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イレギュラーブレイヴ  作者: 新井八暁
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不純な旅立ち

閲覧ありがとうございます。

新井八暁と申します。

初めて書くので読み辛い点が多々あるかと思いますが楽しんで頂けたら幸いです。

ーー働いたら負けかなと思ってる。

けど思いだけではどうにもならない事もある。寧ろどうしようもない。

幼い頃に両親を亡くした俺に、働く以外の選択肢はなかった。

この国では16歳になると自立しなければならない、もし俺がなるとしたら農家か傭兵の2択。しかし、どちらもなりたくなかった。

そんな悩みを抱えていたが、ある日俺にとって転機が訪れた。


ーー急募、勇者求む。仕事内容、魔王の討伐。報酬、地位、名誉、金。面接は王都クロイツ王宮までーー


俺は張り紙を見た瞬間決意した、勇者になると。


早速育ての親であるバックスの元へ向かった。バックスは死んだ父の友人で、10歳の時に両親が亡くなって以来世話になっている。

今はこの村で傭兵をしていて、その傍ら俺が仕事に困らぬ様に畑仕事と剣術を指導してくれた。

「バックス、俺勇者になるわ」

「駄目だ。お前にゃ無理だ」

働かずに済む方法を見つけ、上機嫌の俺に対してバックスの態度は冷たかった。片眼にある傷痕のせいで余計に怖い。

「何でだよ?かつて王都最強と謳われたバックスに剣術を教わった俺ならやれる」

「自惚れるな、そんな事の為に剣術を教えたつもりはない。大人しく傭兵か農家になるんだ」

「嫌だね、どっちも楽じゃないのに稼ぎが少ないのはバックスが1番知ってるだろ?そんなつまんねぇ人生を過ごすぐらいなら魔王に挑む方がよっぽど夢も希望もあるだろ」

「いいかユリト、この世に楽な仕事など無い。そしてお前が思う程甘くも無い。今まで黙っていたが私はかつて起きた戦争も経験し、先の魔王とも対峙した。眼の傷もその時の物だ。経験した上でお前に忠告している」

「そんなんやってみなきゃわかんねぇだろ!俺の人生は俺が決める!今までお世話になりました」

そう言って俺はバックスの家を飛び出した。どうして大人はいつも保守的な考えしか出来ず、子供の意見を聞こうとしない。

けど、もうそんな事はどうでもいい。これからは俺の好きな様に生きてやる。


外は晴天、旅立つには絶好の天気だ。

自由になり、自由を得る為の旅に出る俺は解放感と期待感で胸がいっぱいだ。

まずは隣りの村に行って準備をしよう。

なんせ飛び出した俺には剣と親父の形見のナイフしか持ってない。

今までコツコツ貯めた小遣いを使う時が来た。そんな事を考えつつ、村を後にした。


草むらを抜け、丘のてっぺんまで来るとぽつんと少女が立っている。

少女は髪の毛と瞳の色が水色でここら辺では見かけ無い顔だ。歳は俺と同じくらいか。

それにしても少女は荷物を持っておらず、旅人には見えなかった。周りを見渡し何かを探してる様な素振りをしている。

怪しいな、関わってはいけない気がする……俺はスルーする事に決めた。早く王都へ行き、スタートラインに立ちたいからな

だが、俺に気付いた彼女は無情にもこちらへ向かってきた。

「お前はユリト・ブレイバーか?」

「え?そうだけどーー」

「よかった。早速私と戦ってくれ」

少女はそう言ったきり構えている。

ちょっと待て。初めて会った女の子が俺の名前を知っていて、尚且つ戦えってどういう状況だよ。何もよくねぇ!

