い光で満たせ! 輝く光源!」
僕の左手から光源が出現したかと思うと、それは頭上に昇っていき、太陽のように辺りを照らした。
「ありがとね、アキ君」
興味津々で頭上の光源を見つめる詩織。
「でもこれ、炎の類ではないんだね」
「あら? 章、これ……光源が出現してるわ! え、どういうこと? 光属性……マルチスキル……? ありえな――」
ふいにリリスの考察が途切れ、僕らはログアウトした。




