◇幕間劇一『斬新な防御Ⅰ』(文視点)
私の名前は幻月文。宮本市立高校に通う十七歳、女子高生です。
今日はミスティック・リア支部局へ、参加表明をしに来ました。
「いやー、まさか、あれから意見を覆すとはねー。僕でさえ反対してたのに。そんなにあの子のことが好きかい?」
隣に佇んでいるお調子者馬鹿が、また私のことを茶化してくる。
「別に。単に放っておけないだけよ。あの子が参加表明することは昨日から分かってたのよ? 竜人の命と章君の命なら、私は迷わず後者を取るわ」
「いやぁお熱いね☆ ヒューヒュー!」
「……いい加減にしないと殴るわよ」
レンを強く睨みつける。
「ちょっ、そこまで怒ることもないじゃないか!」
本当にイライラさせるのが得意な奴……。章君みたいにもう少し真面目だったらいいのに。
「んん? お前、前にも会わなかったっけ?」
突然背後から声を掛けられ、振り向く私。すると後ろには、昨日ペアになることが決定した、諫武将大君が立っていた。
「あら、将大君。あなたも参加表明に?」
「そうだけど。誰だっけ?」
「あなた、頭の方は大丈夫……?」
昨日今日で会った人のことを忘れるなんて、本気で彼のことが心配になってくる。
「ああ、昨日ペアになることになった奴か」
「やっとわかってくれたのね……」
思わず溜息が出る。こんなパートナーで大丈夫なのだろうか。
「何はともあれ、ペア同士あちらの要求を飲むことにしたんだ。さっそく中に入ろうじゃねーか」
彼が言い終えると同時、突如として、視界が揺らめき始めた。
ただ目眩がしたのかと思いきや、今度はある一点を中心にして景色が赤く変貌し始める。
「これって、まさか……!」
「ふむ、誘われたようだな」
レンが自動的に紫色の魔導書に変形し、私はそれを義理とばかりに手でキャッチする。
将大君もレシムさんを慣れた手付きで受け止めたようだ。彼の魔導書であるレシムさんは、濃い橙色をしていた。
「セルッケン・ウト・ムオフスナルト」
将大君がそう唱えると、魔導書は小型化し、ネックレス上になった。
「片手が塞がってたらまともに戦えないからな」
「ああ、その代わり、この姿になると3分の間覚醒状態になれないのだがな」
なるほど、制約もあるわけだ。
「さて、お相手さんはどこに居るんですか、っと」
これ程までに異常な状況なのにも関わらず、悠々とした態度の将大君に、私は父親のような安心感を覚えた。
「随分軽い気持ちで戦えるのね」
「……は?」
私の言葉に、彼は少し驚いたようだ。
「いや、悪く言っているわけではないの。ただ、怖くないのかな、と思って」
将大君は私の言葉を笑って受け流すと、こう答えた。
「死にそうになったら降参すればいいんだろ? ヒーローになりたいわけじゃないし。ただ、願いを叶えてくれるのなら、出来る限り叶えて欲しい、ただそれだけだ」
「はっ、随分調子に乗っているようだな」
聞き慣れない話し主に、しばらくきょとんとする私たち。
声のした方に目を向けると、奥から現れたのは、身長二メートルはあるかという、病的に白い肌を持つ、青い目の亜人だった。身軽そうな軽鎧に、黒色のマントを着用している。
「よう、随分でかい図体してるな。お前が二人目の相手だ。よろしく頼むぜ、竜人さんよ」
将大君の言葉を受けて、竜人は肩を上下させながら、大声で笑い始めた。
「威勢がいい、威勢がいいじゃないか! 僕は君のような人間は結構好きだぞ。試しに一発殴ってみるか?」
竜人は自分の腹を指差した。
「お生憎様だ。それで倒しちまうと、あまりに勿体がないから遠慮させて貰うぜ。じゃあ、早速お手合わせ願おうか」
「将大君! 援助するわ!」
「おうよ!」
相手が何の能力かわからないくせに。お調子者なところはレンと同じだけど、うちのより無鉄砲ね。
「精神幻覚!」
私の周りから、ピンク色の靄が放出される。
「いやぁ、相変わらず人間麻薬だねぇ、あややんは!」
「調子に乗らないでくれる? 話は勝利の後に聞くわ」
咳き込む将大君。
「なんだこの靄は!?」
竜人ではなく、将大くんが驚いたことに対して、呆れを隠しきれない私。
「あなたが驚いてどうするのよ! ほんっと、馬鹿!」
「……人体に直接害はなさそうだ、安心して挑め」
レシムさんのフォローが入る。本当に、彼が先に驚くとは思わなかった。
「彼女の魔法はよくわからないが、こちらから行かせてもらおうか!」
竜人は、マントの内側に潜ませていたナイフを将大君に投げにかかってきた。
「おっと、危ねえな」
投げられたナイフを、難なく避けてみせる将大君。
「気を付けろ将大、距離を詰めてきている」
「大丈夫だよ、距離つめられたらこっちの方が強いんだから」
凶器を持っている相手にも、一切怖気づかない彼を、私は頼りがいがあると心の中で評価した。
ナイフを投げながら、距離を詰めていく竜人。将大君は恐ろしい反射神経でそれを華麗に避けていく。
私はと言うと、後ろで彼の様子を見守るだけだった。
だが、数秒後、私の支援の準備が整った。
「!?」
思わず立ち止まる竜人。
「将大君、あなた、自分自身の位置が分からなくなるほど、馬鹿ではないわよね?」
将大君の姿をそっくりそのまま模写したものが、彼の周りに現れ始める。
「怯まないで! チャンスなんだから!」
「悪かった! 硬化の拳!」
諫武君が呪文を唱えると、刹那、敵との間合いを急激に詰め始めた。
「あああああ! 破ッ!」
竜人のみぞおちに正拳突きが入り込む。腹にめり込むように見えるほど、その威力は絶大だった。
血反吐を吐き、倒れ込む竜人。
「肋骨五、六本は折れたな、コンクリート並に固くなった拳から繰り出される正拳突きの威力はどうだ?」
「????……!」
「はっ、もう遅いよ!」
将大君が背中を見せて去ろうとする。私は、彼の背後の竜人が悠々と立ち上がり、マントの中のナイフに手を掛ける様子を目で捉えた。
「将大君、避け――」
「おっ……と」
道端の石に躓き、転びそうになった彼の頬を、竜人の投げナイフがかすめた。
「……は?」
気の抜けた声を出す将大君。首の皮一枚で助かった。背後から竜人の舌打ちが聞こえる。
「嘘だろ……?」
竜人はニヤリと笑い、更なる攻撃を仕掛けようとマントの中に手を忍ばせる。
「不気味過ぎる……! 一旦引こう! あややん、陽動は出来るかい!?」
初めて喋り出したレン。レシムさんがそれに同意する。
「わかったわ!」
将大君の幻影を出し、竜人の目を欺きながら、私たちは一時撤退した。




