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◆第十一話『記憶と掃除』

「早めの大掃除をしましょう!」


 僕が遅めに起きてブランチを食べると、早々に――もう昼過ぎだが――リリスはリビングで声高々に宣言した。


「何故そうなる、まだ十二月二十三日だぞ」


 正直年末になろうと面倒臭いのであまりしたくないのだが。


「早めにやっておくに越したことはないでしょう!」

「いや、それはそうだけれども」


 どうやら口答えしたところで彼女の気勢をそぐことは出来そうにない。


「なんで私まで……?」


 僕の隣には、隣の家に住む幼なじみの、結城詩織が腰を下ろしていた。


「整理が得意そうに見えたからよ!」


 詩織はリリスのテンションに押され気味だ。彼女はあまり気の強い方ではないので、ここで僕が反論しなければリリスに流されてしまうだろう。


「リリス、もうちょっと人の都合考えろって」


 リリスを軽くいなす僕。


「ううん、大丈夫。どうせ暇だからお手伝いさせて貰うよ」

「え、お前本当にそれでいいのかよ」


 詩織は人一倍優しい。だからこそ、僕が言ってやる必要がある。


「大丈夫、アキちゃんの家だから。アキちゃん、整理下手でしょ? 手伝うくらい、どうってことないよ」

「詩織が良いなら、俺はいいんだけど……」


 結局僕まで巻き込まれてしまった。


「決まりね!」


 満面の笑みで仁王立ちしながら我が家の魔王は言い放つ。


「だから、押し、強すぎだって」


 こうして僕ら三人は、能源家の大掃除をやることになった。


 掃除慣れしている詩織の指示で、リリスは窓拭き、詩織が僕の部屋の本棚の整理、僕は一階のリビングに掃除機をかけることになった。


 リリスに掃除用具一式を用意したのち、押し入れから掃除機を取り出し、自分の仕事に取り掛かる僕。

 ああ、面倒臭い。


 僕が観念して無言で掃除をしていると、リリスの調子が何やらおかしいことに気が付いた。どうやら何から始めればいいのかわからないらしい。

 そしてしばらく観察していると、リリスはから拭きから掃除を始めてしまった。


「リリス、何故から拭きから始めた……?」


 僕の指摘を受けて、リリスは困惑の表情を浮かべた。


「え、から拭きで埃を取ってからじゃないの?」


 思わず額に手を当てる僕。呆れざるを得ない。


「リリス、一つ言っていいか?」

「な、何よ……」


 僕の先の言葉を予想してか、リリスの表情が曇る。


「お前、掃除したことないだろ?」


 彼女は僕の発言に口を引きつらせながら笑顔を作り始めた。


「え、な、何のことかしら……?」

「目、泳いでるぞ」


 僕の言葉を受けて、リリスは恥ずかしそうに下を向いた。そして顔を上げると同時に……。


「現代の掃除の仕方なんて知るかぁ!」


 逆ギレした。


「え、逆ギレ!?」

「リリスちゃん、どうしたの!?」


 詩織が驚いて二階から下りてきた。

 次の瞬間、リリスが膝から崩れ落ちる。


「どうせ私は家事の出来ない女よ……ううっ……」


 彼女は唐突に泣き始めた。

 詩織はそんなリリスに駆け寄ると、慰めの言葉をかけ始める。


「誰でも最初は出来ないんだよ? これから頑張ろう? 中学時代のアキ君よりはマシだよ?」

「……すいません、それ大分失礼なんですけど」

「そうね……。章よりはマシよね」

「リリス、お願いだから黙って」

「丁寧に教えるから今から覚えよう?」

「あのー、話、聞いてます?」

「わかったわ詩織、今から頑張るわ」


 詩織が差し伸べた手を、リリスが取り、立ち上がる。こうして二人は、熱い握手を交わした。


「すいませーん、謝罪はないんですかー」


 詩織は舌を出しながら謝り、あなあざとしと思うも、結局彼女を許してしまった僕が居た。


 一人ずつだとこちらが強いのに、二人が揃うとこちらが弱くなってしまう。これが女子の団結力だろうか。

 少し二人に押され気味ではあったものの、詩織にリリスが掃除の指導を受けているところを見ると、どこか心が温まるのが不思議だった。


 そんな光景を見納めた僕は、一階の掃除機がけを終え、たった今、二階の掃除機がけが終わったところだ。そして掃除機を片付けた僕は、詩織に次の指示を仰ごうと、リビングに向かっている。リビングの扉を開け、詩織に声をかけようとする僕。きっと今も、微笑ましい光景が……。


