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第8話 お土産は忘れずに

 しばらくしてステージの安全確認が終わり、俺とハレーションの2人はステージ裏へと下がった。

 そして今、ステージの上はサンシャインの2人によるライブの真っ最中である。


「ふぅ~。おつかれさま~! ホント、一時はどうなるかと思ったよ~」


 その盛り上がり様は、ここからでもよく分かる。

 照明が落とされ、暗転した観客席。その中でファン一人一人の存在を主張するような幾千ものサイリウムの光。

 その光の流れは、ステージ上のサンシャインが歌う曲と同調するように。

 会場にいる何千人もの人達の気持ちが一つになるような……圧倒的ともいえる一体感をそこに感じた。


「うん……心配かけた……ごめんね、美咲」

「ううん。あたしよりも助けてくれたそっちの……え~っと……」


 ふと気付くと、ハレーションの2人が俺の方を見ている。


「助っ人ちゃん……じゃ、なんか寂しいよね。よかったらお名前、聞かせてよ」


 あぁ……そういや、まだ名乗ってなかったな。

 っていうか、俺もこの娘達の名前を知らないし。


「あぁ、えっと。俺は本じょ――」

「あ~あ~! おつかれぇ~! いや~、おかげで助かったわ~!」


 ――突然、何者かが俺の身体を抱え、(さら)っていった。

 有無を言わさず、俺はその場を後にしてしまう。


「もう、ツメが甘いわよ! あなたが男だって知れたら、何かと面倒でしょ」


 ……室井さんだった。


「あっ……すいません」


 そうか。ステージを降りたせいで、つい気が抜けてたな。

 自分が女装してるってこと、すっかり忘れてた。


 最後の最後で男だとバレちゃ、台無しだ。

 ……俺はとんだ変態野郎として、あの娘達の記憶に残ることになる。




 そうして室井さんに連れられた俺はステージ裏を離れ、裏口近くの廊下まで来ていた。


「いや~、ありがとね。歩くん! おかげで助かったわ」


 室井さんはとても上機嫌な様子だ。

 とりあえず、やるべき事は出来たみたいだな。


「いつきのことも守ってくれて……本当にありがとう。はい、タオル。これでメイク落として。本当ならメイク室でちゃんと落としてあげたいんだけど……」


 手渡されたタオルで俺は顔をゴシゴシと拭った。

 タオルの表面が見る見るうちに黒や紫、ピンク色に(にじ)んでくる。


「いいですよ。あの娘達と鉢合わせになると、俺も困るし……はい、どうも」

「ごめんね~。それとこれ、あなたの服ね」


 化粧を落としたタオルを渡すと、お返しに俺が元々着てた服を返される。


「ここで着替えちゃっていいわよ。私なら別に、そんなの気にする年でもないから」

「あ……やっぱ、そうなんですね」

「…………やっぱ?」


 室井さんは、さっきから変わらず笑顔を浮かべている。

 ……でも、何だろう。今だけはその笑顔が信用できない。


「いやいや、何でも! じゃあ、ちょっと失礼します」


 かすかに感じる虫の知らせ。

 それを回避するかのように、俺は服を着替え始めた。



「じゃあ、これで後片付けもオッケーね。今日はホントに――」

「あの…………お金」


 アイドル衣装を回収し、この場を納めようとする室井さんに俺は手を差し出した。


「……ちゃんと用意してるわよ。卑しい子ね~」


 横目で睨みつつ、室井さんはスーツポケットから一通の封筒を取り出す。

 だってさ。忘れてやしないかって、つい気になったから……。


「はい、これ。約束のギャラよ」


 手渡された封筒を、俺は受け取った……受け取ったが、しかし――


「なっ!? ちょっとあんた……」

「1、2、3、4、5……たしかに」


 俺はおもむろに封を開け、中身をあらためた。

 約束通り、封筒の中にはきっかり5万円が入っている。


 そこで初めて感じる安心感。そして、達成感。


「まったく……まだ若いのに。どういう育ち方してんのよ」

「……すいません」


 失礼は承知の上だ。

 でも俺はおそらく、もうこの人と会うことはない。

 そう思うと、どうしても今の内に確かめておかなきゃって……そう思ったんだ。


「まぁ、いいわ。人生がんばりな、少年!」

「はい。室井さん……と、あとハレーションのみんなも元気で」