「あのーどちら様でしょうか?」

「私はリィゼ、スライムだ。早く剣を抜かないか」

すいません、あなたの事を知ってる知らない以前の問題でした。

スライムってあのゼリーみたいな奴か。確かにこの辺にはスライムが生息しているし、よく見るとリィゼの胸元にはそれなりに育ったおっぱーー否、スライムが2匹居る。

そんな冗談はさて置き、俺から見た彼女は紛れもなく人間だ。

「ちょっと待ってくれ、何故戦う必要がある?」

「私がスライムだからだ!見た所剣士っぽいお前が魔族と戦うのは当たり前だろう?」

それはごもっともだ、勇者になる以上魔族と戦うのは普通だ。

魔族とは数十年前に突如現れた謎の怪物たちの総称である。魔族とまとめているが、いろんな種族が存在し様々な姿形をしていた。基本的に魔族との関わりは禁忌であった為、魔族について詳しく知る者はいない。時に人を欺き人を襲うが、争いを好まなかったり人間に害を与えない温厚な種族も居る。俺としては魔族だからと言う理由で手当たり次第戦うつもりはない。と言うのは建前で実際は面倒臭い。

あくまでも俺は魔王を倒して堕落した人生を送りたいだけだ。

そしてスライムは基本的に温厚な種族のはずなんだが……

「悪いがリィゼと戦う気は無い。俺には君が悪さをする様に見えない、スライムだとしても女の子と戦うのは気が引ける。これから勇者になる以上魔族と戦う宿命であったとしても、一番の目的は魔王を倒す事であって君を傷付ける事じゃないんだ」

「なっなんと……」

俺の言葉に対して彼女は困惑しているようだ、頬が赤く染まっているではないか。

少しもじもじして黙り込んでいたが、困惑を振り切ったのか口を開いた。

「ではユリトよ、私も魔王退治に連れて行ってくれ」

ああ、何をどうしたらそうなるんだ……しかしながら戦闘を回避出来た事は良かった。けど、俺は仲間を連れる気はない。何故なら俺の報酬が減ってしまうからな。

「待て、スライムと名乗るのに魔王退治に行くのか?」

「何がおかしい?魔族と言っても種族が違う。悪即斬だ!」

いや、貴女剣持ってないから。

「なら簡単なテストをしよう、返答次第で連れて行くか判断する」

聞くだけ聞いて断るつもりだ、テストで落ちたら文句言えまい。

「構わん、始めてくれ」

「まずはスリーサイズを聞かせてもらうか?」

「バスト94、ウエスト59、ヒップ88だ。これ関係あるのか?」

「も、勿論ですとも」

ほほう、結構なボンッキュッボンッだ。

「なるほど、では次の質問です。旅に使える特技はありますか?」

「ある程度なら魔物を感知する事が出来る、人間や物でも可能だ」

「ちなみにどうやって感知するんだ?」

「匂いと勘だ、スライムはか弱い種族だ。これくらい出来て当然だ」

リィゼはドヤ顔で言う。

流石自称スライムの女の子、これは使える。けど、さっきまでやる気満々だった奴がか弱いだなんてよく言うぜ……

「次にリィゼの戦闘能力について聞きたい。もっとも俺は極力戦わない方針だが、魔王を倒す旅に出る以上リィゼにも危険な目に合う可能性はあるし避けられない戦闘もあるだろう。ハッキリ言って俺には君が戦える様には見えない、戦う術は持っているのか?」

