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第54話 気高きさだめ

 信じられないことが起こり始めた。

 感情と入れ替えに歪んだエゴを押し付けられた観客たちが、群れをなしてこのステージを目指している。


 彼らの心にあるのは、憎悪。

 向かう対象は、俺たちアイドル。


 このまま事を成り行きに任せてしまえば、ステージは地獄絵図と化すだろう。


「お姉ちゃん!? か……返して! 連れて行かないでっ!!」


 ハッとなり、立ち上がる由香。

 だが、その声はおそらく姉の耳には届かない。


「由香! もう平気なのか?」

「うん。でも……」


 彼女やバンドメンバーがいたステージ中央部は、タワーのごとく上空へと登っていってしまった。


 高さにしておそらく50メートルはあるだろうか。

 見上げることも敵わない。

 日本屈指のライブ施設とはいえ、随分とハッタリの効いた仕掛けだな!


「どうなってんの……? ねぇ! あれ、どうなってんの!?」

「ファン……じゃない。男の人たちが……こっちに……」


 美咲といつきはまだ怯えてる。

 いや、さらにと言った方が正しいか。


 ……無理もない話だ。

 こんな年端もいかない女の子たちが、1日に2度も未曾有の危機に追いやられてしまったんだから。


「このままじゃ、みんなが……」


 見渡すと、観客席からこのステージまでにはいくつかの障害があった。


 まずは座席1列目の前に敷かれた整列用のバリケード。

 高さ1メートルくらいの鉄格子であるそれが、先頭にいる観客たちを食い止めていた。


 上を乗り越えようとする者が誰もいないので、人の群れがおしくらまんじゅうのように詰まり始めている。


 おそらく彼らの中に、理性とか知恵といった感性は見受けられない。

 さながら、ゾンビ映画でも観てるような気分だ。


「あれ、そのうち崩れるよ」

「……あぁ」


 玲奈が懸念する通りだ。

 いかに頑丈な鉄格子でも、数千人、数万人の圧力を前にしては、間もなく屈してしまう。


 そして、その先にあるのがステージだ。

 ここと観客席の間には、ある程度の高さが設けられている。


 2メートル50……いや3メートルぐらいあるだろうか。

 いずれにせよ、1人で軽々と登れる高さではない。


 だがそれが2人、3人と肩車のように折り重なっていけば、話は別だ。

 ステージはやがて、観客の侵入を許してしまうだろう。



 その瞬間、アイドルと観客の間に垣根は消滅し、そして――。



「…………みんな逃げよう」


 つぶやいたいつき。

 へたり込んだまま、足をガクガクと震わせている。


「怖いよぉ。あたしたち、ここにいたら……」


 美咲もまた同じように。


「……2人とも」


 上空のステージでは、今まさに西川の暗躍が現実のものになろうとしている。

 麗だって操られたままだ。


 奴を止められるのは、きっと今ここにいる俺たちだけ。

 本当なら、どうにかして立ち向かわなきゃいけないのに。


「肩につかまって。今なら外に出られる」


 歩けない2人のため、俺はそれぞれの手を引いて自分の肩へ乗せた。

 そうして3人が連なった体勢になり、立ち上がる。


「ありがとう……あゆみたん」


 美咲に1番似合うのは笑顔なんだ。

 苦しんだり、泣き叫ぶ顔なんてさせたくない。


「麗さんや西川さ……西川。あのままじゃ……」

「いいんだ」


 たとえここで逃げたって、誰も卑怯だなんて言えないよ。

 そうだ……この娘たちはまだ、か弱い女の子なんだから。


 もしこれからネイチャー・ハウリングの超音波が、世界中に流れ出ることになったとしても……俺は誰よりもみんなを守りたい。

 そう思った。



「美咲、いつき」

「……玲奈」


 まずは冴子さんやカオルちゃんと合流するため、舞台裏に回ろうとする……が、その前に玲奈が立ち塞がった。


「玲奈たん! 玲奈たんも一緒に逃げ――」

「歌うわよ」


 研ぎ澄ました声。

 そして、真剣な眼差しを向けられる。


「……冷静になれよ。今はそんな場合じゃないよ」


 何は無くとも、ここはまずステージから脱出する方が先決だ。

 みんなの身の安全を確保して――



 パチンッ!



