◆第十七話『暫しの幕間』
それから、詩織は病院送りになった。診断結果は、「貧血」。彼女はしばらくの間、点滴を受けることになった。
リリスは詩織に必死で頭を下げると、「大丈夫、大丈夫だよ、リリスちゃん」と詩織が軽く流して、この話はお開きになった。
点滴を受けたらすぐに帰宅するとのことなので、その後、魔導書形態のテレサさんを残して、僕らはすぐに帰路についた。
「ただいまー。って、誰も居ないか」
「おかえりアキくーん」
「……え?」
リビングの方から姉の声がする。
「おいリリス、一回魔導書形態に――って、僕を差し置いて空から帰ったんだった……」
扉を開けると、梅酒を飲んでいる姉がまず目に入った。
「ういーアキ君久しぶりー」
「うっわ、酒くさっ!」
「おかえり章ー。遅かったわねー、まぁ私も街の様子見物したりしたからたった今帰っ――」
二階の窓から入ったと思われるリリスが、リビングに突然乱入してきた。
「…………」
「…………」
睨み合う二人。やがてその目線は、こちらへと向けられる。
「アキ君、不純異性交遊はダメって言ったわよね……?」
「章、誰、この女の人……?」
投げ掛けられた質問に対して、僕は答える術を持たない。
僕は必死で目線をずらし、冷や汗をかきながら、立ち尽くすことになった。
「何が不純異性交遊よ! そんなわけないじゃない!」
「あなた、アキ君の部屋から出てきた癖によくそういうこと言えるわね」
「正式に交際してます!」
「いや、してないよね!?」
「正式な交際なんてないわ! 世の中の交際なんてみんな不純よ!」
「あんたも何言ってんだ!」
「クリスマスだからって私あんなことやそんなことさせないわよ! っぐっ、ひっくっ……!」
いきなり姉が泣き出し、僕は姉が泣き上戸であることを久々に思い出した。
「なんでアキ君に彼女が出来て私に彼女が出来ないわけ……?」
「自らが喪女過ぎてとうとう対象が性別を超えたか……」
「何この人……」
リリスが顔を引きつらせて、本気で引いている。
「私もこの子みたいな彼女欲しいわよ……!」
「言い間違いじゃなかったのか……?」
「大丈夫、心配することはないわ」
リリスが姉――能源凛――の頭を撫でる。
「あなた、名前は?」
リリスは凛に尋ねた。
「能源凛……」
泣きながらリリスにすがる我が姉。子供じゃないんだから、と、言いそうになるところを、僕はなんとか飲み込んだ。
「あなたは魅力的な容姿を持っているし、性格が悪いわけでもないわ。見たところ頭は良さそうに見えるし、筋肉の付き方からしても、運動が出来ないわけでもない。きっと良い人が直に現れるわ。守護天使である私、リリスが、保証するわ」
「リリスちゃぁぁあぁん!」
そんな姉の様子を見て、僕は憐憫五十パーセント、蔑視五十パーセントの視線を向けた。
「章……」
姉をなだめながら、リリスがこちらに向かって手招きをしている。
近付くと、彼女は僕に小声で囁いてきた。
「……お酒を積んで忘れさせましょう!」
「お前は悪魔か!」
*
その後、僕はベッドに寝そべりながら、今までの四日間のことを思い出していた。
流れるように過ぎていく、密度の濃い毎日。
これからもこんなことが続くのかと思うと、忙しさのあまり気が狂いそうになる。
願いについて、リリスから告げられた一言――「死者蘇生は不可能」。
僕は次の願いについて考えながら、ふと、叶は天国で元気にやっているのだろうか、未練を残して現世を彷徨っていやしないかと、思いを巡らせた。
そして最終的に、サエカさんがうまく導いてくれているだろうと、僕は結論づけた。
そうして彼女のことを思い出すと、親以上に懐かしくなり、僕は涙をこぼした。
「何故泣いているの、章」
十年前の事件、僕の左目と、起こった奇跡。
このことを話し始めると、長くなってしまうことは明白だ。
「いや、何でもない……」
まだ話すべき時ではないと判断した僕は、叶のことを思い出した、と、とりあえずお茶を濁しておいた。この話はいずれ、することになるだろう。
僕はまだ、知らなかった。これが、ほんの始まりでしかなかったことを。
*
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拝啓
寒気厳しき折から、貴殿におかれましては、一段とご活躍のことと拝察いたしております。
この度におかれましては、我々の組織に御招待致したいと思い、御連絡の方をさせて頂きました。
私達は、あなた方魔法士の味方であり、支援機関であります。
地図を同封させて頂くので、是非ともお越し頂きますよう、お願い申し上げます。
敬具
平成二十二年十二月二十四日
Misticlear
能源章様
Relieth=Flesevol・da・Heaven様」
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≪ 第一章 完 ≫
序章、完結です。ここまで読んで頂いて、本当にどうもありがとうございました。これから第一章に向けてプロットと設定の方を練らせて頂きますので、しばらく休載致します。楽しみに待っていて下さい。では、また。




