002
ハッとして、修道女は目を覚ます。
勢い良く起き上がった性か、机の上の蝋燭の火が揺らめく。どうやら、本を読みながら眠ってしまったらしい。机の上には、読みかけの本が開きっ放しとなっていた。
染みが付いているその様からも、本の上で俯せていたらしい。幸いだったのは、文字がその染みで滲んで読めなくなっていないことだった。一瞬、涎を疑って口元を拭うが湿っている様子はない。
そうしている間に、もう一滴が本に落ちる。
今日は、汗を掻くほど暑い日では無かった。なんなら、外の雨風の性か、やや肌寒く感じる程であった。顎先から滴るその滴を辿っていくと、それが涙だったことを理解した。
ずっと、何かとても悪い夢を見た気がしていた。しかし、その夢の内容をいつも思い出すことが出来ないでいた。それでも彼女がきっと悪夢だと思ったのは、頬を一筋の涙が流れていたからだった。
「また、忘れてしまいました」
修道女はそう呟き、涙をトゥニカの袖で拭う。小さく嘆息を付き、本の続きを読もうとした時のことだった。どこからか、物音が聞こえた様な気がする。耳に手を添えて目を瞑り、集中する様にそっと音へと耳を傾ける。
すると、外の雨風の音に混じり、戸を叩く音が聞こえて来る。
「やっぱり。でも、こんな時間に教会へ来訪者でしょうか?」
自分へとそんな疑問を一つばかし投げ掛け、開かれた本に栞を挟み込み閉じる。椅子から腰を上げ、ランプを手にする。そして、階段を上がり、地下から地上の聖堂へと足を運ぶ。
階段の段差を一つ上がるにつれ、戸を叩く音はより大きくなる。
「誰か、誰かいないかっ!」
声を荒げる男性の声が聞こえる。その叩き方を察するに、急を要するようであった。それを察した修道女は、小走りで戸へと駆け寄る。
「こんな夜分に、どういったご用件でしょうか?」
「頼む、ここを開けてくれ!」
修道女の質問に答えることなく、その男性は語気を強める。
「分かりました。待っていて下さい。今、開けますから」
修道女は、その男性の為に教会の施錠を解く。
「開きました。では、どうぞ中へ――」
修道女が戸を開いたと同時に、一人の男性は強引に教会へと入り込む。
「きゃあ」
修道女は、思わず声を上げる。
「声を上げるな。それと、直ぐに戸を閉めてくれ」
「わ、分かりました」
男に言われた通りに、修道女は戸を閉める。
「これで、大丈夫ですか?」
「ああ、助かる」
男は安堵の息を漏らす。
余程疲弊しているのか、壁に凭れ掛かり、ゆっくりとそのままへたり込む。その容姿は、全身ずぶ濡れでいて、更に泥塗れであった。この雨風にやられたのかと過ったが、それにしてはあまりに汚れ過ぎていた。
まるで、何かを庇ってそうなってしまった、かの様に。
【キーワード】
トゥニカ……踝丈のゆったりしたローブのことです。前開きではない為、被るように着ます。その上から、裾の大きめな頭巾を着用し、最後にロザリオを着けることが、男女問わず基本の格好となるそうです。