第56話 露になる実態
地上から50メートルは離れた半円状のステージ。
いざ立ってみると、それなりの広さはある。
いつかの村おこしのステージより、少し広いくらいかな。
とはいえ、もし落下なんかしたら、まず助からないだろうけど。
「オテンバもほどほどにしなきゃ、可愛げが無くなるんだけどなぁ」
「あんたがそうさせてるんだ。自分1人のわがままで大勢を巻き込んで……そっちこそ、ほどほどってのを知ったら?」
頭のヘルメットを外しつつ、ステージ中央で西川と対峙する。
奴の後ろには麗がいるけど……くっ!
「……」
日ごと施された催眠術は、よほど強力なものらしい。
あの目を覚ますには、まず元から断つ必要がありそうだ。
西川――。
「ほどほど……ふふっ。あいにく僕の辞書に、そんな言葉は載ってないんだ」
「何?」
「この西川義充は完璧を主義としている。妥協やミスなど論外。僕がやりたいと思ったことは100パーセント現実のものとする!」
堂々と……胸を張って言いやがって。
「いや、待って。そうは言ってもさ……なかなか思い通りにいかないのが現実じゃないの?」
「いやいやいや、そんな理屈は君レベルの人間にしか通らないよ。残念ながら、僕は違っててね。幼い頃から全て自分の思い通りにしていいと許されてきたんだ」
おかしそうに笑ってる。
何がそんなにおかしいのかまるで分からないけど、ただ1つ確かなのは俺がこの瞬間にムカついたことだ。
「む、無茶苦茶だ。あんた……これまで、割と理性的な人だと思ってたのに」
「そうかな? まぁ、こういったことを人に話すのは久しぶりだけどね。普段は何も言わなくても、周りが勝手に従ってくれるから」
「…………」
こいつ……増長してやがった。
自分のことを客観的に見れてない。
周りの連中というのも、たぶんみんなイエスマンで固まってるんだろう。
この手のヤツが実行委員だとか班長をやり出すと、ロクなことにならないんだよなぁ。
「なのにだ、なぜハレーションだけ僕に逆らう!? 特に君だ、邪魔ばかりして。君の存在だけは我慢ならない!」
さらに、今度は怒り出した。
やっぱり……あの一件で、俺は目の敵にされてたみたいだ。
「こんなステージまで、わざわざ招待しておいて?」
「そこまでするつもりはなかった! フーチューブの再生数を確保するため、君らの名前は必要だったがな。だがライブには必要ない。君らは今も、事務所に残ってなきゃいけないのに……」
さも当然かのごとく、恨みがましい目でこっちを睨んでくる。
ハレーションを拘束し、男3人に仕向けた……そんな悪行を指令した人間なのに。
罪悪感など、微塵も見受けられなかった。
「怖がってたんだぞ、みんな……普段は笑う娘たちなのに、ずっと怯えさせられて」
「天罰だよ。僕の思い通りにならないから」
「!? それが年端もいかない女の子にする態度か!」
西川は平然と答えてみせた。
もはや、倫理観も常識も見当たらないぞ……こいつには。
自分の都合のみだ……それ以外の人の気持ちなんて、まるで考えてない。
「あんたはそうして、人を踏みにじって。岡島や沢口も」
「はぁ~、口が悪い……まぁ、そうだけど? 麗の生歌を聞かせてやったらイチコロだったね」
「村岡も……」
「ん、あいつは違うよ。君らを欺くには正気の人間が必要だったからね、僕が普通に命令したんだ」
確認を得る度に、信じられなくなってくる。
こんなエゴの固まりのような人間が、チーフマネージャーとして人を従える立場にいることが。
「最初は難色を示されたがね。だが『もう後が無いんだぞ』そう言った途端に、ぐうの音も出さなかったよ。聖矢も安い男だね~」
たしかに……今考えても、あいつはロクな男じゃなかった。
実際、襲われかけたし。
「あげく、みすみす逃がす始末だ……まったく! 使えない奴だよ。アイドルとしても三流さ」
俺が男だと分かると、遠慮なく殴ってきた。
今も少し痛みが残ってる……お互い必死だったからな。
「…………それ、違うよ」
「え?」
「村岡は三流じゃない……一流でもないけど」
でもあいつ、あんな状況でも顔だけは狙わなかったんだ。
たぶん……村岡なりにそこは重んじてたんだと思う。
アイドルとしての礼儀みたいなのを。
たぶんだけど。
「何を言ってるんだか。どうせ切り捨て要員だし。聖矢なんて」
「あんた……人のことを、自分の都合でしか考えられないんだな。相手の気持ちまで分かろうとしないんだ」
「……ふん、アイドルの君に言えることか? 君だってどうせ私欲のために、この仕事を選んだんだろう?」
そうかもしれない。
――いや、そうだった。
「その通りさ……始めたきっかけは金だったよ。大金が稼げれば、ハレーションなんてどうなってもいいってすら思ってた」
「ほら、見ろ。アイドルなんて所詮――」
「でも、今は違う!」
西川に恫喝してみせるように、そして自分の今の気持ちを確かめるように、俺は叫ぶ。
「違うんだよ。始めは自分の願い……いや、それじゃキレイ過ぎるな。満たされないエゴがあって、どうにかしようと精一杯で……」
「な、何だよ。人のこと言えないじゃないか」
「でも、だからって飲み込まれはしなかった! どんなに乾いたっておれ――私は、私のままでいられた!」
落ち着け。
さっき玲奈に注意されたばかりだろ。
俺じゃなく私。歩じゃなくて、あゆみ……
「はぁ~、そうかい。だから僕より君の方が優れた人間だと、そう言いたいのか?」
「優れてるとか劣ってるとか、そんなの関係ないよ。ただ周りにいろんな人がいて、みんなの存在が自分の中でだんだん大きくなっていったんだ」
美咲、いつき、由香……大事なハレーションのメンバー。
冴子さん、カオルちゃん、玲奈に麗も…………そして、恵!
