◆第十九話『機関の招集』
「私の名前は賀茂功栄。このミスティック・リア支部の支部長をしております。皆様に集まって頂いたのは、私共が魔法士のギルド作りに貢献したいから、であります」
一段高い教壇から、賀茂功栄は語る。彼が言葉を切ると同時に、静まり返る教会内。
「宮本支部に居住している魔法士はこれで全員です。少ないと思う方も居るでしょうし、意外と多い、と思われた方もいらっしゃると思います」
僕はどちらかというと後者だった。いくら宮本市が広いとはいえ、こんな神妙な縁が繋がれたことは、十分驚きに値した。
「この四人、いや、八人が、結託して戦えば、百人力であることは間違いありません。この四組が協力することに異議を唱える人はいらっしゃいますか?」
閑静な住宅街の中に建てられたこの洋館全体が、ひっそりと静まり返り、同化する。一斉に顔を見合わせる僕ら。
「いらっしゃらない、ということでよろしいですか?」
この言葉を受けて、僕ら魔法士一同は、沈黙したまま、お互いの守護天使と頷き合った。
「よろしい。ただし、あなた方は四組で戦うのではなく、二組がペアになって戦うことになるでしょう。それは、幻想戦争のルールに乗っとる為です」
「……説明する手間が省けたわね」
リリスが手を組みながらぼそりと突っ込む。
「幻想戦争のルール、それは六大原則と呼ばれます。一つ目の規則は、『両陣営は、“時に取り残された空間”でしか戦闘行為を行ってはいけない』というものです。これは一般人に迷惑をかけないようにとの配慮です」
「一つ、質問いいかしら?」
文先輩が手を挙げる。
「はい、構いませんが」
「“時に取り残された空間”って、一体何なの?」
「良い質問ですね、幻月文さん」
「~~!」
リリスが不機嫌そうに牙を向いている。恐らく言いたがりの彼女は、自分の口から情報を説明したいのだろう。そんな彼女を気にも留めず、賀茂功栄は話し続ける。
「人々や動物は、常に連続した時間の中で動き続けています。そんな連続的な時間の流れの中で、既に流れてしまった不要な空間、世界は、ある程度の時間、時の管理者によって保存されるのです。魔法士が居る間、『時に取り残された空間』は保存されています。そして、バトルフィールドとしての役割を終えると、消滅するのです。……これでよろしいですか?」
「ありがとう、興味深い話だったわ」
文先輩はすっかり納得したようだ。
「それでは話を続けさせて頂きます。二つ目の規則は、『戦闘行為は日本でしか行うことが出来ない』です。これには具体的な理由があります」
左隣に座っている将大が居眠りを始めていたが、僕はそっとしておいた。
「時に取り残された空間を維持するには、膨大な魔力を必要とします。だから時に取り残された空間は、普通は三十分ほどで消滅します。ただ、幻想戦争の場合はそうはいきません。そこで時の管理者は、魔力の消費を抑える為に、霊山の多い日本を戦闘の場として指定したのです」
ふと右方を見ると、テレサさんが膝に手を置いて静聴しており、その隣では詩織がうつらうつらしていた。
結構興味深い話だとおもうんだけどなぁ。文さんとその守護天使の男の人は興味津々で聞いているのに。
そして左方には完全に監査員と化したリリスが、手と足を組みながら、踏ん反り返って話に耳を傾けている。
……ちょっと大人気ないな。
将大はというと、手を組みながら爆睡中。その守護天使と思われるじい様が、肘で起きろと言わんばかりに突いているが、まるで気付いていない。
こうして周りを観察し始めた自分も、話に飽きてきてるのかなぁ、と、僕はしみじみと自分を内観する。
「飽きてきたようなのでこれ以上は手短に話させて頂きますが、三つ目の規則は『ノガルドティアンの方からのみ、時に取り残された世界へ誘うことが可能。ただし、半径五百メートル以内で、その範囲の魔法士、竜人族が全て誘われる』。だから皆さんには、固まって行動して欲しいわけです。長くなりましたが、外に出る時は、出来る限り、能源さんと結城さんのペア、幻月さんと諫武さんのペアになって行動して下さい」
「え、ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ!」
文先輩が迷惑そうに不服を申し立てた。
将大とのペアが嫌なのだろうか。
「一番協力しやすい能力のペアなのです。これを譲ることは出来ません。その言い分は、命より大切なのですか?」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
文先輩がすっかり意気消沈している。
少し落ち込みすぎではないだろうか。そんな嫌なのかな。
「続けます。四つ目の規則は、『竜人は守護的支援を受けず、単独で戦わなければならない』です。これは三つ目の規則の竜人側のアドバンテージを相殺するためです」
なるほど。一応平等になるように上手く作ってあるわけだ。
「そして五つ目の規則は、『守護天使は戦闘中、一種類の魔法しか扱う事を許されない』です。天使というものは奇跡を顕現するものですから、守護天使が魔法を自在に使えると強さの均衡が大幅に崩れてしまうのです。ちなみにこの時選ぶ一種類の魔法の事を〝覚醒能力〟と呼びます。既にご存知の方もいらっしゃると思いますが。次に、六つ目の規則は、『戦闘はどちらかの精神体が瀕死になると集結する』です。当たり前ですね。ですが!」
賀茂功栄が語気を強めると、将大と詩織が驚いて目を覚ました。
「最後の七つ目の規則が重要なのです。六つ目の規則は、『例外として、戦闘はどちらかが降参した時点でも終結する。ただし、幻想戦争に関する記憶のすべてを奪われてしまう』というものです。皆さん、命を大切にして下さい。戦闘に関する記憶よりも、命の方がずっと大切です! 私からの説明は以上……と言いたいところですが、私共が話したかったのは、ここからの話です」
話し始めた時の緊張感が、段々と場に戻って来た。
「ミスティック・リアの目的は、『地球を見守り、時には運勢を操作する何らかの外的要因による奇跡についての研究』です。あなた方魔法士には、私共の研究に協力して頂きたいのです。具体的には、竜人を一人、確保してきて頂きたい。それを了承して頂ければ、能力の向上に貢献させて頂きましょう」
真顔で手を挙げるリリス。何か彼に文句があるのだろう。
「リリスさん、何でしょう?」
「一度帰ってから考えさせて貰えるかしら?」
確かに、一度帰って冷静になってから答えを出すのが最適かもしれない。
こういった時にリリスは冷静にこういう事を言えるから、大人だと思う。
「私はリリス殿に賛成だ」
初めて将大の守護天使が口を挟んだ。かなり低く厳つい声をしている、スキンヘッドのじい様だ。
「僕も賛成かな~。あややんがどういうか知らないけどね~」
「確かに少し考えさせて欲しいところね」
飄々とした態度で応対しているのは文の守護天使だ。名前も正体もわからないが、直感で苦手そうな相手だと思った。
「私は、皆さんの意志に従います」
「わ、わたしも!」
「難しいことはわからねえけど、リリスさんに賛成しとくわ」
満場一致で、一旦話を置く方向になった。
「良いでしょう。ただし、この支給品だけは持っていって下さい」
全ペアに渡されたのは、小さな携帯電話だった。
「竜人を確保出来そうな際に、真ん中のボタンを押して連絡して下さい。これはミスティック・リアの『縛り役』を向かわせる為の、携帯電話です」
話の内容が読み取れず、若干の困惑を露わにする僕ら。
「『縛り役』って、何なんですか?」
詩織の質問に、ニヤリと笑う賀茂功栄氏。
「それは呼んでからのお楽しみですよ」