「無論だ。体術を少し習い、戦闘魔法と補助魔法なら身に付けている」

魔法?魔法は魔族しか使えない代物だ。人間が使える訳がない。

「分かった。じゃあ俺に攻撃してみろ」

「正気かユリト?死んでしまっても知らないぞ?」

「自信があるなら結構、俺に通用する技があるなら連れてってやる」

「では遠慮なく行くぞ!はぁぁぁ」

リィゼは溜めに溜めて、思い切り俺の腹を殴った。その瞬間、爆煙と轟音に包まれ宙を舞った。そのまま地面に叩きつけられ、俺の目の前が真っ暗になった。


「ユリト!ユリト!目を覚ましてくれ」

「ん……俺は……生きてるのか?」

気がつくと、俺はリィゼの膝枕で横になっている。どうやら今まで気絶していたらしい。

「ユリト……よかったぁ!私の治癒魔法が効いたな。えっへん!」

リィゼは腕を組み、誇らしげな顔付きだった。確かにあれ程の攻撃を受けたのに身体は痛くない。つか元はと言えばリィゼのせいで倒れてたんだけどな。

「俺はこの程度じゃ死なないっての」

強がったはいいが、攻撃を受けた時は死ぬかと思った。まだ師匠のゲンコツの方がマシだ。

「……時にユリトよ、私は合格か?」

「あっーーも、勿論合格です」

一瞬悩んだが、すぐ答えを出した。これだけの力があれば安心だ、むしろ魔王もワンパンで倒せるんじゃないか。

ましてや仮に断ったとしても、なんて言われるか分からない。

「ただ、一つだけ条件がある。なるべく戦闘は避ける事」

「うん、気を付ける」

「それならいいんだ。リィゼ、これからよろしくな」

「ありがとうユリト、こちらこそよろしくね」

そう言ってリィゼは俺にキスをした。

「ちょっちょ待っえ……」

 俺は反射的にリィゼを突き飛ばした。ファーストキスが自称スライムの女の子でーーいきなり過ぎて気が動転している。

「あーリィゼ、ごめんね」

「なぜ謝るのだ?人間は挨拶や感謝の意を表す時は、こうすると聞いたのだが違うのか?」

「そういう風習のある国もあるらしいがここら辺じゃしないかな」

この子に変な事を吹き込んだ奴は出てこい、俺が殴ってやる。

「じゃあこの国の人間はいつどんな時にするのだ?」

「そそそ、そりゃあ一般的にはすすす、好きな異性……とか?」

思春期に恥ずかしい事は聞かないでくれ!俺は心の中で叫んだ。

「なるほど!じゃあユリトは私の事が好きなのだな?」

「なんでそうなる?キスしてきたのはリィゼからだろ?」

「無論だ、私はユリトの事が好きだから間違ってはないぞ!」

ん?サラッとカミングアウトしやがった、この短時間で好きになられる要素は何一つなかったぞ。

「わ、分かったからとりあえずこの話は一旦やめよう、今日はもう暗くなるからここら辺で休もう」

「それもそうだな!ユリトよ、おなか空いた」

「ごめんリィゼ、食べ物は持ってないんだ。今日は隣の村まで行く予定だったからな」

「な、なんと……」

「明日は早めに村へ行って飯にしよう」

「やったー、たらふく食わせてもらうからな」

 俺達は丘を下り、森の手前で野宿をする事にした。陽が沈み暗闇の中、焚き火が俺たちを照らしてくれる。

「そういえばリィゼはどこから来たんだ?」

「私にもわからない、気が付けばあの丘に居た」

「わからないってなんだよ……記憶喪失なのか?」

「すまないがそうかもしれない、憶えている事は私がスライムである事とユリトの事だけだ」

「どうして俺を知っている?悪いが俺はリィゼとの面識はないはずだ、そしてリィゼは俺の何を知っているんだ?」

「すまない、私にも詳しい事はわからないんだ!ただ……ぼんやりとユリトの事だけは覚えていて、この丘に居ればユリトに逢える気がして……」

 リィゼは必死に思い出そうと頭を抱えている。泣きそうな彼女を見て、俺は罪悪感に潰されそうだった。

「ごめんリィゼ、少し責め過ぎちゃったよ。わかんないなら探せばいいし、少しづつでいいから思い出していこう」

「そう言ってくれると助かる。ユリトは優しいね」

 リィゼは涙を拭い、俺に微笑んでくれた。

「ま、まぁな。明日は早めに出たいからそろそろ寝るか」

「そうだな、この辺りは魔族の気配が少ない。安心して寝てもいいぞ」

「助かるよ、じゃあおやすみ」

「おやすみ」

 俺は目を瞑りながらリィゼの事を考えていた。スライムと言い張るにはどう見ても人間ーー記憶が抜けてる故に言っている可能性も考えたが、感知能力や魔法は確かに魔族が持ちえる力だ。喋り口調が変わるのもそのせいなのか。