「って何勝手に人のアルバム漁ってるんですか!?」

「ふむふむ、これが中学時代の章……」

「髪長いでしょー?」

「女の子みたいだわ」

「没収!」


 僕はすぐさまアルバムを奪いに行った。


「「えー」」


 不服そうな表情を浮かべる二人。


「器が小さいわよ章!」

「お前らの態度がでかいんだよ!」

「私そんな子に育てた覚えないよ!」

「僕は詩織に育てられた覚えがないんだけどね?」

「窓拭き終わったから休憩したかったのよ! 別にけなしてるわけじゃないんだから見せて!」

「…………」

「いいでしょ?」

「……そこまで見たいなら、勝手にしろよ」


 あまりにも図々しいリリスの態度に、僕は思わず喧嘩腰になってしまった。


「…………」

「…………」


 火花が散るように睨み合いになる僕ら。

 気まずい雰囲気の中、詩織が僕らの顔を伺っている。


「……さ、さぁ! 休憩は終わりにして、次、私とアキ君で二階の本棚の整理しよう? リリスちゃん、それでいい?」


 気を使ってくれているのがわかる。とりあえず引き離そうとしているのだろう。


「それは別に構わないけれど……」


 第三者である詩織の提案にリリスは乗らざるを得ない。


「じゃあリリスちゃんは全体的に床の雑巾がけ、私とアキ君は本棚の整理をしましょう」

「私、一人で大丈夫かしら……?」

「わからなかったら聞きにくればいいよ!」

「ありがとう詩織、感謝するわ」

「じゃあアキ君、二階に行こっか!」


 詩織に押されるようにしてリビングを出ていく僕。こんな強引な詩織は、見たことがない。


「お、おい……」


 僕は詩織に押されながら、半ば強制的に階段を上がる。


 僕と詩織はそのまま僕の部屋に入り、詩織が扉を閉めると、彼女は唐突に話を切り出した。


「正直に言うよ。リリスちゃんが大掃除を奨めたのはね、アキ君が落ち込んでたからなんだよ。気分転換に何か良い事はないかって訊かれたから、大掃除なんてどうかって言ったの。リリスちゃん大掃除の文化自体知らなかったんだけどね、ふふっ」

「え……?」


 思ってもない話の内容に、思わず驚き、しばらく言葉を失う僕。


「何で落ち込んでたのかは教えてくれなかったけど、また叶ちゃんの悪夢でも見ちゃったんじゃないの? アキ君……」

「…………」


 黙らざるを得なかった。図星だったからだ。


「だから、リリスちゃんを怒らないであげて。アキ君、意地悪なところあるから、知らないうちにリリスちゃんを傷付けてるのかもよ?」


 心当たりはいくつかある。僕は黙って詩織の説教を聞くしかなかった。


「リリスちゃんに、優しくしてあげて」

「…………」


 詩織の言葉に、僕は自らの過ちを省みた。

 すると、丁度良いタイミングで扉を叩く音が。リリスだ。


「ちゃんと謝らないとダメだよ?」


 こくりと頷く僕。


「入って大丈夫だよー」


 詩織が応答すると、扉を開けて入ってくるリリス。


「あの……」


 手にアルバムを持っているところを見ると、どうやらアルバムを返しに来たらしい。


「ごめんなさい、章、調子に乗りすぎたわ」

「リリス、僕も少し怒りすぎたよ。それに僕を励ます為になんて知らな――」


 不意に、はらりと、一枚の写真がアルバムから舞い落ちる。

 その瞬間、僕ら全員が、言葉を失った。

 掛け時計が時間を刻む音だけが、空間を支配する。


「何、この写真……?」リリスは言った。


 床に落ちたのは、僕と写っている、一人の少女の写真だった。

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