「みんなが私を大事に思ってくれていて、それが嬉しかった。そんな自分を大切にしなきゃって思えたんだ……それだけだよ。それだけで、私は踏み止まれた」
……分かった。そうだったんだ。
恵の足を治してやりたい。そうして罪から逃れたい。
それは今も変わらないけど。
でも同じくらい、みんなとの絆も失いたくないんだ。
これが俺の本当の気持ちだ…………ウソじゃない。
「ハッ、くだらない。可哀想だけど、他人との繋がりなんて実際は脆いものだよ」
「……あんた、孤独なんだな。自分1人で塞ぎ込んで他人を見下してる。だから、こんな計画思い付いたのか」
「……! 分かったようなことを」
「可哀想なのはあんただよ」
もしそうだとしたら、西川の気持ち……分からないでもないかもしれない。
俺だってアイドルにならず、バイトも見つからないままでいたら…………たぶん何かを恨んでた。
今頃どうなってたかなんて、知れたもんじゃない。
「麗を解放しろ。その娘には、大事に思ってくれる人がたくさんいるんだ」
「それは……」
西川がたじろいだ。
図星を突かれて気持ちが揺らいだか。
「あ、あ……あぁ~!」
「はっ?」
いや、でもそれにしたって、そんなに後ずさらなくても。
というか視線の方向が……俺の背後の方に向かってるような?
「ひいぃ、ひゃうぅ~~!? どいてえぇ~~!!」
つい気になり振り返ってみると、弾丸となった少女がこちらに突撃していた。
由香だ。どうやら、ジェットパックが操縦出来ないみたいだ。
「由香!? ひ、左レバー! 左のレバーを引くんだよ!」
「うわぁぁ~ん!」
声が届いてない。
2人の距離はこんなにも近付いてるのに――なんて洒落てる間もなく
ビタァ~~ン!
由香の渾身の体当たりが正面衝突した!
たちまち、身体の前半分に鋭く押される衝撃が…………あ、でも顔の部分だけなぜか柔らかい。
「あゆみちゃぁぁ~ん。止めてぇぇ~!」
「もがっ! ぶぶぶぶっ由香、左レバー……」
錯乱した由香は両手をレバーから離し、俺の頭をギュッと掴みこんだ。
すると、まるで時速80キロで走る車の窓から顔を出した時のような感触に包まれて――とか言ってる場合じゃない!
「こ、このぉ~」
身体を前のめりにさせ、左レバーに無理矢理手を届かせる。
由香との密着度がより増したが、それでも……止めなきゃ2人揃って落ちちまうから!
「止まれぇ~!」
レバーを掴み取り、そのままジェットパックの方へと押し戻した。
するとたちまち、由香の身体が減速を始めていき
「あ、止まった。ありがとう、あゆみちゃ――あ、とっと」
「わったた……」
やがてエンジンは止まったものの、ダメ押しの推力で2人とも倒れこんでしまった。
「いたた~……ごめんね、あゆみちゃん。大丈夫?」
「あぁ。由香は?」
「うん、平気。あゆみちゃんが受け止めてくれたから」
幸いにも、ケガは無いようだ。
良かった。
でも、この体勢はさすがにちょっと……
「あ~、怖かった。もう私、死んじゃうんじゃないかって」
「由香……その、もうそろそろ……さ」
「ん?」
由香の身体は今、俺の頭にしがみつくようにして覆いかぶさってる。
だから、つまり…………顔の上に押し付けられるものがあって……
「…………」
「き……きゃ~っ!」
たちまち飛び上がった由香は、その拍子に俺の頭をガツンと舞台に叩きつけた。
まるでマシュマロのような柔らかさの中から、厚くて硬い板金へと真っ逆さまだ。
「あ……つぅ~」
その鈍い痛みに、俺はたまらず頭を抱えて唸ってしまった。
「あぁ! ごめんね、あゆみちゃ…………え?」
「大丈夫。ゆ……あっ!」
心配して、こちらにしゃがみ込もうとした由香。
だがそんな彼女の行く前に、1本の手が通せんぼする。
「……」
それは、麗だった。
麗が…………動き出してる。




