表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/60

第7話 はじめてのらいぶ

「わぁ~、ステキ! やっぱ似合うと思ったのよ~」


 着替えを終えて個室のカーテンを開けると、カオルちゃんの歓声に出迎えられた。


「似合ってる……か」


 向かいの鏡に、今の自分の姿が映っている。

 可愛らしいデザインのフリフリドレス。それを身に(まと)った俺がそこに。


 あ~、やっぱりダメだ。

 見れば見るほど自己嫌悪に陥ってしまう。

 こんな気分は……そう、あの時以来だ。


 5才の頃、幼稚園で同じクラスの優子ちゃんの誕生日パーティに呼ばれて行ったら、そこにはクラスの女児全員が揃っていた。

 ――男は俺1人だった。

 そして「あゆむちゃんもみんなといっしょがいいよ~」とみんなに羽交い絞めにされ、女物の服を着せられたんだ。

 優子ちゃんのお母さんまで一緒になって……。


「あっ、そうそう。これも忘れずに」


 古傷を思い出す俺に、カオルちゃんが何かをかぶせてきた。

 それはカツラ……いや、女物だからウイッグと呼ぶべきか。


「まぁ~!」

「うっ……!」


 すると、どうだろう。

 鏡の中に突然、それまでいなかった藍色のロングヘアーをなびかせる美しょうj……違う、違う! 俺だ、不本意にも女装した俺がいる!


「これが……俺なのか」

「そうよ、これがあなた。……もう! 妬けちゃうくらい綺麗じゃないの!」


 カオルちゃんは背中を押すようにそう言ってくれるが……とはいえ、喜ぶべきじゃないよな。

 今の言葉を素直に受け取った日にゃ、いよいよ俺は自分自身を見失ってしまうだろう。


「準備出来たわね。急がせて悪いけど、出番はもうすぐよ。こっち!」


 そしてすぐさま、慌しい様子の室井(むろい)さんに手を引かれ、俺はメイク室を後にすることになった。


「アイドルはねぇ、心意気よ~。がんばって!」


 去り際に、こちらに手を振るカオルちゃんの姿が見える。

 心意気……って言われてもなぁ。



 そして急かされるまま、俺はステージの袖付近までやって来た。

 ここまで来ると、会場の雰囲気というか臨場感が直に伝わってくるようだ。


 …………にわかに緊張してきた。


「じゃあまず、今いる二人と顔合わせして――」

『――みんな、ありがと~っ! 少しだけ待っててね~!』


 室井さんが何か説明しようと俺に歩み寄る。だがその声は、ステージからのマイク音声により、かき消されてしまった。

 おそらく、ライブ中のサンシャインの声だろう。


「えっ、ウソ! 今なの!? ごめん歩くん、もうステージに出て。美咲(みさき)といつきがスタンバってるから!」

「え……あ、あ、はい!」


 美咲? いつき?

 初めて聞く名前だが、口ぶりから察するにおそらくハレーションとかいうユニットのメンバーのことだろうか。

 あらゆることが急過ぎて、事態が把握できない。

 気持ちの整理すら追いつかないまま、俺はステージへと押し出されてしまった。



『これにて第1部は終了です。第2部の開始は5分後を予定しております』


 会場全体にアナウンス音声が響き渡っている。

 それを聞きつつステージの袖を抜けると、そこに二人の人影が待ち構えていた。


「あ~! 助っ人ちゃん来たよ。ごめんね~、いきなり巻き込んじゃって」

「まぁ……犬に噛まれたと思って……はい、これマイク」


 色は違うが、俺が着てるのと同じデザインっぽいドレスを着た二人の女の子。

 照明が薄暗いせいでハッキリとその容姿を確認することは出来ないが、ともかくこの娘達がそのハレーションのメンバーに違いない。


『それまでの間、サンシャインに続く次世代のアイドルユニット ハレーションのライブをお楽しみください』

「あっ……出番だよ。行こう」


 アナウンス音声が終わると同時に、2人の少女がステージへと飛び出す。

 その間、まさに一秒ともなく。顔を合わせる暇も無かった。


「…………」


 メイク室を出て、まだほんの数十秒――この間に、周りが目まぐるしく展開されていっている。

 だが、それを一つ一つ把握する時間なんて今はどこにも無い…………


「ええーい!」


 もう、どうにでもなれ!