 それに加えて1番の謎は俺の事を知っている事だ。女の子の知り合いなんて居なければ、女の子と関わった記憶もない。今考えてもしょうがないと諦めた俺は眠りに就いた。


 翌朝、不安な曇り空が広がっていた。

「ふぁー、おはようユリト。もう腹ペコで動けないぞ……」

「おはよう、確かに昨日から何も食べてないな。嫌な雲行きだしアレを使うか」

「アレとはなんだ?飯でも出るのか?」

「飯は出ないぞ、とりあえず俺に乗っかれ」

 リィゼをおぶった。背中にスライムが当たりその感触に少し興奮している、おっぱ……スライムって思ったより柔らかいんだな。

「アシストスキル加速!一気に村へ行くからしっかり掴まってろよ」

 俺は全速力で走り出した。リィゼをおぶりながらも結構な速度が出ている。

「ちょ、ちょっと!もの凄く早く走ってるではないか」

リィゼは今までにないスピードを体感してはしゃいでいる。

「だろ?これが俺のスキル加速の能力さ、一定時間俺の動作が速くなるスキルだ。これなら昼前には隣の村に着くぜ」

スキルとは人間がそれぞれ固有に持つ能力で、魔族の出現と共にスキルを持つ人間が現れるようになった。

「ふー、これは楽ちんだな。行けーユリト!」

「じゃあ飛ばすから落っこちるなよ」

 森を抜け、林を掻き分けてひたすら走り続けた。少し休憩したかったが、雨が降り出してきたので我慢して走り続けた。リィゼのスライムの感触も楽しみたいからな。


「ユリトよーまだかー?服がもうびしょびしょだぞ」

「もう着くぞ、ほら!村が見えてきた」

「あーほんとだー」

隣りの村は小さいが、旅人がよく立ち寄るのでいろんな店が並んでいて旅支度をするには絶好の村だ。

「ユリト!まずは飯だ!」

「そう焦るなよ、俺も結構ヘトヘトなんだから……ちょっと待て、村の様子がおかしくないか?」

 村の異変に気付いた。天気が悪いにしても、やけに静か過ぎる。人の気配が全くない。

「リィゼ!飯は少し我慢してくれ!この村に人が居るか感知出来るか?」

「わかった、調べてみる」

 リィゼは不機嫌そうに探っている。俺も店や民家を開けて確認したが、もぬけの殻だ。

「確かに気配がないな……ん?ニト!微かに感じるぞ!」

「どこかわかるか?」

「奥の屋敷の方だ、しかしなんか臭いぞ」

「臭いってなんだ?魔物か?」

「それに近いが……少し違う」

「とりあえず行ってみよう、案内してくれ」

 俺はリィゼに着いて行き屋敷へと入った。屋敷は村に似合わず豪華な造りで、中もそれ相応に広かった。

リィゼは感知しながら恐る恐る進んでいく。二階へ上がり、奥の部屋に辿り着いた。

「恐らくこの部屋だ、本当に入るのか?」

 リィゼがやけに怯えている。確かにこの部屋だけが異様な空気を放っている。

「よし、入るぞ」

 俺は意を決し扉を開けた。しかし、部屋には誰も居ない。この部屋の中はやけに暗く、屋敷とは別の空間に見えた。部屋には女の子の人形が何体か置いてあり、薄い本が散乱している。

「リィゼ、どういう事だ?誰も居ないぞ?」

「いや、居る。あそこのクローゼットを開けてくれるか」

 俺は頷いてクローゼットを開ける。すると中に小太りの男がうずくまっていた。

「ヒィィィ、許して下さい何でもしますからァ!」

 小太りの男が震えながら土下座をしている。

「ちょっと待て、俺たちは人間だ。この村で何があったんだ?」

「なんだ、人間かよ……」

 小太りの男がボソボソと呟きながら顔を上げる。男は背が低く、髪はボサボサの長髪。似合わない片眼鏡に、今にもはち切れそうなタキシードを着ている。そして、どこか見覚えのある顔だ。

