第9話 強引な再会
「こっちは知ってんのよ! イベントスタッフの名簿を見たら、石本洋介! あなたの名前が見つかった。……どうしてあなたなの? あの日、あの場所にいたのは歩くんのはずでしょ!」
室井さんは何やらすごい剣幕で、洋介に迫っている。
会話の内容からすると、どうも俺のことを言ってるみたいだけど……。
「えっ、何? おばさん、歩の知り合いなの?」
「おばっ――!? このガキィ~……」
あ~あぁ、洋介。そんな火に油を注ぐようなこと言って……。
室井さん、さらにカリカリしちゃってるぞ。
「……くっ! まぁ今は、そんなことに構ってる場合じゃないわ。とにかくあなた、歩くんを知ってるのね。彼は今どこなの?」
「あぁ、あいつならさっきまで教室に――」
……そこまで確認すると、俺はそっとその場から背を向けた。
室井さんが俺を探している。その事実から導き出される答え。
それにはどうも、俺にとって不利益な未来が示されてる気がした故に。
人だかりを離れ、俺は他の生徒達に紛れるように下校の途を歩いていた。
校門の前で並んで歩くようにいた生徒達も、自宅への距離が近付くにつれてだんだんと姿を消していく。
やがて辺りは、少し寂れた雰囲気の住宅街。俺の住むアパートの近くだ。
ここまで来ると、もうさっきまで学校にいた人間は俺ぐらい…………だと思うんだが。
『コツコツ……コツコツコツ』
さきほどからずっと、背後に足音を感じる。
まるでハイヒールの踵を叩くような、特徴的なその足音……。
試しに歩くのを止めてみると、背後の足音もそれに合わせるようにピタッと鳴り止んだ。
――尾けられてる?
仮にそうだとして、その人物は……おそらく…………。
俺に脳裏に浮かんだその人物。
このまま後ろを振り返れば、その正否を確かめられる。
「…………」
だが、俺は振り返らない。
ここで振り返れば、あの人に見つかった――その事実を受け止めねばならないから。
そうして、また何かに巻き込まれてしまうんだ。
俺は徐々に歩くスピードを速めていき……前方が路地に差し掛かったところで、走り出した!
路地を抜けた先には、また別の路地がある。
そうして何重にも張り巡らされた路地の中を、俺は迷うことなく突っ走った。
これは、初めてここに来た者には出来ない芸当だろう。
だが俺にとって、この辺はもう慣れ親しんだ近所だ。
今さら迷うはずがない。地の利はこっちにある!
そうして思いがけない逃走劇を繰り広げると、やがて辺りに全く気配を感じなくなった。
「撒いたか……」
辿りついた場所は、狭い路地の一角。
距離もだいぶ離れたし、まずここは見つからないだろう。
俺は一息つこうと、背後にある塀に背中をもたれて、視線を上に――
「探したわよぉ~。子猫ちゃん……」
いた……。会いたくない、そう心から思った人物。
仁王立ちした室井冴子が塀の上に立っていた。
「…………」
「よっと!」
完全に想定外だった。
なぜ……なぜこの人は、俺の跡をついてこられたんだ?