「なっ……」


 有無を言わせず、左頬に玲奈の平手打ちが飛んできた。

 突然の衝撃に、俺は思わず仰け反ってしまう。


 両肩に乗せていた美咲といつきの手も離れ、2人はまた舞台にへたり込んでしまった。


「何すんだよ。状況、分かってんのか? 自分だって危ないんだぞ!」

「分かってるわよ……あたし、バカじゃないし」


 そう返す玲奈の瞳は、じんわりと揺らいでいた。

 眉や口元もにわかに震えている。


 彼女もまた女の子として、これから起こり得る惨劇を見据えているんだ。


「でもさ……逃げちゃダメだよ、あたしたち。そんなこと許されない」

「玲奈たん……うぅ」

「玲奈。でも、あんなの……」


 だが時間は、刻一刻と迫っている。

 こうして問答出来るのも今の内だけだ。


 事を急ぐため、俺は玲奈に歩み寄ってその両肩を掴んだ。


「頼む。一緒に来てくれ……ホントは怖いんでしょ? 女の子ならそうなるのが普通なんだよ」


 近付くと吐息が荒い。興奮してるのが分かる。

 彼女の気をなだめるため、俺は出来るだけ優しい口調を使った。


「……」

「ね?」


 俺はただ、みんなを傷付けさせたくない。

 その一心なんだ。


「普通の女の子なら……だよね」


 だが、彼女はそっと両肩から俺の手を離した。

 握られた手首に、手のひらの柔らかい感触がしばらく残る。


「あゆみちゃん。あたしね、仕事にはプライド持つ女なんだ」

「あ……」


 そうして……笑顔を向けられた。

 初めて見る表情。それはまるで、彼女の心情を現したようで。


 困難にあっても、まだ前を見ようとする。

 営業スマイルなんかじゃ太刀打ちできない輝きが放たれていた。


「みんな、聞いてよ」


 そうして俺たちハレーションの目を捉えて、言った。



「ここはどこ? あたしたちは誰?」



 ――ただ一言。

 だが耳に聞こえたそれは、雷のように我が身を貫いてしまった。


 自分はなぜここにいるのか、何のために……様々な疑問が浮上し、心の中で自問自答が繰り返される。

 やがてそれは集約され、1つの感情へ――使命感へと直結した。


「ここ……ここは」


 美咲が……立ち上がろうとしている。


 苦悶の表情を浮かべて。

 抑えつけられていた恐怖に今、抗って。


「ここは、ステージ!」


 立った!

 蘇った意思とともに、2本の足はしっかりと彼女の身体を支えている。


「わたしたちは……」


 いつきも戦っている。

 産まれたての仔馬のように、ふらつきながら。


「わたしたち、わあぁ~!」


 だが、その様子に危うさなんて無かった。

 むしろ、みなぎるような頼もしさすら感じられていく。



「アイドル!」



 5人全員がネイチャー・ハウリングを克服した瞬間に、みんなの声が揃った。



「……ハハッ、そうよ。分かってんじゃない」


 さっきとは打って変わって、ニヤリとした下品な笑顔を浮かべる玲奈。


「お待たせ! ごめんねっ」

「この借りは……必ず返す」

「えへへ。みんな戻ったね」

「普通じゃいられないよな。アイドルがさ……」


 それに合わさるように、俺たちもニヤリと笑う。

 カメラには写せない顔が勢揃いだ。


 気が付くと、緊迫したステージには緩やかな風が舞い込んでいた。

 高石玲奈……なんて強い意志を持つ少女なんだろう。


 もしやこれこそが、ネイチャー・ハウリングを克服する秘訣なんじゃ――



「美咲、いつき。久しぶりにアレやろっか!」

「……はいなっ!」

「りょ~かい…………リーダー」


 すると玲奈、美咲、いつきの3人がステージ中央へと駆け寄った。

 タワーの手前に着くと、それぞれに間隔を空けて陣取る。


「何するのかな?」

「さぁ…………あっ!」


 俺と由香だけがステージ脇に取り残されてしまった。

 あの3人が何をするつもりなのか、その心当たりなんて俺には…………あっ、あったかも。


「荒ぶるワシ座の~……アルタイルッ! 篠原美咲!」


 やっぱり! アレだった。

 美咲はぐ~っと身体を縮こませてから、ビシッと両手を天高く広げる。


「静かなる……こと座のベガ 猪瀬いつき」


 続いて、いつきも。

 流れるようなターンを(ひるがえ)すと、360度の円を描いてピタッと着地。


 ハープを携えた天使を思わせる(しと)やかなポーズを取った。


「水面下の努力。白鳥座のデネブ……高石玲奈!」


 玲奈もまた、2人と同じようにポーズを組み立てる。


 顔の上でピンと高く伸ばした右手。そして曲げた手首は、まるで白鳥の首のよう。

 さらに腰の位置から空中へと仰ぐ左手は、まさにその翼だ。


 そのまま片足を上げて、バレリーナのようにつま先で弧を描いた。


 う、美しい……前に見せた間抜けなアヒルみたいなポーズは何だったのか。


「我ら、アイドル界の超新星――」


 ステージの先頭で、3人が横一直線に並ぶ。


「ノービス!」


 名乗り上げると同時に、それぞれが思い思いのポーズで止め!


 決まった……見ていて思わず胸が熱くなってしまう。

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