「ん?お前もしかしてタクオンか?」

「んんん?そう言う貴公はユリトか?」

「そうだよ。久しぶりだなー3年振りくらいか」

「いやーここで貴公と会うとはこれもまたデスティニー。しかし貴公は何故この村へ?」

「王都へ向かう途中でこの村に立ち寄ったんだ」

「なるほど、それより連れの美人さんはどちらさんかな?」

 タクオンは鼻息を荒げてリィゼを凝視している。

「彼女はリィゼ、俺の仲間だ。言っても昨日知り合ったばっかだけどな」

「ほほーん、リィゼ殿ですな。屋敷警備のプロフェッショナルタッキーとは我の事だ。以後、お見知り置きを」

「ほう、この馴れ馴れしいオークはタッキーと言うのか。殺してしまってもいいか?」

 リィゼはタクオンが気に食わないようで殺気を放っている。それに対してタクオンは怯えている。

「オークって言うのは止めて差し上げろ。こいつの親が行商人で、一時期俺の村にも住んでたんだ。と言っても顔見知り程度だけどな、まさかここで暮らしてたとは」

「待て待て待てぃ!旧知の仲である我の事を顔見知りとは酷いではないか!ははーん、さては貴公照れてるな?」

「すまん、そう言うのいらないから。それよりこの村で何があったんだ?」

「今朝魔王の軍勢が攻めてきて、村人は皆連れてかれてしまったのだ。我はこの魔法の眼鏡で事前に察知出来たからなんとか助かったが……」

「なんて事だ……この村の傭兵は居なかったのか?」

傭兵とは基本的に魔族や盗賊から村を守るのが仕事だ。どの村にも1人か2人は雇われている。

「それが皆は前日に出払ってしまったのだ。恐らく、それに乗じて襲撃したのだろう」

「魔族もそこまでアホじゃないって事か、ところでその眼鏡はどういう代物なんだ?」

「そくぞ聞いてくれた!それでこそ我が魂の友よ!この眼鏡はパパ上が仕入れたもので、魔力が備わっている。この眼鏡から覗けば半径5キロ以内は障害物があろうとも見る事が出来る!ビャハハハッ」

 説明してるタクオンの顔は、この世の物とは思えないくらい汚かった。そんな事より面倒な事になってしまった。巻き込まれる前にこの村を出よう。

「じゃあ俺らはそろそろーー」

「ユリト!村人を助けなければ!」

まぁそうなりますよね……この場から逃げる事を諦めた。

「ところでタクオンは奴等が何処に向かったかわかるか?」

「愚問だな、今現在奴等は森にある洞窟で雨宿りをしている。今日は天気が悪いからそこに泊まるであろう」

「なるほどな……とりあえず腹ごしらえだ。料理は俺がするから台所を借りてもいいか?」

「構わんぞ、我の分も用意したまえ!」

「ああ、考えとく。続きは飯を食ってからにしよう」


 台所にはありとあらゆる食材が置いてあり、流石金持ちは違うなぁと感動している。村では自炊してたので腕に自信があるが、空腹の余り手軽な料理で済ませることにした。

 俺は憂鬱だった。勇者になる為に村を出たが、他人を救うなんて興味の無い事だ。だが、放っておくのも後味が悪い。


「ほら出来たぞーうわっ」

 食堂に料理を運んでいると、既に2人が待機していた。空腹なのは俺も同じだが、食器の用意がしっかりし過ぎて引いてしまった。

「ユリトーもう限界だぞ……」

「我、おなペコぞ」

 2人は空腹のあまり机に横たわっている。2人は食べ物を見た瞬間、野獣のような目付きで狙っている。

「サクッと作ったから味の保証は出来ないが、たらふく食べてくれ」

「おおー旨そうではないか!いただきまーす」

 リィゼは脇目も振らず飯を食らう。にしては上品に食べてる、本当にスライムなのかリィゼさん……一方タクオンは体型の割りにちまちま食べている、典型的な少食デブだ。と観察していたが、俺も限界だったので食べる事にした。


