▽前座『リリスの詩』〓挿絵有〓
その話は神代にまで遡る。
イヴが生まれる以前、アダムの妻であった、最初の女リリス。彼女はアダムと同じエデンの園で平穏に暮らしていたという。
しかしある時、命令ばかりするアダムに腹が立ち、大喧嘩した後に泣きながら楽園を飛び出してしまった。
アダムは彼女を連れ戻そうと天使達を遣わした。
リリスは憤怒して対抗し、絶対に戻らないと強く主張した。
怒りに我を忘れ、天使に手を掛けようとしたリリス。
彼女はかつての天使長ルシフェルによって海の底へと沈められた。
そして彼女の眼には焼き付いた。
下卑た不敵な笑みで彼女を見下ろす、その何物も恐れないようなその表情が。
──リリスは沈められてからというもの、光の届かない水底で涙に暮れた。
その声はいつしか枯れ、長すぎる年月は、かつては美しかった自らの姿さえも忘れさせた。
そして彼女は、夜眠っている間だけ、人前に妖怪として姿を現すようになった。
「アダムめ……アダムめ……」
彼女はアダムに代わる理想の男性を創り出すため、夜中に現れては男児を攫っていく。
「また失敗したわ」
彼女が求めたのは究極の理想。降り積もる願いと過ちは、妬みと絶望に姿を変えていった。
彼女はふと、沈む直前に叫んだ言葉を思い出す。
『四大天使の護符を貼っていない子供は全て殺す! 私の呪いが地上を覆い尽くす時、あなた達は地獄の管理人へと姿を変えるでしょう!』
ルシフェル……お前だけは絶対に許さない。お前を地獄に落とすためなら、なんだってしてやるわ。神代の呪文は、私にしか正確に唱えることが出来ない。混沌の時代を生きた私に、発音出来ない魔法なんて無い。
「お父様……」
それでもリリスは神を憎まなかった。お父様があんな命令をするはずがない……。彼女は神のことを信じ続けた。
そして彼女は願った。アダムの居る地上の楽園になんか、戻らなくてもいい。ただ純粋に、あの憎き天使長に復讐がしたい、と。