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天使はあくまで魔導書巻(グリモワール)  作者: 小鳥遊賢斗
第六章「宿敵」

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◇幕間劇十九『最後の審判Ⅴ』(麻夜視点)

 Anneheg(アネヘーグ)での法律違反で連れていかれた私は、ものの見事に正体が明かされ、囚われの身となった。


「魔術も使えないし、ファーターは没収されるし、もう覚悟した方がいいかもしれないわね……」


 冷たい地下牢の中で、深くため息を吐く私。

 吐き捨てた壁は、ただそこにあって、ひたすら沈黙していた。


「思えば、現世では逆の立場だったのよね、私。因果応報って奴かしら」


 そんな独り言を呟いていると、ふと廊下の入口の扉が開く音が聞こえてきた。

 ご飯の時間かしら。

 こんな光の差し込まない部屋に居ると時間の感覚が狂うわ。


「21番、出ろ」

「え……?」

「早くしろ!」

「わ、わかりましたわ……」


 拷問か何か始まるのかしら。


 ああ、皆様。私はもう生きて帰れないかもしれません……。

 舌を噛み切る程度の自尊心の防護はお許しください……。


 *


「解け」


 目覚めて初めて聞こえた台詞がこれだった。

 私はいつの間にか気を失っていたようで、暗闇の中突然目を覚ました私は、まず状況の理解に努めた。

 目隠しを外されると、そこが見覚えのある城の内部で、見覚えのある竜人を前に、膝立ちをしている状況であることを私は理解した。


「どういうおつもりです……?」

「いやはや、ただ処刑するだけではつまらないと思いまして。あなた、お強いのでしょう?」


 仮面のような笑みを浮かべ私を見る男。

 それは天井の私の気配を察し、窮地に陥れた男、ルミナスだった。


「一つゲームをしようではありませんか」

「ゲーム……?」

「私は戦闘が好きだ」


 いきなり何を言い出すのか。


「私と戦って、勝つことが出来ればあなたを解放し現世へと返しましょう。そして、頼み事をひとつ聞いてやってもいい。この世界に来たからには何らかの目的があるのでしょう。しかし、もし負けてしまった場合は──死あるのみです。尤も、その前に死よりも酷い仕打ちを受けるかもしれませんが……私の知るところではありません。どうでしょう? 我ながら良い提案だと思いますが」


 ただでは返さないというのか……。


「いいでしょう。その勝負、お受けいたします」

「そうこなくてはね。まぁ、元から拒否権もありませんが」


 無事に帰ることの出来る可能性があるのなら、喜んで賭けさせて頂こうじゃありませんか。


 *


 そうして私は、白い床と壁、天井で覆われた体育館ほどの大部屋へと案内された。


「市街地に迷惑をかけるわけにはいきませんからね、この部屋は特別丈夫に出来ています。どれだけ暴れても周囲には何の影響もありません」


 室内によく反射された声が響く。

 無機質な分周りに注意が行かず、意識がはっきりして戦いに集中できる。


「ああ、そうだ。これを返すのを忘れていましたね」


 私はルミナスから紫の魔導書を投げ渡された。


「ファーター……」

「感傷に、浸っている場合では、ないぞ……」


 ルミナスは不気味な笑みを浮かべながら、指をくいっと動かし、攻撃してこいと催促する。

 舐めた真似をしてくれますね……。


「行くわよ、ファーター」

「ああ」


 第一歩を踏み出そうとしたその時、突然の吐き気が私を襲った。

 私は思わずその場で戻してしまった。

 ……え……?

 …………どういうこと……?


「運のいい奴だ。日本語なら今この瞬間に絶命してましたよ?」


 何を言っているのか全く理解できない。

 何が起こったのかもわからないし、それに対して彼が何を言ってるのかもわからない。


「少し、慎重に、なるべきだと思うぞ」

「……そうね」

「! 麻夜! 避けろ!」

「!」


 私は反射的に空間転移した。

 それまで私が居た場所には、鋭利なのこぎりが刺さっていた。


「危なかったな……」

「…………」


 一応発動条件は分かった。何らかの言葉を発すると、それに何かが作用して世界に干渉する。

 ……って、全然分かってないじゃない。


「……どうした……?」


 どうやらファーターはまだ気付いていないらしい。

 相変わらず呆けてるわね……。


 ただ、発動条件が分かったのなら、もう何も口に出さなければいいだけ。

 私は異空間からナイフを取り出し、無言でルミナスとの距離を詰める。


 ルミナスは何らかの呪文を呟くと、掌の先に出現した魔法陣から炎を放射した。


「あぶっ……!」


 私は間一髪でその攻撃を避けたが、何故かその直後、後ろに吹き飛ばされ、無機質な壁に打ち付けられた。


「かはッ……!」


 思わず気道から息が漏れる。


「やれやれ、もう少し分かりやすい声を出してもらいたいところだ」


 やはり何かを喋ると奴の魔法は発動する……!

