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五百頭――それが、聖書を一冊作る為に必要な羊の数だった。
たかだか、本を一冊作るのにそれだけの羊を殺さなければならなかったのだ。
しかし、紙の伝播や活版印刷技術の発明により、効率的に本を作れるようになると、聖教会はこれを――神の手の業である、と称賛した。さらに、羅針盤の発明により大航海時代を迎えていた境遇もあり、瞬く間に本は世界中へと輸出入されるようになった。
全てが円滑に進んでいる様に思えたが、聖教会は在る事実に気が付いた。
それは、印刷術が聖教会の教えに背く思想を広める要因として用いられていると言う事実だった。そこで、聖教会の監視の下、印刷を行うよう印刷許可制を導入し、統制を試みたが、聖教会の信仰や道徳に危害を及ぼすとされた本の出版を防ぐことが出来なかった。
そこで、聖教会は異端審問と呼ばれる異端であると疑いを受けた者を裁く為の制度を設け、さらに出版の自由を制限する為に、本を禁じる為の本――即ち、禁書目録が作成されたのだった。
禁書目録の作成に当たったのは、険邪聖省、インデックス聖省、そして聖教皇宮廷付きの高位聖職者の三局で行われた。幾度となく改訂された後、完成された禁書目録を読んだ聖教会は、最も望ましい本を見分ける最良の指南書と呼び、それを讃えた。
禁書目録には、三つの階級制度が設けられていた。
一、著者名のリスト。
そこに名を記された著者は、いかなる内容の本であっても禁書とする。
二、作品ごとのリスト。
そこに名を記された作品を禁書とする。
三、作者不明のリスト。
上記と同様。
そして、念を押すかのように聖教皇令が敷かれた。
誰もこれ以上、この目録に掲載されている書物のいずれをも、書いたり、出版したり、印刷したり、印刷させたり、販売したり、購入したり、貸したり、送ったり、その他のいかなる口実によっても受け取ったり、保管したり、保管させたりしようとすることのないように――と。
禁書目録へ記された著者は異端と認定され、牢獄へと軟禁され、最悪の場合は死刑となる。禁書目録へと記された本を所持している場合は、焚書によって自身の正統を証明させられた。
一方、印刷業者たちは、印刷事業の利益を独占しようと考えた。そこで、聖教会と密接に関わり合いのある印刷業者たちは、商組合を設立することで、都市自治を獲得する上で大きな働きをし、都市貴族として支配層を形成するようになった。
聖教会と商組合。
異端審問と禁書目録。
これは、後に暗黒時代と呼ばれる時代を本と共に生きた一人の書籍商の青年と修道女の物語である。