2話 帰郷
駅に着く。電車はようやく動きをとめた。
ここで乗り降りしたのはボクだけだった。電車の運転手がちょっとだけかわいそうだ。毎週一回しか来ないけど、乗り降りする人は一年で両手で数えられるぐらいしかないだろう。なら、バスにしちゃえばいいのに。
電車の中で切符を渡す。
電車の運転手だと思われる人がにっこり笑った。ボクも笑い返す。
駅に立つ。とたんに懐かしい空気がボクを包みこむ。
来てしまったんだ、六華村に。
ボクが電車から離れるのを確認した運転手は電車を出発させた。風が巻き起こる。鈍い音を立てながら電車は来た線路を戻って行った。ボクは電車が見えなくなるまで、駅のホームに立ち尽くした。
しばらくしてから、ボクはようやく動きだした。
古い駅の階段を降りる。古くても誰かが掃除していたのだろう。とても、きれいだ。
駅の階段を降り切るとそこには森が広がっている。何にも変わっていない。
ここで待ち合わせをしている。
綺麗な字で神崎 空様へと書かれている封筒を見る。そこから、一枚の手紙を出す。『13時半 駅前 使いの者をよこす』と整った字で書いている。差出人は見なくても分かる。お祖母さんだ。昔から流れるように丁寧な字を書いている。ボクはこの人の文字をお手本に字を覚えた。
ただ今の時間は13時25分。
まだ、もう少し迎えまでは時間がある。
ボクは側にあった椅子に座った。これもまた、駅ぐらい古いものだった。
生ぬるい風がボクの頬を撫でていく。おかしいぐらい落ち着かなかった。記憶の底がうずうずする感覚に捕らわれる。記憶の底から何かが頭を持ち上げているようだ。ここで何があったのか。ボクはそれを思い出してから来るべきだったのではなかったのか?
時計を再び見上げた。
13時50分。待ち合わせは半だったよな? 遅すぎだろう。もしかしたら、忘れてるのかもしれないな。
しょうがない。自分の勘を信じて村まで行くしかない。
森の小道に足を踏み入れる。途端にジリジリと照らす太陽から解放される。
桜も散り始めているこの季節は初夏の日差しを思わせる。それが、森の中には感じられない。むしろ、ひんやりしていて心地いいとさえ思えてしまう。
小道の脇には小さな看板が掲げられていた。
六華村。
そう書いてあった。
ボクは何となく、気を引き締めた。
森の小道を進んで行く。
どこからともなく、キツネが出てきた。それは、ボクの進む先に列のようになっている。
そして、いきなり甲高い声で鳴き始めた。鼓膜がやられそうだ。何に向かって吠えてるんだ? 最初はまさかと思っていたけれど、間違いない。ボクに向かって鳴いている。まるで、ボクがここに来ることを待っていたかのようにも見えるし、来たことを歓迎されているようにも見えた。どちらにしろ、ボクにとって邪魔だし、やめて欲しい。
もちろん、そんな気持ちは外側に微塵も出さないけど。ボクは人に本心を見せるのが嫌いなんだ。
にしても、どこまで続くか分からないキツネの列には、正直驚いている。どの子も毛並がいい。それにこの春生まれたばかりの子ぎつねだっている。
ふと、キツネ以外の気配に気が付いた。
キツネではない。もっと荒々しいもの。
気を付けろ。五感を尖らせる。
何気なく、後ろを向いた瞬間。
背後から抱きしめられた。優しく、そっと。
悪寒が背筋を駆け降りた。