◆第二十二話『異種の家族』
「よう将大、お前も来たか」
挨拶とばかりに、将大の背中を叩く僕。
「お、おう……」
何やら本調子ではない様子の彼に、僕は首を傾げたが、腹でも減ってるんだろうと思い、大して気にしなかった。
「文先輩も。来ないかと思ってました」
「章君だけに背負わせるわけいかないもの」
「いや〜、竜人に比べれば章君の方がよっぽど好きだって聞かな……ゴフッ!」
文先輩がレンの腹に肘を打ち付ける。
「え、今なんて?」
「いいのよ章君、忘れて」
「は、はい……」
先輩の作り笑顔に、僕は背筋が凍った。
「何はともあれ、全員が参加表明に来たわね」
腕を組んだリリスがまとめとばかりに言う。
「これからは甘いことは言っていられない。覚悟して挑むといい」
レシムさんがリリスの言葉に乗っかる。この二人の会話は非常に相性が良い。
「僥倖ですね。では、早速建物の中に入ろうではありませんか」
テレサさんの言葉に、その場の全員が頷いた。
観音開きの扉を中に入ると、教壇の上で、加茂功栄が後ろ向きで佇んでいた。窓の外、中庭の様子を眺めていたらしい。
「お待ちしておりました」
部屋の端に佇んでいた麻夜さんが話しかけてくる。
「藍原、中を案内しなさい。手筈通りに」
「承知致しました」
麻夜さんは加茂功栄にお辞儀をすると、こちらに向き直った。
「どうぞこちらへ、中をご案内致します」
どうやらこれから麻夜さんにどこかへ連れていかれるらしい。よくわからないが、手には何故かランプを持っている。
皆が顔を見合わせる中、麻夜さんの手招きで僕らは移動し始めた。
ミスティック・リア宮本支部局の建物の構造を説明すると、こうなる。
まず南西部の『礼拝堂』。僕達はここからいつも中に入っている。『礼拝堂』は僕が勝手に付けた名前で、そこはキリスト教の教会のそれではなく、そもそもここは教会関係の施設ではない。
『礼拝堂』左奥にある扉を開けて数メートルの連絡通路を通ると、南東部の洋館エリアに繋がっている。ここは二階まであり、関係者が泊まる為の施設として機能している。一階中央は書庫がその場所の多くを占めており、特に小説やオカルト本が充実している。
洋館エリアから北方向の連絡通路を抜けると、中庭を囲むように建てられている研究棟に入ることが出来る。連絡通路は二階にもある。研究棟は三階まであり、異物が侵入しないようにするためか、隅々まで掃除が行き届いている。
そして敷地の中央には中庭があり、研究棟側にテラスが設置されている。
こうして僕らは建物全体を案内された後、麻夜さんの案内で洋館エリアの書庫に戻ってきた。
「あの、入るの二回目じゃ……?」
詩織は浮かんだ疑問を口にした。
「見ていて下さい」
麻夜さんが突然部屋の端にある書棚の一つの前で立ち止まると、数冊の本を奥に向かって押し込んだ。
すると本棚が右方に向かって移動し始め、書棚の奥からはなんと扉が出てきた。
「スイッチだったのか」
「なんか、ワクワクするな」
将大のテンションが段々と上がってきた。やはり心配には及ばなかったらしい。
僕らのことを気にも止めず、麻夜さんが淡々と扉を開くと、奥には階段が見えた。
「足元にはお気を付け下さい、若干濡れておりますので」
言うと、麻夜さんはランプに火を灯した。
彼女の後に付いて、階段を降りる。そして下まで降り切ると、中にはじめじめとした牢獄が広がっていた。壁際には灯火があり、ランプが無くてもある程度足元が見える。僕らの足音が反響してよく響き、水の滴り落ちる音がどこかから頻繁にしてくる。
「なんかちょっと怖いわね……」
「意外と苦手なんですね」
「余計なお世話よ」
将大を軽くいなす文先輩。
「ここです」
麻夜さんが立ち止まると、その牢には僕の陣営が捕らえた竜人が座り込んでいた。
「No.6、実験が始まりますよ」
「実験……?」
段々と将大の顔が青ざめてきた。
「待って!」
文先輩が間に入った。
「なんでしょうか」
「少し彼と話をさせて貰えないかしら?」
「…………」
文先輩の言葉に麻夜さんは黙り込む。周りからは、水滴が落ちる音以外、一切の物音がしない。薄ら寒い静寂だった。
十数秒後、反応を返す麻夜さん。
「少しだけなら構いません。どうぞ、お好きに。私は、入口付近でお待ちしておりますので」
こう言い残すと彼女は、ランプを持ったまま、入口の方へと歩いていってしまった。
「竜人さん、少しお話いいかしら?」
「なんだ……?」
文先輩の呼びかけに答える竜人。
「貴方達の目的って、一体何なの?」
「あややん、それはもう既に説明したことではなかったかい?」
「レンはうるさい、黙ってて」
冷たくレンを退ける文先輩。
「目的? それは我々を見捨てた唯一神“サーフォリザーフ”に正義の鉄槌を下すことだ」
「正義の鉄槌……?」
文先輩は訝しげに繰り返した。
「唯一神っていうのは、ヤハウェとか、アッラーってことでいいのよね?」
「さぁな、私達はこちらの世界での名前など知らん。ただ彼は、我らの唯一神だった」
「『だった』……? 過去形なのね」
「サーフォリザーフは我々を裏切った。彼のせいで多くの人が犠牲になり、この世は地獄と化した。だから我々は、彼に復讐を誓い、長い間Annehegに、新しき唯一神と共に、身を隠してきた。彼は新人類──貴様らのことだ──に知恵を与え、竜人を見捨てたにも関わらず、次の地球の支配者を創り出した。我々は罪深き新人類に正義の鉄槌を与え、サーフォリザーフに復讐をする為にこの世界、Dluowに転移してきたのだ」
「そこはどんな世界なの?」
彼女の興味は尽きない。
「こちらと大して変わらない世界だ。だが、住んでいるのはサーフォリザーフに追放された者共、ただ、それだけだ。私達は、彼を許す訳にはいかない理由がある。多くの友が、恋人が、家族が、急激な進化をもたらしたいという彼のエゴで犠牲になったのだ。彼が贔屓にしている新人類を滅ぼすのは崇高な我らの使命であり|Annehegの神の望みなのだ。ああ、家族は元気にしているだろうか。それだけが心残りだ。もう、元の世界には戻れないのだろうか……」
「…………」
その場の全員が彼を憂いだ。彼らにも、家族は居て、持っている信念がある。彼らを倒すことが、果たして正しいことなのだろうか……?
「No.6、時間です。実験を、開始します」
麻夜さんが戻ってきた。
「ねえ、待って! 実験ってどんなことするの……? 危険なことじゃ、ないよね……?」
詩織が不安げに疑問を呈する。
「少しだけ、危険かもしれません。ですが、これも勝利の為の鍵となる実験ですので」
冷徹な口調で答える麻夜さん。
「今更、文句は言わせませんよ?」
わざとらしい笑顔を作って答える彼女の態度に、僕は不気味さを感じた。




