◆第十四話『気分の転換』
僕とリリス、詩織、テレサの四人は、昼頃に家を出て、モノレールに乗り、ショッピングモールに向かっていた。
リリスとテレサは、年甲斐にもなく二人ではしゃいでいる。
「なんであいつらあんなにはしゃいでるんだ?」
二人の様子を見て、僕は不思議に思った。
「私達には馴染みがあるけど、よその人には路面電車と同じくらい特別なものらしいよ」
「ふーん……」
僕は子供の頃からよく使っているので、あまり感覚がわからない。腑に落ちないまま、リリスたちの方へと目を向ける。
「凄く広い墓地があります、リリス!」
「何この一面が見渡せる広大な墓地、新鮮な霊魂が居そうね!」
リリスたちはモノレールからの景色に興味津々だ。というか、話の内容おかしいだろ。
「なんか電波な会話してるんだけど……」
「守護天使的には普通の会話なんじゃない? よく知らないけど」
さらによく分からない。半ば呆れながら、リリスたちの様子を眺める。
すると、詩織が溜め息をついた。
「でもテレサがあんなに楽しそうに会話してるの初めて見たよ。本当にリリスさんと仲が良い。ちょっと嫉妬しちゃう」
彼女は少し寂しげに笑っている。
「僕はやたら話しかけてきそうなリリスが居なくなって、清々してるけどな」
「そう? 私はちょっと寂しいなぁ。私の前だとほとんど無言なんだもの」
「はぁ……なるほどね」
会話が途切れ、しばらく二人のはしゃいでいる様子を無言で眺める僕ら。
なんとなく微笑ましくて、思わず顔が綻ぶ。ふと詩織を見ると、僕と同様に笑ってはいるものの、彼女のそれには、少し陰があった。
「テレサ、大きな運動場があるわ」
「全盛期のレシムさんなら端から端まで七秒ってところね」
あちらでは相変わらずよくわからない会話が続いていた。
段々と彼女たちの電波な会話に慣れてきた気がする。
「ねえアキ君、テレサって動物に例えると何かしらね」
「何、いきなり」
「テレサって小動物っぽくない?」
はて、そうだろうか。
テレサさんを改めて数秒眺め、僕は返答した。
「確かに、ちょっと小動物っぽいかも」
「例えるとしたら、フクロウじゃない?」
フクロウのビジュアルと鳴き声が脳内再生される。
「確かにフクロウだ。僕的には鹿かな」
「鹿かぁ、確かに草食動物っぽいもんね。間違いなく肉食動物には喩えないよね」
「言えてる」
笑い声を上げて、テレサさんの話で盛り上がる僕ら。
「リリス、何やら笑われているような気がするのですが……」
テレサさんの声が聞こえてくる。横目で彼女の方を見ると、不安げな表情をしていた。
「あの子達なら悪いことでは無いでしょう。気にすることはないわ」
どうやらリリスには割と僕らは買われているらしい。
「少し聞いてみます。……詩織、何を話しているのですか?」
詩織はギクリとして一瞬硬直すると、目と表情で助けを求めてきた。
多少失礼だったかもしれないが、彼女は別に陰口を叩くようなことをした訳ではない。だから堂々と言えばいいと僕は思うのだが、どうやら詩織は特にテレサさんに嫌われたくないらしい。
彼女の心中を察し、僕はフォローした。
「実はな、『テレサさんが小動物みたいに可愛い』って詩織が言ったから、同意してたんだよ」
まぁこれなら失礼だとも思われないだろう。
「なっ……違うよ!」
詩織は顔を真っ赤にして否定する。
あれ? 何か僕、恥ずかしいこと言ったかな。
「詩織、私のことをそう思ってくれていたとは。少々、気恥ずかしいです」
「ほらテレサ、あなた好かれてるじゃない」
「違うのよぉ!」
彼女は耳まで赤くしていて、必死だった。
「アキ君、恨むからね……」
詩織は涙目で言った。どうしてこうなった。
*
さて、その後、モノレールを下りショッピングモールに着くと、そこは冬休みを満喫する人達でごった返していた。
そこで当然の如く女性服売り場に連れて来られた僕は、周りの客から奇異の目で見られながらも、立ち去ることも出来ずに困っていた。
すると、前の方から向かって来る女性が一人。
「章君……?」
はっとして顔を上げると、一年年上で文学部の先輩にあたる、幻月文先輩がそこに立っていた。
小柄で平均身長、さらさらの黒髪は左側のこめかみだけを伸ばし、後ろ髪はシュシュで束ねている。眼は黒く吊り目で、キレイ系だが、顔にはあどけなさがまだ残っている。
「文先輩、何してるんですか、こんなところで」
「いや、女性服売り場にあなたが居ることの方が奇妙だと思うんだけど……」
確かに。言われてみると正論である。
「実はリリスと詩織に付き合わされているんです」
「リリス……? 初耳ね、外国人?」
口を滑らせたと後悔するも、詩織とリリスが鉢合わせした時のことを思い出し、同じごまかし方で通じることに僕は気付いた。
「親が海外赴任になってしまって、うちに居候してる親戚の子です」
「ふーん、親は、外国人なの?」
「は、はい」
あまり突っ込まれると困るんだけどな……。設定作った訳でもないし……。
気後れし、思わず伏し目がちになる。
「本当に?」
段々冷や汗が出てくる。何故ここまで追及してくるんだ?