 なかばヤケクソ気味に、俺は彼女達の後に続いた。




「……!!」


 飛び出した場所はまるで別世界だった。


 いきなり視界に飛び込んできたのは巨大な観客席。その数は何百、いやいや一千……数え切れるもんじゃない。

 そして、そこから送られる多量の視線。発せられる過剰な熱気。

 それらの全てが今、自分が立つステージへと向かっている。


 ……もう何も考えられない。


 幾数ものスポットライトに当てられながら、俺は一瞬で会場の空気に呑まれてしまった。


「そこ、センターだから。助っ人ちゃん、そこから動かないでね……」


 瞬く間に圧倒されてしまった俺に、誰かが耳打ちする声が届いた。

 振り向くとそれは、さきほどステージ裏で遭遇した少女の一人。


「大丈夫だよ。フォローは全部、あたしといつきたんでやるから」


 そう言うと少女はパチッとウインクし、微笑んでみせる。

 さきほどは暗くてよく見えなかったが、今ならハッキリとその姿が分かる。


 ふわふわとした長い髪。その左右に、短く束ねたツインテール。

 クリッとした大きな瞳と、陰りを感じさせないその明るい表情。


「はい、よろしくお願いします……」


 眩しく照らされるスポットライト。

 それを反射させるような彼女の微笑み……見てるとなんだか心が落ち着いてくるみたいだ。


「うん! ……5分だけだから、がんばろ!」


 そうして少女は、向かって右側。おそらく彼女の定位置と思われる位置へと、小走りで急いでいく。


 わざわざ少ない時間を割いてまで……。

 ありがたい心遣いが、不安だった俺の心により一層染み入る。


 よし、5分間。それをやり切れば、お役御免だ!


