5話 三人目
まだ龍牙と鬼次はなんだかんだ言いあっている。こんなに綺麗に桜が舞っているというのに賑やかだ。置き忘れていた時間がやっと正常に回りはじめたような感覚に騙されそうだ。
「おや、僕が最後ですね」
高めの声が辺りの雑音を散らす。さすがだ。顔を見なくても分かる。三大家の跡継ぎの中でも最も幼いというのに一番の策略家。ボクの有力な仲間であり最大の敵。つかみどころがなくて、何を企んでいるのか、理解不能なボクが最も苦手とするタイプ。
振り向く。もちろん満面の笑顔で。
そこには、青目 巳高がいた。巳高も笑顔だ。化かし合い。ふわふわと人懐っこい笑みを周りにふりまいている。ボクに言わせればそんなん、犬に食わせておけばいい。キミの本心が聞きたいんだよ、ボクは。
「姫様、大きくなられましたね」
キミはボクの親ですか? 親戚かなんかですか?
めっちゃ突っ込みたい。そんな衝動を全力で抑え込む。
後ろで笑っている、龍牙と鬼次は後で叩きのめそう。密かに心に決めた。だって、そこは突っ込むべきところだ。ここで先に笑ったらお笑いとしてダメだろ。
「そう言うキミもね、青目 巳高」
内心、渦巻く思いは色々あったが、何とかやり過ごす。巳高は悔しそうな顔を一瞬見せてくれた。フフフ、まだまだだね、巳高君。ボクを追い抜くぐらいのポーカーフェイスを見せてくれないと。まあ、これが計算だということも、考えられる。巳高はなにがなんでも、要注意人物なことに変わりはない。
歩き始めても、巳高とはさらりと距離を置いてみた。さあ、どういう反応を見せてくれるのかな? 中々面白いものでも見せてくれるかな。なんて、呑気なことを考えながら、通りを歩いて行く。
一番暖かくなる時間だから、皆寝ているようだ。春眠暁を覚えずと言われるから、それもしょうがないのだけれど、村のメインストリートを行くのが、ボクらだけなんて寂しすぎだな。昔もこうだったけ? 記憶を掘り起こそうとしてみる。
「ひーめーさーま? どうしたのですか、そのような顔をなされて…」
うおっ!? い、いつの間にこんなに近くに来ていたんだ。気づかなかった。注意が散漫している。しゃんとしなければ。
「近い…」
だが、この日差しと疲れにあてられて、本音がポロリと口からこぼれた。いつもなら優しくさりげなく伝えるところを思い切りダイレクトに言ってしまった。ごめんね、巳高君よ…。さすがに酷かったかな? 相手は一つ下なんだから。
だけどその気遣いは不要だったらしい。
巳高は顔をさらに輝かせ、ボクに近づいてくる。キラキラという効果音がぴったりな表情だ。あー、なんか見てるとすごくイラつくわ。なんでだろう? 本当に歪んでるな、ボクって。
「姫様! うれしいです! 反応してくれて! 僕を覚えていてくれて」
いや、正直ここに来るまで、あんたらのこと忘れてましたよ。神話だけは覚えていたけどね。
だって、ボクは妖狐の先祖返りなのだから。妖力が最初の妖狐ぐらいある。だから、ボクはこの村に帰って来ることになったのかな。
にしても、隣でわめいている邪魔な子をどうしようか。
「お前、空に近づきすぎ。ふざけんな」
龍牙がとめに入ってくれた。
ここは、本当に桜がきれいだ。まるで全てに霞をかけているみたいだ。
花びらが一枚、ボクの手の平にのった。
ボクはそれを吹き飛ばした。
その先に目的地が見えてきた。六華村唯一の神社であり、ボクのお祖父さんお祖母さんの家。そして、この村の政治の中心だ。神話の保管庫でもある。
ここでの生活が始まろうとしている。
とてもとても、大嫌いなこの村で、神はボクになにをさせようとしているのかな。