◆第二十五話『機関の申し出』
頭の中で反響する電子音。
目さえ覚めれば、それが置き電話のものだと気付くのに、大した時間はかからなかった。
眠いので居留守を決め込もうかと思ったのだが、あまりにその音がうるさい。僕は寝ぼけ眼で一階のリビングに向かった。
一階の廊下まで降りて、寒さに震えながら、ゆっくりと置き電話の受話器を取る僕。
「もしもし……」
「能源様のお宅でよろしいでしょうか?」
誰だ、この女性は。売り込みか? 朝から勘弁してくれよな……。
「はい、そうですが……」
「章様はいらっしゃいますか?」
「僕です……」
「藍原麻夜でございます」
僕は話し手が知り合いであったことに少々の驚きを覚えた。
面と向かって話す時よりも声が控えめで畏まっていたので、寝ぼけていたこともあってか、僕は声の主を麻夜さんだとすぐに判別することが出来なかった。
「麻夜さん、何のご用事ですか?」
「実は宮本支部で配属されている魔法士の方々に能力の開発実験に協力して頂きたく、招集の旨のお電話の方をさせて頂きました」
いつの間にか次いで降りてきたリリスが、置き電話をスピーカーへと切り替える。
「能力の開発実験……?」
「はい。魔法士の方々のイメージ力を上げる為に、我々が独自に開発した方法で能力の底上げをさせて頂きます」
「少しお待ち頂いてもいいですか?」
「かしこまりました」
置き電話の『保留』ボタンを押すと、僕は早速リリスに相談を持ちかけた。
「どうするリリス、僕は賛成だが」
「全く問題は無いでしょう。利用出来ることは利用するべきだわ。流石に魔法士相手に危険なことはしないでしょう」
「了解。そう伝えるよ」
置き電話を通話状態に切り替え、麻夜さんに参加の旨を伝える僕。
「ええ、では、お待ちしております」
電話を切ったのは、こちらが先だった。
ミスティック・リア宮本支部へ辿り着いて、『礼拝堂』に入ると、麻夜さんが中で待ち受けていた。
「おはようございます、章様。どうぞ、こちらへ。他の皆様は既にご到着です」
言うと、彼女はいそいそと僕を研究棟へ案内した。
「おう、アッキー。来たか」
『ラボ05』というプレートの掛けられた部屋に入ると、大した距離でもないのだが、将大が手を振って迎えてくれた。
「大袈裟な待遇だなぁ……」
多少呆れながらも、つい頬が緩む僕。
「一日ぶりの全員集合ね」
「いや、あややん、一日ぶりって大して経ってないよ☆」
「浮気性男は黙ってなさい!」
「それ単なる偏見だよね!?」
弾むような軽快な会話が続く。
「相変わらず仲が良いな……」
レシムさん、火に油を注がなくても。
「え〜? やっぱりそうかな〜?☆」
「はぁ!? 仲良くないわよ、こんな軽い男!」
「だからそれ完全にただの偏見だよね!?」
後ろで詩織が静かに笑っている。その隣のテレサさんもわずかに口許が緩んでいるのが、よく見るとわかった。
「静粛に!」
麻夜さんは、団欒の空気をものともせずに派手に手を叩いた。静まり返る室内。
「皆様が揃いましたので、実験の詳細をご報告致します」
集まって早速話し出したところを見ると、麻夜さんは相当なせっかちらしい。僕らは振り回されながらも、彼女の話に耳を傾けた。
「皆さんにはこの実験器具に座って頂き、ヴァーチャルリアリティを体験して頂きます。魔法の鍛錬において重要なのは、『イメージ力』。あなたたちには、このVRゲームでそれを養って頂く次第です。また、実際に魔法を出すことが出来る体育館もありますので、一日の最後にはそこで上がった能力を試すことが出来ます」
「願ったり叶ったりだな」
「ですね」
レシムさんが感想を漏らし、リリスがそれに同意する。文先輩とレンよりも、こちらの方がずっと仲が良い。
「面白そうだな、それ!」
将大の目がきらきらと輝いている。
「遊びではありませんよ、将大」
「わかってるって!」
優しく諭すテレサさんだが、効果は薄そうだ。『聞いてないのと同じね……』と言いたげに、テレサさんは溜息を零した。
「今回は、二組のペアに同時に潜ってもらいます。まずは、章さん・詩織さんペア。早速頭にヘッドマウントディスプレイを装着して下さい」
「待って!」
文先輩が麻夜さんの案内を遮る。
「私達はそのヴァーチャル世界で、何をすればいいの?」
文先輩の言葉を受けて、麻夜さんは目を見開き、口に手を当てた。
「申し訳ありません、説明に不備がございました」
頭を下げる麻夜さん。
「ヴァーチャル世界では、あなた方にはこちらでプログラミングされた魔獣と戦って頂きます。様々な試練が待ち受けるでしょうが、それをクリアして下さい。イメージ力だけでなく、身のこなし等も訓練内容に含んでいます。魔法を使う相手ではありませんが、学ぶことは多いことでしょう。それでは、始めさせて頂きます。改めて、ヘッドマウントディスプレイを装着して下さい」
僕と詩織は麻夜さんの指示通りのことを行った。そしてしばらくすると、まるで眠りの世界へと落ちていくかのように、段々と意識が遠ざかっていった。