文先輩の洞察力にはよく助けられてきたが、今回ばかりは厄介でしかなかった。
「章、男性目線が欲しいらしいからちょっと来て」
ぐい、と突然腕を引っ張られる僕。そして若干バランスを崩してしまい、転けそうになったところを、文先輩の手で引き戻された。
「ちょっと、男の子だからってそういう扱いはないんじゃない?」
「誰、あなた?」
冷ややかなリリスの目線と、冷徹ささえも感じさせる文先輩の目線。二人の目線がぶつかり合うのが目に見えるようだった。
「文先輩、僕はいいんです」
「良くないわ、章君、横柄な態度で迷惑かけられたりしてるんじゃないの?」
「そんなことしてないわよ……!」
「章君、あなた気が弱いからこういう女性に迷惑かけられそうで心配――」
「いい加減にして下さい!」
涙目になっているリリスを見て、僕は思わず文先輩を怒鳴り付ける。辺りの人達が立ち止まってこちらの様子を窺い始めた。
「リリスは何も悪いことはしてないじゃないですか!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて章君、私、そんなつもりじゃ――」
「リリスちゃん、どうかしたの?」
丁度良いのか悪いのかわからないタイミングで、詩織達がやって来た。
何が起こったのか分からないのだろう。彼女たちは不思議そうに僕らのことを見つめている。
「リリス、遅いから来てみましたが、この状況は……?」
続々とギャラリーが増えていく。その場の雰囲気に堪えられなくなったのか、文先輩は、泣きながら逃げ出していった。
まずい……言い過ぎたか! 先輩だって悪気があってした訳じゃない! すぐに追い掛けないと……!
「ちょっとこれ持っててくれ、詩織!」
僕は外出用のリュックサックを、キョトンとしたままの詩織に預け、一人で文先輩を追いかけた。
ショッピングモール、屋上。
「文先輩早過ぎですよ……さすが元陸上部……」
追い付く頃には、僕は肩で息をするほど困憊していた。エスカレーターもエレベーターも使わずに階段を駆け上がる文先輩を追いかけ、結局僕は、屋上まで走らされた。
「だって……私、章君がまた虐められてるんじゃないかと思って……」
「そんなこと、ないですよ。暴走、し過ぎです」
涙ぐんでいる先輩を見て、僕は思わず、呆れて溜息をついた。
「私、章君が大切だから……」
「……僕も文先輩は大切な先輩だと思っています。でもあれはやり過ぎですよ。もう、やめて下さい」
「章君がそういうなら、私、やめるわ……」
「わかってくれると思っ――」
突然のことだった。
ある一点から半円状に、周りの風景の色が変貌していく。
赤く染まった視界、周りから消えうせる人気。
僕は時に取り残された空間に誘われたことを察知した。
「! 文先輩、話はまた後で……!」
僕はリリスを探す為に、屋上から走り去った。
何故か後ろに未だ残っている気配に、驚きもせずに。




