44話 揺れ動く
除夜の鐘が鳴り始めた。一年の罪を浄化するために鳴らされる108回の鐘が。
「空、もういいだろう? 戻ってきてくれ。こっちに来てくれ。お願いだから」
鉄尾の顔に焦りが浮かぶ。
ボクは戻らないよ。戻れもしない。相変わらず新しい涙が頬を濡らすけど、ボクの決意が揺らぐことは無かった。上を見上げる。綺麗な月が見える。
鐘の音が遠いようで、近いようで。不思議な感覚になる。
ボクは意を決して、神崎家の証の石を湖に投げ入れた。石は吸い込まれるように水面に飲まれて行った。小さな音だけを残して沈んで行く。
「っ空!! まさか! 」
そうだよ、鉄尾。キミが予想していることは正しい。
鉄尾は茫然としている。皆はまだ、ボクがやろうとしていることが分かっていないみたいだ。分からなくていいんだけど。
鉄尾はボクを理解している。すごくうれしい。だけど、苦しい。
鉄尾に何か伝えたいけどいい言葉が思いつかない。だから、もう。
除夜の鐘は罪を清めるために鳴らされる。ボクの存在はきっと、罪なんだろうね。
そうじゃなかったら、こんなにも恨まれることは無かっただろうに。こんなにも、悲しい気持ちにならなくてすんだのに。こんな、皆を苦しめるような終わりにはしなかったのに。
ボクは巻物に書いてある通りにするよ。それがボクに出来ることだし、これ以上はボクが耐えられないから。
神崎家の証の石と、何かの武具。ボクは肌身離さず持っている裏一文字の刀にした。それから、先祖返りの娘を一人。これは、間違いなく、ボク自身でいいはずだ。
方法はとても明快で、簡単。以上三つを龍達が眠っている湖に沈めること。それで、龍達は浄化され、神崎家や神崎家を守護する三大家のお役は終わる。ボクみたいに苦しむ先祖返りはいなくなる。先祖返りの力も消えてなくなる。
ね? あとでボクのように苦しむ人が消える。もしも、誰かが誰かに辛い想いをさせなきゃいけないとしたら、ボクは。ボクは遠い未来の知るはずもない人たちじゃなくて、ボクがやる。知らない誰かに辛い思いさせるよりずっといい。
鉄尾はボクの結界を破ろうとしている。無駄な悪あがきだよ。ボクの結界はキミらが束になっても、破れないだろうから。鉄尾のこんな悲しそうで苦しそうな顔はもう見たくない。でも、そうさせているのはボク。だから、目を逸らさないよ。
ちゃんと、目に焼き付けて置く。これがボクが起こしたことなのだから。
ボクは絶対に助からないように、裏一文字で腕首を切った。赤い鮮血がこぼれる。美しくて怪しい色。たぶん、この世で最も鮮やかな色。
さすがに皆が騒ぎ始めた。鉄尾のマネをし始める。
破れないと知っているはずなのに。
龍牙は、いつも言葉遣いが悪かったなあ。でも、その中に優しさがあって聞いていても、悪い気分じゃなかった。冷たい反応しかしてあげなくて、ごめん。
鬼次は俺様思考になっていてびっくりした。慣れてきたら似合っている気がしてきておかしな気持ちだったよ。文句をいいながらも、三大家の仕事をやろうとしていたのに、ケンカを売るような言い方をしちゃったな。
巳高は嫌な奴。嫌いになっても、おかしいくないはずなのに、小さい頃、見せてくれていた笑みが忘れられないなんて、変な話だよね。
唯花は光鬼のことが好きなんでしょ? ボクに取られるかもって焦ってたんだ。だから、ボクを裏切り者にする作戦に乗ってしまっただろうな。食事を作ってくれたのは、せめてもの反省だったって分かっていたのに素直になれなかった。頑張れ、応援しているよ。
光鬼は勝てないのに、真剣に戦いを挑んできたよね。あれは、楽しかった。
お祖母さんもお祖父さんもボクに期待してくれたんだろうな。
最後の最後にボク自身すら騙せていた化けの皮を剥いでったね、鉄尾。鉄尾には伝えたいことがたくさんあるはずなに、どうしてだろう? 言葉が思いつかないや。でも、一つだけ。
ありがとう、大好き________
「空っ!!!! 」
いよいよだと言うとき、突然ボクの名前が叫ばれた。




