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◆第十三話『因縁の遭遇』

「詩織が、魔法士……?」


 目を丸くしてリリスの方へと視線を向ける僕。


「やっぱり、そうなのね……」


 ──さらに僕はリリスの反応にも驚かされた。


「リリス……お前知ってたのか?」

「いえ、確信があったわけじゃないの。詩織ちゃんには魔力を感じた。でも人間にも魔力持ちは居ないわけじゃないし、希少な例ってだけかと思ってた。時に取り残された空間なら竜人と魔法士しか居ないから魔力持ちの時点でほぼ魔法士と断定できるけど、現実世界だとそうもいかないのよ……」


 まさか、そんな。

 こんな身近に、同じ境遇の――いわば盟友が居るだなんて、誰が想像するだろう。


「本気で言ってるのか?」


 僕は詩織の告白がにわかには信じられず、もう一度だけ聞き返すことにした。


「本気だよ。まさか、アキ君もだなんて、思わなかった……」


 詩織も例に漏れず目を大きく見開いている。

 そうか、さっきのリアクションはそういうことだったのか。


「ねえアキ君、一度、うちに来てくれる? 私の守護天使を紹介するよ」

「……守護天使?」


 僕は呆けて尋ねた。守護天使? はて、何のことやら。


「あれ、アキ君知らないんだ。……うまく説明出来ないけど、アキ君にとってのリリスさんみたいな存在だよ」

「ああ、なるほど」

「……そういえば呼び方、教えてなかったわね」


 しっかりもののリリスにも意外な隙もあるのだと思い、僕は彼女を見ながら、口を綻ばせた。


「……何か言いたいことでもあるのかしら?」

「別に。特には無いよ。無い」


 そう微笑みながら応える僕に、リリスは訝しげだ。

 正直、人間らしいし、微笑ましいと思った。だけどそれを彼女に直接伝えるのは、気恥ずかしかった。


 ふと詩織の方を見ると、何故か僕らを見る視線が、とても痛かった。


 *


 その後詩織の家に上がると、詩織の家特有の消臭剤の匂いが、まず鼻をついた。子供の頃はよく遊びに来たので、僕にとって、とても懐かしい匂いだった。


「お邪魔します」


 他人の家に上がり込む時の定型句を口にする僕。

 どれだけ距離が近かろうと、礼儀は弁える主義だ。


「アキ君を家に上げるの、かなり久々だね」


 久々に家に上げることがよほど嬉しいのか、詩織は僕にはにかみながら言った。

 郷愁を感じながら階段を上がると、今度は最後に入った時とは全く違う詩織の部屋の様相に一驚した。


「昔とは全然違うでしょ? 中学時代から色々買い揃えたからね」


 カーペットの色から、カーテンのデザイン、ベッドの掛け物の柄、小さな机から、来客用のクッション。何もかもが、昔とは違っていた。


「適当に座って。私ジュース持ってくるね」


 彼女は一言そう僕らに告げると、足早に階段を降りていった。

 部屋の様相に気を取られ、返事の遅れる僕。


「あ、ありがとな――ってうわあぁああっ!」


 部屋の入口に目を向けて感謝の言葉を告げると同時、ドアの裏付近にひっそりと人が座りこんでいるのを見つけて、酷く驚き、腰を抜かした。

 その人物はそこで体育座りをして顔をうずめていた。そして僕の叫びで目を覚ましたようで、顔を上げると僕らに挨拶した。


「おや、詩織、帰られたのですね。……はて、あなた方は?」


 シスター服を身に纏い、髪を真ん中で分けている、広い額の印象的なショートヘアのその人物は、眠そうな目を擦りつつ、僕らに興味を示した。


「詩織の幼なじみの能源章。こっちは僕の守護天使のリリス」

「まさか……まさか! 久しぶりね、テレサ!」

「リリス!」

「……は?」