 もう夕方くらいだろうか、天気が悪いのでさっぱり分からなかった。皆食事を終えくつろいでいた。

「さて、食った事だしさっきの続きといこう。魔族の数を知りたいんだが覚えてるか?」

「確かボスのトロール1体とゴブリンが50体程だったかな」

「数が多いな……真っ向勝負じゃ部が悪い」

 単に戦うだけなら勝てるだろう。しかし村人たちが捕らわれてる以上、下手に動く訳にはいかない、どうしたものか……と考えていたらある方法を思い付いた。

「俺にいい考えがある!けど時間が惜しいから今すぐにでも準備したい。後で説明するから手伝ってくれるか?」

「ユリトの為なら何でもやるぞー」

「仕方ないな……友の為にひと肌脱ごうじゃないか」

「ありがとう、まずこの屋敷には荷車はあるか?」

「愚問だな、我の家系は商人ぞ?」

「ならよし、次は手分けして村中から強い酒を掻き集め荷車にありったけ載せる、いいね?」

 俺とリィゼは民家やお店から酒を運び、タクオンは屋敷の端から荷車を押してきた。

「これで大丈夫そうだ、急いで向かうぞ」

 タクオンに道案内してもらい森を駆け抜けた。ただでさえ歩きづらいのに雨のせいで余計にぬかるんでいる。しかし木々のおかげであまり濡れずに済んだ。

「この洞窟だ。それで貴公の作戦とはなんなんだ?」

「まぁ急かすなよ、まだ条件は揃ってない。ところでリィゼ、あの洞窟の入り口を魔法で塞ぐ事は出来るか?」

「少し時間は掛かるが出来そうだ」

「なら条件は揃った、作戦を説明するぞ。まずタクオンが荷車を魔物たちに運び、魔物に宴会をさせる。タクオンはオークの行商人という設定で、上手いこと酒を飲ませろ」

「ちょっちょっちょっ初めからおかしいぞ貴公!」

「大丈夫だ、自称スライムの女の子ですらお前の事をオークと間違えるんだ。ほら、リィゼもお願いするんだ」

「タッキーなら出来るぞ」

 リィゼは微笑んでいたが目は威圧していた。

「わ、わかったよ。そこまで言うなら我の実力を見せてやろう」

 タクオンが馬鹿で良かったと心底歓喜した。

「それで奴らが酔って眠り次第、タクオンは一旦外に出ろ。それから俺とリィゼで村人たちを救出して洞窟の入り口を塞ぐ。奴らは閉じ込められたまま酸欠で死ぬ事になるだろう。安全に村人を助け、戦わずして魔族を倒せる。どうだ、この完璧な作戦は!」

「待てぃ!ユリトよ、あまりにも卑怯な手段ではないか?」

「確かにタッキーの言う通りだ。私の時といい、ろくに戦いをしないではないか?それでも勇者になる男か?」

「言いたい事は分かるが冷静に考えてみろ。確かに俺とリィゼなら難なく倒せるだろう。だが村人が捕らわれてる故に、下手に突っ込むと村人が危ない。村人を助ける事が最優先だ」

「確かに貴公言う通りだ、では策に乗ろうではないか」

「村人の為なら仕方ないな」

「分かってくれてありがとう。早速作戦を開始する」

 タクオンは荷車を押し、洞窟へ入っていく。俺とリィゼは洞窟付近の木陰に潜んでいた。

「よくもあんな作戦を思い付いたものだ」

「言っても元々は神様がやったんだ」

「なんと!神様がそんな事をしたか?」

「昔師匠から聞いた事があるんだ。東洋の神様が大蛇を退治する時に酒を飲ませ、酔っ払って寝てる間に仕留めたらしい。それのアレンジだよ。きっと魔族たちは村人たちを捕まえて浮かれてる筈だ、そんな時に酒を飲まない訳がないだろ」

「言われてみると……その神様も凄いことをしたものだ」

「まぁ所詮おとぎ話みたいなもんだから本当か知らないけどな」

 と待機してる間リィゼとの会話が弾んだ。しかし、そろそろ戻って来てもいい頃合いだがタクオンは一向に姿を見せなかった。

「あいつ遅いな、心配だしそろそろ突入する」

 リィゼは不安そうだが、軽く頷いた。

洞窟の中は広く、雨のせいか余計に湿っぽい。奥へ進むと徐々に明かるくなってきた。バレないように近くへ進むと、そこは広間になっていて手足を縄で縛られた村人たちとぐっすり寝ているゴブリンたちが見えた。しかし、タクオンとトロールの姿は見えない。