たじろぐ俺にお構いなしとばかりに、室井さんは塀からジャンプして降りる。
「お久しぶり。元気してた~?」
「あ……はい、まぁ」
にこやかな笑顔を浮かべ、こちらににじり寄る室井さん。
……油断しちゃいけない。この人にはきっと何か目的があるに違いないんだ。
「ちょっとね~、歩くんにお話したいことがあるのよ。付き合ってもらえるかな?」
「…………すみません。今日はちょっと」
ほら、やっぱりだ。
大方、どうせまた女装しろとかいうロクでもないはなs――
「いいから来なさいって! 話はあとでするから」
いきなりだった。
室井さんはいきなり俺の襟首をむんずと捕まえると、そのまま引きずるようにしてどこかへと走っていく。
……あまりの無茶苦茶さに、俺は言葉すらも失ってしまった。
「ターゲット確保! カオルちゃん、車出して」
「オッケー!」
そうして行き着いた先は、一台のワゴン車。前もってエンジンを吹かし、待機していたようだ。
……準備万端だな。
後部座席にササッと俺を押し込めると、車は何処かへと走り去っていった。
「あの、一応聞くけど……これって犯罪ですよね?」
座席の上で体勢を立て直すと、まず隣りに座る室井さんに確認したいことがある。
世の中には、やっていい事と悪い事があるということを。
「えっ? 違うわよ」
いいや、違わない。
否応なく人様の身柄を押さえ、勝手に連れ去る行為。人それを拉致という――
日本の法律は、この行為を許していない。
「あのね、室井さん。何考えてんだか知らないけど、これはどう見たって――」
「年上のお姉さんとドライブ! キミも男の子なら喜びなさい」
ダメだ、話にならない。
なんで俺は、こんな人と関わり合いになってしまったんだ……。
「それよりね、あなたに見せたいものがあるの。……これよ!」
人の話をまるで聞かない室井さんは、そう言うと1台のノートパソコンを取り出した。
そしてそのディスプレイには、あるウェブサイトが表示されていた。
「はぁ……なんすか、これ?」
これよ! と言われても、普段ネットの類をやらない俺には画面の意味がよく分からなかった。
見たところ、画面の左側に小さな写真や画像。その横にメッセージらしき短い文章。
その2つの組み合わせが、画面一杯に幾つも連ねられている。
「えっ!? あんた、高校生でしょ! なんでウイッター知らないの?」
ウイッター。
あぁ、なんかどっかで聞いたような……たしか恵がやってるとか言ってたっけ。
「俺、こういうの疎くて」
「そう。まぁウイッターはね、いろんな人が今どうしてるとか、こんなのが気になるとか、まぁその……日常を伝える手段なのよ」
ふ~ん。そうなのか……なんか面倒臭そうだな。
「それでね。今、画面に映ってるのはその検索サイト。キーワードを入力すると、そのワードを含むつぶやきが見られるのよ」
あぁ、そっか。
だからそのつぶやき……っていうのが、こうして画面に幾つも連なってるんだな。
「ここに入力したキーワードは『サンシャイン』。 さ、それを踏まえてもう一度見てみて」
なるほど、とりあえず分かった。
なんか俺が無知なせいで、随分と回り道させちゃったみたいだな。
「どれどれ……」
仕組みを理解した俺は、再び画面を覗き込んでみた。
すると、そこには――
『この前のサンシャインのライブに出てた青髪のかわいい娘、詳細キボン! From:kamikaze』
『なんかハレーションっていうユニットのメンバーらしい。あのセンターの娘は、むしろサンシャインより輝いてたな。 間近で見た俺には分かる。 From:hakaishi』
『可愛いし、あとカッコ良かった~! 所属はたぶんアクセルターボだろ。なんで事務所のサイトにプロフィールが載ってないんだよ? From:denwa』
……なにぶん不慣れなので、内容を完全に理解出来たわけじゃない。
でも今、俺が感じてるこのおぞましい感覚。
これが本物であることだけは、おそらく確かだろう。
「サンシャインで検索すると、大体いつもメンバーの2人 麗と玲奈の話しか出ないのに。……初めてなのよ! メンバー以外のことが、こんなに話題になるなんて!」
室井さんは興奮を抑えきれない様子だ。
今の俺の冷めた気持ちとは、まるで真逆のテンション。
「あのライブの時、落ちてきたスポットライトからいつきを庇ってくれたでしょ。あれが相当、観客のハートを掴んじゃったみたいなのよ~……やるじゃないの、歩くん!」
「まぁ。はい……咄嗟だったんで」
すると室井さんは、いきなり俺の手を両手でギュッと握り締めてくる。
そして――
「お願い、歩くん。ハレーションの新メンバーとして……正式に加入して!」
俺の目をまっすぐに見つめて、何か意味の分からないことを言い出してきた。