 突然始まったわけのわからない会話についていけずに、思わず口をついた言葉が、失礼にもこれだった。

 あんぐりと口を開け、眉をひそめている僕の前で、抱きあう二人。

 どういうこっちゃ。


「凄い縁ね、学生の時以来だわ」

「ええ、実にその通りですね」

「知り合いなのか?」

「ええ」「はい」


 二人は仲良く同時に応えてみせた。

 双子じゃないんだから、と、心の中でツッコミを入れる。

 今の会話の内容から察するに、天界にも学校というものがあり、二人はクラスメイトか何かだったようだ。


「ジュース持ってきたよー。って、あれ?」


 僕らよりも一回り以上年上の彼女達がはしゃいでいる様子を見て、僕らは半ば呆れながら呆然とする他なかった。


「何? どういうこと?」

「一応聞きたいんだが、どういうことなんだ、リリス」


 こちらも負けじと、詩織とほぼ同時に質問してみせた。まぁ、狙った訳ではないのだが。

 リリスはこちらに笑顔を向けて応えた。


「テレサとは学生時代の同期なのよ!」

「学生時代……?」

「天界の学校よ」


 僕と詩織は無表情で顔を見交わした。

 学校の話の流れは汲み取れていたが、一体そこで何を学ぶのだろう。どんな校舎なのだろう。一切の想像がつかない。


「いつもリリスが一番だったんです。私はいつも五番くらいでした」

「テレサとはルームメイトでね、互いに切磋琢磨したものよ」


 はあ、と、とりあえず話を耳に入れる僕ら。

 クラスメイトなだけでなく、ルームメイトだったのは存外だった。

 ……あまり長い話にならないといいのだが。


「リリスが山を当てた時の衝撃は凄まじいものでしたね、あれはクラス中が湧きました」

「いや、大した才能ではなかったわよ」

「あなたの下についていたからこそ、今があるのですよ、リリス。守護天使選抜は十分に厳しいものでした」

「テレサも私の足りない部分を補ってくれたじゃない」

「そうですね、リリスは筆記の方が得意でしたから」

「実地訓練では特に助けられたわ」

「……あの、お話し中悪いんだけどさ」

「何よ」「何ですか?」


 二人はまたもや同時に応えてみせ、話を遮った僕のことを仲良く睨みつけてみせた。

 いや、怖いんですけど。つい一瞬前まで満面の笑みだったのに表情の切り替え早すぎだろ。


「本題に入らないか? 積もる話は後でもいいだろ」


 二人はお互いの顔を合わせると、応答した。


「そうね」「ですね」


 僕と詩織は二人の様子に呆れっぱなしだ。


「双子みたいだね」

「いい迷惑だ」


 彼女は耳打ちで言い、僕は小声で囁いた。


「とりあえず、話をする前に座ろう。テレサ、リリスさん」


 詩織の提案に素直に従う二人の守護天使。

 なんか……犬みたいだな。


「まず、私がテレサと出会ったのはね、商店街にある古本屋でなんだよ」


 僕は先程詩織が持ってきたオレンジジュースを口に含みながら、話に耳を傾けた。


「それから仲良くなって、本契約をして、今に至るんだけど、特に話すことは無いかな」


 随分端折ったな……。まぁ事細かに話されても困るだけかもしれないが。

 僕はそんな簡潔過ぎるほどの詩織の話を聞くと、あることが引っ掛かった。


「リリス、一つ聞いていいか?」

「……何かしら?」


 リリスはこちらを向いて答えた。


「何故図書館や古本屋にお前らが置かれているんだ? 直接魔法士の素質がある奴に話し掛ければいいじゃないか」

「それは、出来るだけ秘密裏に事を動かす為よ」

「秘密裏に……?」

「ええ」


 彼女はジュースを一気に飲み干すと、続きを話し出した。


「幻想戦争は秘密裏に進められるべき戦争なの。ノガルドティアンのことを公になんかしたら、世の中がパニックになりかねない。章は魔獣に襲われたことがあるから、わかるでしょう?」