「まずは村人たちの避難だ」

 俺とリィゼで村人たちの縄を解いた。村人たちは助けに歓喜したが、ゴブリンたちが寝ているので声を殺した。

「リィゼは村人たちを外へ誘導、後は手筈通りにな。俺はタクオンを探してくる」

「わかった、気を付けてね」

「ああ、後は任せた」

 俺は広間の奥へ進んだ。するとまた明かりが見え、そこからタクオンの悲鳴が聞こえた。

「ヒィィィィィッ!やめちくりー」

「オデの可愛いオークちゃん」

 嫌な予感しかしない。恐る恐る覗くと、それは正しく地獄絵図だった。

奥の広間は行き止まりで、そこでは服を剥ぎ取られたタクオンがトロールに捕まりべろべろ舐められていた。トロールは巨体でタクオンを片手で軽々と持ち上げていた。帰ろう、彼は村人の命と引き換えに犠牲になったのだ。と思ったが、そうもいかない。仕方なく俺はトロールに挑む事にした。

「そいつを離せ!」

「助けてユリトォ!怖いでしゅう」

 タクオンの声は震えていた。これが女の子ならどんなにいいシチュエーションだった事か。つか喋り口調おかしくなってんぞ。

「だれだおまえは?オデがオークちゃんとイチャイチャしてるのを邪魔するのか?」

「通りすがりの勇者(仮)だ。本来ならそのままにしてやりたいがそうもいかない。そのオークを離せ、でないとお前の手を斬り刻むぞ」

「面白い、やってみろ」

 トロールはタクオンを握ったままだ、やるしかないのか。腰から剣を抜き構えた。

「ならば俺の剣捌きを見せてやろう。見えればの話だけどな」

 加速スキルを使いトロールに飛び込んだ。タクオンを握っている手を切り刻み、タクオンを救出。そのまま背後の壁を蹴り勢いを付け、トロールの両足を切断してやった。

 俺以外の奴からすれば一瞬の出来事だ。

「この技は……神速剣技ソニックスラッシュでちゅ!!」

 タクオンは興奮して解説する。いや、そんな技名などない。つかお前ベトベトするしめちゃくちゃ臭いぞ……

「イデェよぉ、よくもやっだなぁ」

「ここがお前らの墓になる。死ぬ前にオークとイチャつけてよかったな」

 剣を納め、トロールを後に洞窟の外へと向かった。

「助かったぞユリト、死ぬかと思いましたよー」

「間に合ってよかったな、もっともあの流れじゃ死にはしないだろうが。ところで洞窟の中で何があった?」

「あの後ゴブリンたちに宴会をさせる事は出来たのだが、トロールはオークが大好きみたいで我は奥の方でずっとあの調子だったのだ。我の純潔が……」

「安心しろ、お前は元から汚れてる」

「ひぇぇ」

「そもそもユリト、貴公強過ぎではないか!」

「まぁな。そりゃ5年も剣術の指導されてたんだ、あれくらい出来ないとな」

「それ程の腕前なら策など要らなかったのではないか」

「念には念をって奴だ、もっともイレギュラーはあったけどな」

 途中の広間に戻ったが、ゴブリンたちはまだ寝ている。作戦を成功させる為にも全力で走った。洞窟の外に出ると、リィゼが待っている。雨はまだ降り続いてる。

「遅くなってすまない、急いでやってくれ」

「任せて、これだけ魔力を集中させる時間があれば問題ない。はぁぁぁ……爆ぜろ!」

 リィゼの掛け声と共に、入り口の上部が爆発した。轟音と爆煙と共に地響きも聞こえる。見る見るうちに洞窟は岩や土で埋もれていく。

「やったぜ。さぁ帰ろうぜ」

「我は寒くて死んでしまいそうだぞ」

 パンツ1枚で雨曝しのタクオンは余計に震えていた。

「そうだったな、早いとこ戻って休もう。あれ?リィゼは?」

 辺りを見回すとリィゼは塞がれた洞窟の近くで座り込んでいる。

「すまない、今ので魔力を使い果たしたみたいだ……」

「大丈夫か?俺がおぶってやるよ」

 リィゼの元へ駆け寄ろうとしたその時、洞窟の方から異音と共に岩や土を掻き分けて再びトロールが現れた。トロールは斬った部位が再生していた。

「こいつ、身体が再生してーーまずいっ!」

 洞窟から這い出たトロールはリィゼを見つけ、捕らえてしまった。

「さっきはよくもやってくれたなぁ、お前たちのせいで村人が逃げちまった。役立たずのゴブリン共を食ったお陰で、オデの身体は元通り。腹いせにこの女から握りつぶしてやる」

