21話 誘拐
ボクがもし、ここで裏切り者ではないと叫んだとして目の前にいる鉄尾に届くのか? そんな都合のいいことはない。六華村では皆、信じてくれないじゃないか。ボクの人付き合いが悪かったせいだけど。
でも、誰もが真実に目をつぶるんだ。自分の安全と幸福を確保するために。
生暖かい風がボクの頬をなぞっていく。乱れた黒髪が風になびく。涙はどういう仕組みなのかわからないけど止まらない。何で、泣くんだろう? ボクが弱すぎるから? なんて情けないんだろう。
逃げよう。これ以上人の前で泣くなんて恥ずかしい。ボクは常に笑顔を保つべきなのに。
帰ろうと振り向いた瞬間、鉄尾に腕をつかまれた。鳥肌が立つ。ボクは人に触れられるのが大嫌いなんだよ。触れないでくれ。頼むから。触れられると寒気がするんだよ。
「離してください」
満面の笑顔を作る。殺気を放ちながら。ボクに触れないで欲しい。悪寒が体を駆け巡るから。
鉄尾は無表情でもう片方の腕を振り上げている。しまった!!
手刀を落とされボクの意識は途切れた。
目を開けると知らない天井が見えた。白い天井。古そうだ。
頭が痛む。おまけに夏にしては寒い。気圧も低いようだから山頂の近くに作られた家なんだろう。酸素は若干薄い程度だからまだ自由に動ける。
さて、ボクを捕まえたのはまず間違いなく鉄尾だろう。あの人の性格をボクは何も知らない。ボクわどうしようとしてるのかすら、予想がつかない。やっかいなやつだ。でも、ボクだってぬけぬけとやられたりしない。ボクにはボクなりのやり方があるからね。なめるなよ。
にしても、普通は誘拐してきたやつの隣に武器を置いてくのか? 裏一文字はすぐそばに置いてある。しかも、ちゃんと本物を。それとも、鉄尾もボクと同じように一般とはずれた考え方をするのかもな。怪しいやつなのに変わりはないか。
とにかく、ここを出るのが一番やらなきゃならないことだろうな。全く、小さいからと侮ることなかれ、ってな。しっかり反省するといい。ボクはここから脱出して見せる。
隠れる場所は一つしかない。段ボールが積んである後ろ。多分、そんなことは犯人も知っているはずだ。間合いに入ったとたん斬る。スピード勝負だ。
段ボールの影に隠れる。呼吸を整える。それから息を殺し、気配をたった。裏一文字に手をかけて置く。いつでも抜けるように。
気配を絶った途端、部屋に飛び込んで来た人影がある。さあ、おいで。切り刻んでやる。
ボクは負けるつもりなんてないからね?




