45話 涙の理由
ボクは無実だと証明できたし、これで終わりにできると思っていた。やっと、楽になれると思っていた。
でも、現実はそこまで甘くない。ボクを安らかに逝かせてはくれない。期待したことと真反対のことがボクの周りでは起きる。ボクはどうやら幸運の神様に嫌われているみたいだ。
ボクは後ろを振り向いた。ボクが予想していた通り、ボクの両親が立っていた。当然、大好きな人達の声をボクが聞き間違えるはずなどなく。なんで、こうも決意を揺らすんだろう? ボクはやるって決めたのに。やらなきゃダメだって思えているのに。
「空、止めなさい! あなた、自分が何しているか分かっているの!? 」
痛いほど分かっているよ、お母さん。ボクはこの神話に捕えられた村を解放するんだ。妖狐の呪縛から解き放つんだ。
だから、止めないでよ、お母さん。
ボクはお母さんの声や優しさに触れると弱くなってしまうから。暖かさに甘えてしまう。いつまでもひな鳥のままになってしまう。ボクの決意が音を立てて揺れ始める。
止めたい。止めるわけにはいかない。死が怖くないと言えばウソになる。やらなきゃいけないことが目の前にあるのに。
でも、ボクにしか出来ない。何も出来ないボクがやれることだ。
咳が飛び出してきた。血が喉までせりあがってくる。
ここで吐いたらダメだ。
嫌でも思い出す。どうしてボクが作戦を決行しようと思ったか。ボクがどんな思いで過ごしてきたのかを。
ボクの命はどちらにしろ長く持たない。だからボクが死んでもおかしくない状況を作り上げたかった。その為に必死こいて作戦を練った。作戦を考えながら自分の弱い心と戦わなければならなかった。弱い心は理不尽さや、ボクの恐怖を呼び起させた。何でボクが死ななきゃいけないのかという疑問は常にボクの頭の隅にあった。
それでも皆がボクを殺したなんて思われたくない。その一心で、作戦実行を決意したんだった。忘れてた。
だから、ね。
「ごめんね……。先に逝ってるから」
足りないよね、ごめんだけじゃ。もっともっと謝っても全然足りない。お父さんもお母さんもこんなことのためにボクを産んで育ててきてくれたわけじゃない。ボクの孫の顔が見たかったよね? ボクが働く姿とか、結婚する日とかを楽しみにしていたこと、ボクはちゃんと知ってる。それなのに、それなのに!
ボクは本当に酷い奴だ。
もう、振り向かない。叫ばれても。名を呼ばれても。
体中、あっちも、こっちも痛い。ボクの体はとっくに壊れてしまっている。大人しく死を待つなんて出来ない。だから、先に逝くなんて言ってしまったけど、本当はもっともっと生きていたい。死にたくない。これからの未来をキミ達と歩みたい。それは許されないけど。
湖に飛び込む。冷たい。浮かばないように巫女装束の下には鎖をつけて置いた。沈むように。
体温はとっくに水に吸収されてなくなっていた。
誰かに手を捕まれた。暖かくて嬉しかった。鉄尾だ。でも、鉄尾。ダメだよ。ボクについて来たら。これは自殺の理由にしかなってないんだから。
唇を重ねる。大好きでした。ありがとう。
ボクは鉄尾を着き放した。鉄尾は水面へ。ボクは湖の底へ。
ああ、冬の水ってこんなにも冷たくて悲しいものなんだなあ。知らなかった。
目から、暖かい水が水中に消えていった。