「うぐ……力が入らない。助けて、ユリト……」

 どうする?スキルはまだ使用出来ない。このままでは何も出来ずにリィゼが殺されてしてしまう、何か時間稼ぎが出来れば……いや、一つだけ方法がある。賭けになるが、今はそれしかない。俺は咄嗟に剣を抜き、タクオンの首に突き付けた。

「ヒィ!貴公血迷ったか?」

 タクオンは己の首筋に刃を向けられパニックを起こしている。俺はトロールに見えないようアイコンタクトを送る。それを見たタクオンが何かを察したように頷く。理解したかは知らんが。

「血迷ったさ。おい、トロール!この女を握り潰してみろ、したらこのオークを斬り殺す。いいのか?大好きなオークが目の前で八つ裂きにされる所を見たいか?」

「待で、待っでぐれー」

 俺の一言でトロールは動揺している。この勝負、勝った。

「トロールさんよ、その女とこのオークを交換しないか?女を握り潰すよりも、オークとイチャついてる方がよっぽど快感だと思わないか?」

「うぅ、確かにそうだ……しかし、失敗したオデは魔王に殺されてしまうだけだ。交換したって意味がない」

「それはどうかな?このオークは行商人の一族だ。金持ちなのはバカなお前でも分かるはず、こいつの金で魔王の手の届かない場所で暮らせば問題なかろう」

「それはいい。魔王の元で働かずに済む」

「交換成立だ。その女を離せ」

「わかった」

 トロールはリィゼを離し地面に置いた。それを見た俺はタクオンをトロールの方へ向かわせる。充分に時間は稼げた、これで奴を仕留められる。即座にスキルを使い、トロールに斬りかかる。二度と再生出来ないよう先に首を斬り落とす。両手、両足と切り刻んでいく。気が付けばトロールの血で辺りが真紅に染まっていた。これで終わりだ。

「あ、あれはまさしく疾風連撃斬!」

 だからそんなかっこいい技名なんてねぇよ。

「さ、村に戻るぞ」

 俺は横たわるリィゼをおぶった。戦いの後にリィゼの胸の感触は最高だぜ。

「ありがとう、ユリト」

「俺はお前らの言う勇者をやっただけだ。俺こそ2人には危険な目に合わせて悪かったな」

「策とは言え我に刃を向けた代償は大きいぞ、貴公」

「そんな事より早く着替えないと風邪引いちまうぞ」

「それもそうだ、早く屋敷へ戻ろう」

 外は陽が昇り朝になりかけていた。今はただ休みたくて仕方なかった。


 俺たちは屋敷に戻り夕方まで寝ていた。

外を見渡すと村は活気付き、元に戻ったようだ。それを見ていると自分の行いを少しだけ誇れる気がした。しかし、もう戦闘は懲り懲りだ。『戦ったら負け』これからはこのスタンスで行こう。そんなくだらない事を考えつつ、再び睡魔に襲われた俺はもう一眠り就いた。

 翌朝、旅の準備を終え村を出発する時にタクオンがやってきた。

「貴公らはもう行ってしまうのか?」

「ああ、早く王都に行きたいからな」

「これを持って行け」

 タクオンは紫色のビー玉のような物を渡してきた。

「なんだこれ?売ったら金になるか?」

「待てぇい!これはパパ上が異国の地で仕入れたお守りらしい。身に付けているといいことがあるとか」

「それじゃ売れないな。よくわかんねぇけど有り難く持ってくよ。ところでお前の親父さんや使用人はどうしたんだ?」

「両親と使用人は仕事で屋敷を出ている、要するに今は我1人。屋敷の警備で忙しいのだよ」

羨ましいぜこの野郎、俺もタクオンみたいな生活を送る為にも頑張らなくては。

「じゃあなタクオン」

「バイバイタッキー」

「さらば、我が魂の友よ」

こうして俺らは王都へ向かう為に村を後にした。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

執筆速度が遅いので次回まで時間が掛かるかもしれませんが、最後までお付き合いして貰えるよう頑張ります。

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