 そしてこの世界は魔素に満ちていて、現世では使えないような規模の魔術が使えるのか……。

 それなら、それを逆手に取らせて頂きましょう。


 私は掌をルミナスに向け、打ち付けられた身体を労いつつ、呪文を唱えた。


kijam(キジャム) paodiat(パオディアット)

「ほう?」


 私の掌の先に出現した魔法陣から、緑の腕のようなものが放出され、ルミナスに向かって一直線に進んでいく。


arhipasid(アーイパッシード)


 ルミナスは対抗して魔術を発動させる。

 私はルミナスの能力を縛ろうとして、ルミナスはその魔術を消し去ったのが、ここまでの流れだ。


「ふん、なかなかやってくれる。相当魔術を仕込まれたようだ、精霊を見事に従えている。そうでもないとこのレベルの魔術は発動できませんからね」

「…………」

「これはこれは。私の能力を警戒して言葉が出せないようですね」

「…………」


 私は再び駆け出し、黙ったままルミナスに接近していく。

 先程壁に打ち付けられたのが効いていて、少し身体がよろける。


「だから無駄だと言っている」


 ルミナスは手を構えると、呪文を唱え、またもや炎を放射した。


「くっ……!」


 魔術でバリアを作り防御する。とりあえず一命は取り留めた。


 しかしながら、発言をしてしまったせいか、相手の発動条件が調い、突然重力がありえないほど重くなった。あまりの重さに、耐えられず倒れ込み、強く地面に押し付けられる。加えて、周りの空間が突然とてつもなく大きくなったように感じられた。

 私はこの状況で少し気になることがあった。


「……ファーター、今世界はどうなっている?」

「どういう、意味だ?」

「いいから!」

「別に何も変わらないが……」


 どうやらこの効果が起きているのは私だけらしい。

 息が苦しい……。このままやられてしまうのか……。

 相手の能力さえ分からないまま……。


 私は今までの自分の発言を振り返ってみる。


『行くわよ、ファーター』

『……そうね』

『あぶっ……!』

『くっ……!』


 そしてルミナスの気になる台詞。


『運のいい奴だ。日本語なら今この瞬間に絶命してましたよ?』

『やれやれ、もう少し分かりやすい声を出してもらいたいところだ』


 どう考えても、ルミナスは自身の能力が見抜かれることはまず無いと慢心している。

 その隙を突いていきたいところだけど……。


 ……日本語なら絶命していた?

 その直前に私は『行くわよ、ファーター』と言っていた。

 ……まさか。

 …………それなら。


 とあることを思い付いた私は、それを実行に移すことにした。


「無様ですねえ、(こうべ)を垂れるとは、命乞いでもするつもりか?」


 このままだと圧死してしまう。

 でもルミナスが近付いてくるのを待たないと、彼に認識させられない。

 かろうじて喋れるから、機会は有効に使わないと……。


 ……身体にのしかかる重力に耐えながら、奴が近付いてくるのを待つ。

 ……早く。

 …………早くして。


 …………。

 ……今だ……ッ!


「このまま圧死というのも悪くはないのですが、命乞いでもしてみますか?」

「──be out of control」

「…………!?」


 私がそう言うと、私はとんでもない重力と妙な感覚から解放された。

 相手が怯んでいる隙に、両手にナイフを構え、目と鼻の先に居たルミナスの足に突き刺す。


「ア"ァ"ッ……!」


 うめき声をあげながら床に倒れ込むルミナス。

 続けてこの気を逃すまいと、私は彼の首筋に冷たい刃を当てる。


「どうやら私の勝ちのようですね」


 ルミナスは、私の言葉を英語に変換して、その内容を具現化していた。

 日本語なら~の下りが大きなヒントになった。

 ……慢心し過ぎだ。


「……ええ、負けを認めましょう……。……何を望む?」


 ()()()()()()私は特に頼むことも無かった──が、この数分後、何を頼むか考えているうちに、頼むべき事柄が向こうから舞い込んでくるのであった。

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