「なるほど……。つまりは、ひっそりと一般人の魔法士化を進めたい訳だ」

「そういうこと。図書館とか古本屋には、比較的人が沢山来るでしょう? 木を隠すなら森の中。私達は普通の本の中に潜みながら、ひっそりと魔法士に相応しい人間を選別していたの」

「……そんな裏事情があるとは知らなかった」

「私も今初めて聞いたよ」


 詩織の軽く驚いている様子が見て取れた。恐らく僕も同じような顔をしているのだろう。


 そんな僕らの様子を、テレサさんが一人影で様子を見守っている。リリスとの会話が終わってから、彼女はずっと隅で体育座りをして、静かにこちらの様子を伺っていた。人見知りだったりするのだろうか?

 僕は気を使って彼女を会話に参加させることにした。


「テレサさんからは何か意見がありますか?」


 僕が提言すると、彼女は顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。


「詩織を……」


 全員の視線を一斉に浴びるテレサさん。

 それに物怖じすることなく、彼女は続ける。


「詩織を……守ってあげて下さい」


 突飛過ぎるその台詞に、僕は茫然とした。


「守る……? 協力とか、じゃなくてか?」

「はい」

「テレサ、その話はいいの」


 詩織がテレサさんの話を遮る。しかしその真摯な表情からは、幻想戦争への何かしらの覚悟が(うかが)えた。


「いいえ詩織、ここは言うべきところです。あなたが亡くなったら一番苦しむのはこの人だと言っていたではないですか」

「ばっ……馬鹿!」

「え、どういうことだ?」


 詩織が見るからに慌てている。


「テレサ、この話は置いておこう?」

「何を焦っているのです。……まさか、未だそういう関係ではない……?」

「わー! わー!」


 テレサさんの発言に、詩織は余計に焦って、手をバタバタし始めた。顔は真っ赤で、必死でテレサさんの発言を遮っている。


 彼女らの様子を見て、リリスは咳ばらいをした。


「本題に戻りましょう」

「ご、ごめん……」


 詩織は小さくなって、正座する。


「……詩織に話を遮られましたが、アキラ、詩織の能力は、自分で身を守れるものではないのです」


 彼女の口調は淡々としたものであったが、その表情は真剣さに満ちていた。


「どういうことなんですか?」


 説明の仕方を考えていたのか、テレサさんはしばらく沈黙してから、また話し始めた。


「彼女の能力は、結界――スピリチュアルバリア――なのです。詩織は攻撃から身を守る事しか出来ない。だから、攻撃型の能力を持った魔法士を探していたのですが、まさかこんな身近に居たとは……驚きました」


 リリスは顎に手を当てて数秒黙り込み、申し出に応えた。


「テレサ、話はわかったわ。これから私達は、出来る限り共に行動することにしましょう」


 テレサさんが俯き、耳元で髪をかきあげる。


「……テレサが髪をかきあげるのは喜んでいる証拠なのよ」


 リリスが耳元で囁く。よく彼女の顔を見ると、口角がほんの少し上がり、頬が少し赤く染まっている。

 小動物のような人だな、と思った。


「今日はこれで解散にしましょう。明日は景気付けにショッピングモールに行くわよ!」

「いいですねリリス、私も少しこの時代の服に興味があります。丁度明日は、クリスマスイヴですしね」

「勝手に物事を進めるなよ……」

「私達の事情は……?」

「クリスマスイヴに殿方と買い物出来るなんて、なんて恵まれた状況なんだ、とは詩織は思わないのですか? しかも意ちゅ――」

「わー! わー!」


 また詩織はバタバタしながらテレサさんの口を塞いでいる。


 僕はふと詩織の願いが気になったが、僕はこの空気を壊したくなかった。

 ──たった一つの、叶えたい願い。

 ……重い話になるのは、必至だったし、訊かれて気持ちの良いものではないかもしれない。

 だから僕はあえて、その話をしなかった。

 いつかそれを聞く日が来るのだろう。詩織の口から話し出すのを待とう、僕はそう思った。


 騒がしい一日が、過ぎていった。

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