第55話 星くずの翼
「…………はっ」
美咲、いつき、玲奈……ノービスのパフォーマンスに、ついつい見惚れてしまった。
感心してる余裕なんて、ないない!
「由香、私たちも行こう」
「うん」
ステージ脇から中央へ、俺と由香も向かった。
「どうする? もうすぐ観客がステージに来るぞ。あと、麗も助けなきゃ!」
「お客さんは何とかしてみせる。それで麗さんは…………あっ、そうだ!」
ハレーション、サンシャイン。
もはやユニットなんて関係ない。
みんなアイドル。
こだわりなんて、それだけでいい。
「美咲、一緒に来て」
「へ? うん」
ところが何かを思いついた玲奈は、美咲を連れてステージ上手へと姿を消してしまった。
「玲奈、こんな時に何を」
さっき、歌う……と、彼女は言っていた。
それがアイドルだと。
「……すご~い。こんなにたくさんファンが出来たの、はじめて~……」
「ふふっ。余裕だね、いつきちゃん。でもあの人たちも……お姉ちゃんも、元に戻せるのかな?」
その言葉に突き動かされ、みんなは今もステージに立っている。
ついさっきまで、あの観客たちと同じく惑わされていたのに、だ。
「出来るさ……気持ちが伝われば、きっと」
視線の先にいる50000人の観客。
彼らと俺たちは同じ人間。そう大した違いは無いはずだ。
ネイチャー・ハウリングによって、彼らの意思は眠らされただけ。
だからそいつを、俺たちアイドルで呼び起こしてやればいいんだ。
「こんな時に何ボケッとしてんの? はい、コレ!」
――突然、ボスンッと固い感触が背中を突いてくる。
「え、玲奈?」
「いい物、持ってきたわ」
感慨にふけってる間に、美咲と一緒に戻ってきたみたいだ。
2人とも、両手一杯に大がかりな荷物を抱えてるけど。
やたらメカメカしい……ランドセルみたいな機械だ。
前に向かって2本の長細いレバーが伸びていて、さらに底面には、何かを噴出するであろう2門の穴まで。
「……ナニコレ?」
「ジィ~エットパックゥ~。これを使って上まで飛ぶのよ!」
その独特なダミ声とイントネーションは、22世紀になれば流行るかもしれない。
さすがトップアイドル。未来に生きてる……と、それはともかくジェットパックか。
いつかテレビで観たことあるぞ。
背中に装着すれば、ある程度は空が飛べるっていう。
「じゃあ、それで麗を! ……でもどうしたの、そんなの?」
「クライマックスで使うはずだったのよ。あたしと麗さんで」
「……あ~」
そういやシナリオに書いてあったな。
最後の曲はハレーションが地上で、サンシャインは空で歌うって。
あのそびえ立つステージ中央部も、その演出の一環として用意されたものか。
……もっとも、今となってはその全てが、西川の企てのカモフラージュだったわけだけどな。
白紙もいいとこだよ。段取りなんか必死に覚えて、損した。
「それと美咲が持ってるので2つか。予備は無いの?」
「無いわ。これ結構高いから……飛べるのは2人だけね」
「そっか。それじゃ……」
上空のステージへ行く者は、麗の目を覚まさせなきゃいけない。
ここにいる5人の中で、そんな大役を担える人間となると――
「頑張ってね、由香たん!」
「……うん。私がお姉ちゃんを……助ける」
まず、そうだよな。
「1人は由香、と」
「ええ、何かあの子だけネイチャー・ハウリングの効果が薄かったみたいだし。それに麗さん、普段から由香ちゃんの話ばっかしてたんだから。ありゃシスコンよ」
呆れたように、ため息を吐く玲奈。
そこまでうんざりするほどなのか……
「あともう1人。麗を助け出せそうな相手…………あっ、そうか。玲奈が――」
「何言ってんの!」
泉野麗にとって縁の深い者。
妹の由香に続くとなれば、それはもうサンシャインのメンバーである玲奈しか……と思った矢先に、両肩に結構な重圧がかかる。
テキパキと俺の背後に回った玲奈が、ジェットパックを背負わせてきた。
「あんたしかいないでしょ~……こんな時は」
「えっ!? おれ……わ、私?」
背中越しにカチッカチッという音がする。
と思いきや、玲奈がまた前に回ってきて。
胸や腰に巻くベルトのロックまで、はめてしまった。
「よし、スタンバイ完了!」
「……おぉ、お見事」
ふーっ、と満足気に額に手をあてる玲奈。
装着感はたしかにバッチリだ。
腰の位置から伸びた左右のレバーは、先端の30センチくらいが直角に曲がっていた。
その部分が、ちょうど両手で握りやすい位置に来ている。
「って、それよりも! ここは玲奈が行くべきじゃ」
「……本気で言ってるの?」
突然、玲奈の顔が間近にまで迫ってくる。
「あ……」
真顔のまま、目を見つめられて……その迫力の前に、彼女に抗議する気はすっかり失せてしまった。
「考えてみて。あゆみがデビューして3ヶ月、その間に何が起こったか」
「何って……それは」
頭の中で振り返ってみる。
これまでの出来事……
成り行きのままデビューして、大して活躍できないからってサンシャインのステージに乱入して、あげくクビになった。
でもそれからフーチューブで活動再開して、評価されて、こうして月形ドームのステージを踏んでいる。
……メチャクチャだな。
「すっごく周りを巻き込んだでしょ~? 全然アイドルらしくしなかったでしょ~?」
「…………はい。ゴメンナサイ……その節はどうも」
「バカ! 褒めてんのよ」
「えっ!?」
褒める……なぜ?