 緊張を抑え、覚悟を決め、始まりに臨む……。

 ふと見ると、ステージ裏にもう一人いた少女が向かって左側の位置についていた。

 ショートカットの小さな女の子……どうやら彼女は、俺のことなど気にせず最初からそこにいたようだ。



 そして間もなく、音楽が鳴り始める。

 ズン、ズン、ズンというイントロから始まり、やがてメロディへ――。


 左右にいる二人の少女が、振り付けと共に歌い始める。

 これは何ていう曲なんだろう。何かどこかのコマーシャルで聞いたような気がするけど……。

 パフォーマンスを繰り広げる二人とは対照的に、俺は一歩も動かずにいた。


 ――いや、むしろ動けないと言った方が正しいのか。


 さっき少しは不安が和らいだとはいえ、それもやはり長く続かなかった。

 会場に流れる大音量の音楽。この音はステージ後方のバンドユニットによる生演奏だ。


 ……彼らは最初からステージにいた。

 最初ここに上がった時には気付かなかったが、確かにそこにいたんだ。


 ただ単に、それに気付くだけの余裕が俺に無かったというだけ。

 そして音楽が始まった途端、彼らの圧倒的な存在感にしてやられた。


 折り重なる緊張と不安のせいだろうか……足が震えてきた。

 今の俺にはただマイクを握り、口パクで歌うフリをするのが精一杯だ。



 ――曲はサビへと突入する。

 アップテンポな曲調。そのリズムに合わせて、歌い踊る二人の少女。

 俺はもはや、完全な傍観者としてそこにいるだけだ。


 時間が経過すると共に、不安だけが募っていく。 

 何も分からない――居場所を見つけられない。俺はここにいちゃいけない人間なんだ、と。

 可愛いアイドルが立つべきステージに、女装した男がいる……この事実だけでも耐え切れないのに。


 ほんの5分間。一度きりのバイトだからと侮っていた。


 ――こんな気持ちになるとは予想外だった。


 そうして俺は、やがて逃げるように視界をステージから観客席へと移した。

 会場全体に照明がついているため、観客席はここからよく見通せる。


 ガヤガヤ……ガヤガヤ……。


 仲間内でしゃべるグループ。スマートフォンを眺める者。

 トイレにでも行くのであろうか、客席の出口付近には多くの人達が出入りしている。


 ステージに集中する人もチラホラとはいるが、それほど多くはない。

 こういうアイドルのステージって、普通は客席側が暗転していて照明はステージのみ。

 そして、たくさんのサイリウムの光……というイメージがあるんだが、その様子は微塵も見られない。

 まるで今が、観客にとって休憩時間であるかのようだった。



 ――そうして俺が現実から逃げている間に、演奏が止まった。

 不安の坩堝(るつぼ)に巻き込まれたような5分間は終わったのだ。


『ハレーションの3人でした。……さぁ、それではお待ちかね! サンシャインライブ 第2部のスタートです!』


 会場に響き渡るアナウンス音声。

 観客席の人たちも、慌てた様子で自分の席へと戻っていく。


 あぁ、これで本当に終わったんだ。良かった……。


「助っ人ちゃん、こっち! もうすぐサンシャイン来ちゃうよ」


 感慨にふけっていると、さっき声をかけてくれた短いツインテールの娘がいそいそと俺の後ろを通り過ぎていった。

 そうか、俺もこの娘たちも、もうここにいる必要は無いんだもんな。


 ライブ中はあんなに困惑していたのに、いざここを去るとなると少し物悲しくなるから不思議だ。

 この先の俺の人生、もうこんなステージに立つことは一生無いだろう。

 俺はせめてこの景色を目に収めようと、ステージ全体を(あお)ぎ見た。


 ――その時だった。


 ふと見上げた天井。

 そこに吊るされたスポットライトの1つが不安定に揺れており……間もなく、地上に落下した。

 そして、その真下にちょうど人が……ハレーションのメンバーであるショートカットの娘がいる。


 あまりに突然の出来事。

 頭上に迫る危機に、彼女は気付く素振りも見せていない。


 ――危ない!


 そう思ったのと同時、もしくはそれ以前、俺の身体は自然と飛び出していた。


「……!?」


 ショートカットの娘は、いきなり自分に向かって走る俺の姿に戸惑いを見せる。

 ……だが、今大事なのはそんなことじゃない!


「くっ……!」

「!? ……!?」


 俺は咄嗟(とっさ)にその娘を自分の胸に抱えると、そのままの勢いで地面を転がった。

 そして間もなく、『ガシャアァーン!』という痛々しい大音がステージ上を引き裂く。


 ザワザワザワ……ザワザワ!


 予期せぬアクシデントの発生に、観客席もステージ上もざわめきだした。


『――ただいま、ステージ上にトラブルが発生しました! 申し訳ございません。確認のため、今しばらくお待ちください』


 アナウンス音声は、その言葉を何度も繰り返している。

 でも間一髪、犠牲者は出なかったんだ。おそらくライブは再開されるだろう。


「あ……あ、あぁ…………」


 ふと胸の方を見ると、無事救出した少女が怯えた様子でこちらを見ていた。

 遠めに見ても小さいな~と思っていたが、間近にするとよりそれがハッキリと分かる。

 この娘の身長……たぶん140センチぐらいかな。恵と同じぐらいだ。


「大丈夫!? いつきたん、助っ人ちゃん!? ケガしてない?」


 すると、もう一人のハレーションのメンバー 短いツインテールの娘が慌てて駆け寄ってきた。


「……。…………。」


 ショートカットの娘は頷きつつも、口をパクパクとさせている。

 おそらく大丈夫と言いたいんだろうけど、動揺して言葉が出ないみたいだ。


「大丈夫だよ。おれ……私もこの娘もケガはないと思うから」


 代わりに俺が答えてみた。

 ……咄嗟に出た女言葉に、つい我ながら引いてしまう。


「そっか~。……良かったぁ~」


 そう聞くと、短いツインテールの娘はそっと胸を撫で下ろした。


「…………あの」

「……! ……! ……!」


 ショートカットの少女はよっぽど狼狽しているのか、俺の身体をギュッと掴んだまま放そうとしない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