第58話 伝えたい想い(視点変更:篠原美咲)
「いい、由香たん? バランスだよ。右と左のレバー、両方ともバランスよく倒してね」
「うぅ……う、うん」
由香たん、手が震えてるよぉ……大丈夫かなぁ。
「えいっ!」
「おぉ! ……あ、ありゃりゃ」
由香たんは目をつむって、レバーを下げた――けど、すぐに引き戻しちゃった。
ほんのちょっとジャンプしただけじゃん、それ~。
「ひゃあ~……なんか怖くなっちゃって。あの、今さら変わってとか……ダメ?」
「何言ってん――う、うおっ!」
由香たんが上目遣いにあたしを見つめてくる。
そ、そんな捨てられた子犬みたいな目を向けられたら……
「私……もう無理だよぉ。美咲ちゃんなら」
「う……う……」
でもでも!
泉野麗さんを止めるには、由香たんじゃなきゃ……あたしなんか行ったって、しょうがないもん!
あたしは右のレバーに、ガバッと両手を乗せた。
「へっ?」
「このまま倒しちゃうよ。左のレバー握って!」
「あっあっ、あわわ……」
「さっきのあゆみたんみたいに、飛んでっちゃうよ!?」
「いやっ……! あ、あぁ!」
よし、ちゃんとレバー握ってくれた。
それじゃ手を離してあげよう。
「ほら、右の方も一緒に」
「うん……」
「由香たん……勇気を出して。きっとお姉さんも待ってるよ」
スタンバイは完了。
あとは本人の気持ち次第だ。
「お姉ちゃん……あそこにお姉ちゃんが」
「そうだよ。このままじゃ、あの変なオヤジにいいようにされちゃうよ?」
「えっ、や、やだ!!」
お、燃えてきたね~。由香たん!
「そうそう、その意気。それゆけ、ユカタンマン! お姉ちゃんを救えるのは妹しかいないんだ~!」
「よ、よ~し。待っててね…………えいっ!」
「――やった、飛んだ! 偉いぞ、由香たん」
自分の力でレバーを倒した由香たんは、そのままジェットパックでどんどん上へ…………あれ、ステージ通り過ぎちゃった。
あれ……あれれれれ。
右に~左に~……どこ行こうとしてるの~?
「美咲……わたしたちも出番……」
「あ、うん。そうだね」
いつきたんに呼びかけられて、視線を上から下に降ろす。
由香たん……グッドラック。健闘を祈るよ。
「さぁ~て、この大観衆……どうしましょっか」
玲奈たんはうっすらと笑う。
その両サイドに、いつきたんとあたし。
久々に揃ったノービスがステージの真ん中に立った。
迎え撃つは、1000……いや、10000人?
え~……あっ、50000人だっけ。
とにかく! 今まで見たこともない大勢のお客さんたち。
「歌う……さっきそう言ってた……」
「ふふっ、まぁそうなんだけどさ」
「いつきたん、玲奈たん……」
お客さんたちは、ここから少し離れた鉄柵の前で通せんぼされてる。
でも人波がすごくて、鉄柵はグラグラ揺れてるよ。
あれが崩れて、ステージまで登られたら、あたしたちは…………でも。
「覚えてるかな? 3人で初めてライブやった時のこと」
「駅前のレコード屋さんの店頭ライブね……冬なのにミニスカートで寒かったな~」
「一生懸命やったのに……誰も足を止めなくて……」
みんな、やっぱり覚えてるんだ。
あの頃はまだ駆け出しで、誰にも知られてなかったもんね。
「あの日の帰り道にさ、夜空に流れ星が光ってた」
「あっ……あはは!」
「みんなでいつか……ファンを何万人も集めてライブが出来ますように……って、お願いしたね」
「そう……ほら見て、叶ったじゃん!」
両手いっぱい、視界いっぱいに広げても収まらないお客さんたち。
あの日のお願いは、今の現実。
どんな形でも、それは間違いないはずだよ。
「あっはは……相変わらず面白いこと言うよね~。美咲って」
玲奈たんがおかしそうに笑ってる。
……一応あたし的には、キメたつもりなんだけどな~。
「いいね、それ! 元気、沸いてきたよ」
「ん……殺し文句、グサリ」
「へっ? うわわ、2人の意見が揃った! しかも褒めてくれた~」
珍しい~。
長い付き合いだけど、これって初めてかもしんない。
「それじゃあさ、見せてやろうよ。ノービス奇跡の復活ライブ!」
「み~んなステージに夢中……よっぽどわたしたちに会いたいのかな……」
玲奈たんもいつきたんも、準備は万端だ。
2人に続くように、あたしも自分のマイクをギュッと握る。
そしてあたしたちは、お客さんとまっすぐ向き合った。
自分の気持ちを他人の命令に塗り変えられた可哀想な人たち…………きっと助けてあげるからね。
「始めよう。1曲目はやっぱ、デビュー曲の『星を追いかけて』がいいかな?」
「……ていうか、それしか無い……」
「短命だったもんね~、ノービス」
「あはは…………よし、じゃあ行こ~!」
音響設備は上に持ってかれちゃった。
でもライブなんて、アイドルとマイクがあれば出来るはずだもん。
そう信じて歌いだした瞬間――鉄柵がバタバタ~って崩れていくのが見えた。
「歌詞……意外と覚えてた」
「うん、あたしも。結構、忘れないもんだね~」
1曲目を歌い終わった。
その間に、お客さんたちがゾロゾロとこっちまで歩いてきて、もうステージの真下まで来ちゃってて。
足元にもわもわした熱気を感じる。
ステージと客席の間には3メートルぐらいの高さがあるから、まだあたしたちは無事でいるけど……
「……いつき、美咲、もっとこっち」
「うん……」
「うわっ! 邪魔しないで~」
うっかり縁≪ふち≫の方にいたら、足を引っ張られそうになった。
みんなで少しだけ、タワーの壁際に身を寄せる。
「いよいよ大変なことになってきたわ……2人とも、まだ平気?」
「平気……でもヤバイね。これ、ヤバイね……」
ノービスのリーダーとして、みんなを気遣ってくれる玲奈たん。
いつきたんは表情を震わせながらも平然としてみせて…………無理してる。
「ヤバイよね、ホントに」
「美咲、あんたも……」
お客さんたちは、もうそこまで来てる。
こんなにいっぱいの人に取り囲まれて、あたしたち……
「さっきの歌、誰も聴いてなかったよ~! 一言もコール無かったもんっ!」
失礼しちゃう!