「あんたみたいな娘、今まで1人もいなかった。ルールもセオリーも無視して、ただ純粋に何かを追いかけてる……」
玲奈は生き生きとした表情で俺を見ている。
咎める素振りなんて無い……むしろ逆に認めてくれてるようで。
「恐ろしいくらいよ、ハッキリ言って」
――そう吐き捨てたのは、たぶん褒め言葉。
高石玲奈という先輩アイドルからの賞賛だった。
「……そんな大したもんじゃないよ。俺はただ、自分のために必死だったから」
「そのさ~、たまに自分のこと俺って呼ぶクセ、やめな。あんまり可愛くないよ」
「あっ! その……」
思わず両手で口を塞いでしまう。
ヤバイな……感情が高ぶると、つい歩の方が出てくるんだ。
まだまだ詰めが甘いよなぁ。
「……ま、だからさ。今度もその破天荒さに賭けてみたい。そう思ったの」
「分からない……よ? 私なんかが、麗を説得出来るかなんて」
「大丈夫……あゆみはいつも、出来ないことをやってきた……」
いつの間にか、いつきが隣りに付いていた。
その手には、どこから持ち出してきたのかヘルメットを抱えている。
「頭のそれ……外れるといけないから」
「あっ、そうか。さんきゅ」
ウイッグのことを気にかけてくれてたみたいだ。
細かい気遣いに感謝しつつ、俺はガッチリと頭にヘルメットを装着する。
「……?」
その最中、玲奈が不思議そうに首を傾げていた。
……つっこまれると厄介なので、流しておいたけど。
「じゃあ……ホントにいいんだね? 由香、美咲も」
「うん、私は頼もしいな……ちょっと怖いし」
「ハレーションをここまで連れてきてくれたあゆみたんだもん! 信じてるよ!」
こちらと同様にジェットパックとヘルメットの装着をしながら、2人も俺を後押しする。
玲奈やいつきみたいに、その表情は信頼に満ちて――
「えぇっ!? この長さにしてもベルト届かないの? 由香たんちょっと、おっぱい引っ込めてよ~」
「ひぃ~ん。出来ないよぉ~」
たと思うけど、ギチギチに圧迫された由香の胸を前に、思わず目を逸らしてしまった。
「はぁ…………ってことみたいよ。覚悟、決まった?」
どこか寂しげに、自分の胸をストンと撫で下ろす玲奈。
そんな彼女の気持ちも汲みつつ……みんながそう決めたのなら、もう俺がやるしかないようだ。
「分かった。やるよ」
正直言って勝算は無い…………だけど、腹はくくる。
「ん、よし! それじゃ麗さんのこと、頼んだわね。ファンのみんなは、あたしたちノービスでお相手するから」
「全員、独り占め……悪く思うなよ~……」
俺と由香は、これから空へ。
そして玲奈、いつき、美咲の3人もこれから挑もうとしている。
あの50000人の観客たちに。
「みんなも……無事でいてくれよ」
「まっかせんしゃ~い! へへっ、久しぶりに3人でライブだねっ!」
「わっ、美咲?」
いつきと玲奈を両腕で包むようにして、美咲が飛び込んできた。
本当に……本当にこの娘たちには無事でいてほしい。
そのためにも、早く麗を正気に戻してやらなきゃ。
「じゃあ、行ってくる……それで、これどうやって動かせばいいのかな?」
「ああ、右のレバーを前に倒すとエンジン点火。後ろからジェットが噴射して、浮けるから。それで左は逆噴射ね。前後左右の移動は身体を傾けて調整するの」
「はあ。右で浮く、と」
「あっ、バカ! そんな思いっきり倒しちゃ――」
「へっ?」
――慌てる玲奈に気付いたその間際、スッと視界から彼女が消えた。
「わっ、わっ、わぁ~!」
怒涛の勢いで、身体がぐんぐん舞い上がっていく。
このままドーム天井まで突き進めば、間違いなく即死だ!
「――ふふっ、あの娘たちには可哀想だが――」
あっ。今、西川たちとすれ違ったぞ。
上がりすぎだ。止まらなきゃ、止まらなきゃ!
「ぎゃっ――ぎゃくあふんしゃぁぁ~!」
左のレバーが逆噴射。
たしか玲奈がそう言ってたはず。
俺はそれまで握りっぱなしだった右レバーを手前に引っぱり、反対に左レバーを力いっぱい前に倒した。
「あっ……と、止まった」
すると、間一髪。
ドームの天井はもう間近。
網目状に張られた線がくっきり見える位置まで飛んだところで、エンジンは止まってくれた。
……良かった。もしあのまま激突してたら、間抜けすぎて死んでも死にきれん。
「ふ~、死ぬかと――」
と、安心した矢先。
――今度は逆に、急降下が始まる。
「うわぁ~っ! お、落ち――」
あぁ! さっき極端にレバーをいじったから、エンジンが止まったんだ!!
こういうのは両方を半々に、微調整するものだったのか。
身体がぐるぐると回転しながら、落ちていく。
レバー操作も追いつかない。今度こそ――
ガッシャァァァーーン!!
「おわっと!」
…………落ちるのが止まった。
ていうか、何かに叩きつけられたような。
同時に、背中の方から痛ましい破砕音が響いた。
「あ、あれ?」
俺は今、仰向けになってどこかの地面に倒れている。
ここは……ステージか。
そのままゆっくり起き上がると、周辺に散乱した鉄板やネジが見つかった。
「……うわっ……」
それらは俺が背負ってたジェットパック……だったもの。
今や、見るも無残なスクラップへと変貌してしまった。
ヤベェ。
たしかこれ、高いとか言ってたぞ……
「ここって…………あっ」
「相変わらず……やることがイチイチ派手だねぇ、あゆみくん」
西川がいる。麗やバンドメンバーも一緒だ。
空中でバタバタもがいた果てに、あっけなく着いちゃったよ。