 室井さんは呆れつつも、笑顔で送り出してくれた。そうして俺は廊下を後にし、裏口へと向かう。


 ふと時計を見ると、時刻は17時40分。

 俺がここに入ってから、まだ1時間しか経ってないようだ。


 ――でも、とてもそんな実感は沸かない。

 これが1時間か。

 まるで数週間を凝縮したような内容の濃さだったな。


 裏口のドアを開けると、辺りはもう暗くなっていた。

 ここに入る前はまだ結構、日が出ていたのに。

 その景色の変化に、俺はまるで束の間の夢から醒めるような気分を味わった。




「お~。サンキューな、歩」


 裏口を出ると、意外とすんなり元の見張りのバイトには戻れた。

 てっきりここで手こずると思ったが、杞憂だったようだ。


 しばらく退屈な時を過ごしていると、予定通りに洋介が戻ってくる。


「お前、そのカッコ……」

「いや~、サンシャイン最高! マジ俺の女神!!」


 洋介は感無量といった様子だ。

 汗だくで、身につけたハッピはびしょびしょ。手には数本のペンライト。

 そしてスタッフ用の青ジャンパーを小脇に抱え……って、おいおい! それは着てこいよ!


「あ~もう、こんなんじゃすぐバレちゃうだろ。とりあえずジャンパー着ろって」

「あぁ……スマン」


 ふらふらとした手つきで、ジャンパーを羽織る洋介。

 ……こいつ、よっぽどライブで力尽きてきたんだな。


「じゃあな。俺はここで消えるから」

「あぁ。俺ももうすぐ帰れるからさ。駅前で落ち合おうぜ~……」


 フラフラとしながらも、洋介はこちらに手を振っている。

 そんな状態で駅まで来れるとは……正直、思えないんだが。




 ――そして今は、地元へ向かう電車の中。

 車内はライブ帰りの乗客で溢れており、超ラッシュアワー状態だ。


「あのさ~。歩」

「ん、何?」


 俺と洋介はまるで押し寿司のような体勢で、電車が地元駅へ到着するのを待っていた。

 …………かなり息苦しい。


「今日のライブでさ~。1部と2部の間に出てきた……え~っと、何だっけ。名前は出てこないんだけど、とにかくアイドルがいてさ」


 その言葉を聞いた途端、つい胸がビクッと鳴る。

 今のこの息苦しさ、暑苦しさを一瞬、忘れてしまうほど冷ややかな衝撃。


「その中にいたセンターの子……なんか良かったぜ。可愛いってより、むしろカッコイイ感じの娘でさ。俺、あの娘に惚れちゃったかも。サンシャインの次はあの娘のファンになろうかな~」

「…………ふ~ん」


 電車の中は今、乗客で一杯だ。

 誰か知らない人の会話が聞こえたって不思議じゃない。


 ――そう。

 今聞こえたおぞましい雑音は、きっと誰か知らない人が言ったんだな。

 そうに違いないよ、うん……。




 それから数日後の学校にて。

 放課後、俺は相も変わらずアルバイト情報誌「レッツジョブ!」を読みふけっていた。


 これと、これと~……あと、これかな。


 目ぼしい求人を見つけては、それに丸印を付ける。

 この作業を、俺は一体あと何回繰り返すのだろうか……。

 申し込んだところで採用される保証はなし。

 だが働かねば、金は入らない。


 この前みたいにガッツリ稼げればな~。

 恵の手術費だって、何とかなりそうなのに。


 俺はふと、この前の日曜日のことを思い出した。

 いろいろあった一日だった。……だが、たんまり稼げた一日でもあった。


 あの日の収入は56280円。交通費を差し引いても、55000円だ!

 室井さんに貰った5万円に加え、洋介の身代わりバイトも一応は卒なくこなせたので、しっかりバイト代を貰っておいたのだ。


 日給5万円越えの仕事かぁ……まぁ、そうそうある訳ないか。


 叶わぬ願いはどこかに捨てて、俺はまた今日もバイト探しに街に出ることにした。



 ガヤガヤ……ガヤガヤ……。


 (くつ)を履き替え、校門を出ようとすると珍しく人だかりが出来ている。

 何だろう……と、つい首を出してみると


「出せ! 本城(ほんじょう)(あゆむ)を出しなさい!」

「ちょっ! なんすか、一体!? 急に掴みかかってきて」


 そこに洋介と…………室井さんがいた。

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