まぁそりゃさ、ネンチャ~……ん? ネチャ~……えっと……ハウジング? のせいで、みんな大変なのは知ってるよ。
だからって、ねぇ!
「もうっ、ひどいよね。1人残らず無視してくれちゃって~」
「……み、美咲~」
「この状況で……大物か……?」
あれ、2人は怒ってないんだ。
「あんたしばらく見ない間にっ、達者になったわね~」
「わっ、何? あたたたた~」
玲奈たんが後ろからギュ~って掴まってきた。
ちょっと力、強い。苦しい。背中が硬い……
「あの時も一緒だったな……懐かしい……」
いつきたんに笑顔が戻った。なんでだろ?
「いつきたん。あ~……そうだっけね~」
「ノービスのライブはいつもおんなじ。見ない、聴かない、コールも無い……事務所の人にいつも愚痴られて、やんなっちゃったよね」
玲奈たんにも。
あたし、そんな大したこと言ってないのに。
でも、それはそうと昔のことを思い出したら……何かふつふつと~、蘇るものが~。
「そうだよ、玲奈たん、いつきたん! あたしたちはもうあの頃と違う。ハレーションとサンシャインでそれぞれ成長したんだって。思い知らせてあげよう!」
今までビビッてたけど、なんかもう~……アッタマきちゃった!
見てろよ、こんにゃろ~!
「よしっ。美咲、いつき、もう1曲よ。今度こそファンの目を覚まさせてやるんだから!」
「……がってん、リーダー。歌いだしのソロ、とちんなよ」
「勝負だぞ! 覚悟してね、みんな!」
うごめくお客さんたちにビシッと人差し指を向けて、あたしたちはまた各ポジションに着いた。
だけれど、み~んな無反応。たぶん声も聞こえてなかったよね。
それならね……聴かせてあげる!
――2回連続の『星を追いかけて』
でもそのクオリティは、さっきよりも上がってるはず。
みんな一生懸命歌って、一生懸命踊ってるもん。
さっきはね、正直その……おっかなびっくりな気持ちで歌ってたよ。
でも、今は違うんだ。
歌いたい……そして伝えたい……あたしたちの気持ちを。
それから応えてほしい、みんなの気持ちで。
「…………」
お客さんたちはまだ無言のままで、ステージを登ろうとしてる。
みんな、そんな怖い顔しないで。
笑った方がいいんだよ……ほらっ!
――そうしてみんなに、笑顔を見せてみた。
だってどんな人でも、笑顔が一番素敵な顔だから。
「……」
やがてステージの縁に、誰かの手が掴まった。
もしかしたら、もうすぐ……歌えなくなるかもしれない。
アイドルじゃいられなくなるかも………………でも、歌うのやめない。
あたしも、いつきたんも、玲奈たんもね。
なんでか分かるかなぁ?
――それはね、アイドルだからだよ。
オーディションに受かって、嬉しかった。
事務所に愛想を尽かされて、悲しかった。
でも、こうしてまたステージに立てて…………興奮してる。
ステージに立ってみんなに応援されるとね、こう……パ~って、心の中をあったかいものがパ~って満たしてくれるんだよ。
「……!」
「美咲、危ない!」
あっ、大きな男の人が1人、ステージに登ってきちゃった。
でも、あたし歌うよ。逃げたりなんかしない。
だって逃げたらあたし、アイドルじゃなくなるもん!
「玲奈たん、ダメだよ。ちゃんと歌おう!」
あたし、アイドルの自分が大好き!
分かるでしょ? この気持ち――みんなだって、アイドル大好きでしょ!?
「ダメ!みさ――あ、あれ……」
男の人は両手を振り上げて、あたしに飛びかかろうとしてた……でも
「!!」
「や、やめろ。その娘に手を出しちゃいけない」
後ろのいた人が必死にしがみついて、食い止めてくれてる。
「あ……すごい……お客さんたちが……」
でもそれは、この人だけじゃなかった。
「お前ら、いつまで寝てんだ? もう目ぇ覚ませ!」
「俺たちはファンだろ! アイドルを応援するためにここまで来たんじゃないのかっ」
「……はっ! 僕なんでステージに――」
ステージに登ろうとするお客さんと、それを止めようと一生懸命なお客さんたち。
数はたぶん半分ずつぐらい。
……あたしたちの声が、届いたんだ!
「やったね、ノービス! さぁ、玲奈たん、いつきたん! まだまだ行くよ~」
「やった、やった! ねぇ2人とも、同じ曲ばっかじゃみんなも飽きちゃうわ。次はサンシャインの曲にしましょ」
「ほとんどサンシャインファンばかりだし……その方が上手くいくか……」
――そうして、あたしたちが歌えば歌うほど、お客さんたちは自分の意思を取り戻していった。
みんなアイドルが大好きって気持ちを持ってる人たちだもん。
当然だよね!
「あゆみたん、由香たん……こっちはもう大丈夫だよ」




