表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/60

第49話 男の勝負

「何だと? 気取ってんじゃねぇぞ、コラ!」


 とはいえ、状況はまだ1対2。


「やだ、こわ~い。聖矢さん、さっきはあんなに優しかったのに」

「きめぇんだよ、オカマが!」


 しかも、もう相手の手心には期待できない、と。

 こちらに鉄パイプという獲物があるにせよ……どうも不利だなぁ。


「おい、お前。2人がかりだ。こっち来い」

「……」


 やっぱりそう来るか。

 ん……いやでも、この狭い個室の中じゃ逆に


「……」

「う、近っ! あ、あ~……もう、いいや。お前だけ先にいけ!」


 よしっ。

 この部屋の狭さ、そして沢口の体格の大きさが功を奏したようだ。


 2人が横に並ぶと、むしろ身動きが取れないんだ。

 村岡が部屋の隅に引っ込んでくれた。


「……」


 とりあえず、相手はこの言いなりロボットだけだ。


「よろしく……って、聞いてないか」

「……」


 ここまで徹底されると、もはや疑うべくもないな。

 こいつは既に正気じゃない。


 何かの暗示かコントロールでも――おおっと!


「うわっ! あ……あ、バカ」


 いきなり突進してきやがった。

 礼儀も何もあったもんじゃない。


 すかさず横に避けたけど、その勢いのままあいつはコンクリートの壁と正面衝突。

 ……あれは痛いぞ~。


「……」


 だが沢口は、まるで何事も無かったようにこちらを振り返る。

 おでこに、でかいこぶを作って。


「自制も効かないってのか」


 状況的に追い詰められてるのは俺だけど、あいつもあいつでヤバイな。

 何とか静めてやりたいが――うわっ、また来た!


「こ、この! 危ねぇって」


 向かってくるのを見て、俺は咄嗟にしゃがみ込んだ。

 そして奴の下半身を両足でキャッチ!


 前進する勢いに加重させて、自分の全体重を預ける。


「……!?」

「よしっ、こいつ!」


 すると沢口は、上手いことビタンッと倒れてくれた。

 すかさずその背中にまたがり、奴の延髄に一撃!


「……眠ったか?」


 一応、起き上がってはこない。

 岡島とは体格が違うから、同じ手が通じるか不安だったけど……


「……ん、んぅ」

「!? まだか!」


 やはり1度じゃ足りなかった。

 こうなれば、さらに一撃!


「ぼくは……な、に――」

「え、え?」


 あれっ、今ちょっと喋った!?


 …………でも、もう手遅れだった。

 気付いた時には、鉄パイプは首を通過してたんだ。


「……」

「え~っと」


 今度こそ動かなくなった沢口の首に、そっと手を当てる。

 ……うん、脈はあるな。気絶してるだけだ。




「さぁ、あとはお前だけだ」


 気を取り直して、村岡と向かい合う。

 まだびみょ~にさっきの心残りがあるけど、もう振り切ってしまおう。


「へ~、結構やるんだな」


 ほくそ笑みながら、ゆるやかに歩き出す。


「来るか……!」


 どういうわけか知らないが、岡島や沢口はやりやすかった。

 動きが機械的というか、パターンになっていたから。


 だが、こいつはきっと違う。

 まともに喋ってるし、何より目が生きてる。


「よくも、この村岡聖矢をコケにしてくれたなぁ」


 感情がみなぎってるのが、見て取れるぜ。


 しかし、俺の手には鉄パイプ。向こうは丸腰。

 この優位性を保てれば、おそらくは――


「くらえ、オラ!!」


 と思ったのも束の間、奴は背後から何かを取り出し、こちらに投げつけてきた。

 あれは……花瓶!

 さっき床に落ちてた花瓶だ。


「う、うわっ!?」


 思わぬフェイント。

 避けようとしても、花瓶は既に目前に来てる。

 間に合わない……!


「くっ!」


 だが、この直撃を食らうわけには!

 俺は何とか払いのけようと、顔の前に鉄パイプを強引に滑り込ませた。


 バリンッ!


 花瓶と鉄パイプ。

 その間に重い衝撃が起こり、前者が割れた。


 だが後者の方もその反動に抗えず、鉄パイプは俺の手から離れていってしまう。


「よそ見してんじゃねぇぞ!」

「あっ、うぐ……」


 そうした隙に、村岡は俺の懐まで飛び込んできていた。

 がら空きの腹に、パンチの殴打が続く。

 左右交互に1発、2発、3発と。


「このっ、やめろ!」


 だが4発目のパンチが来ると、俺はフッと身体をずらしてそれを避けた。

 脇の下を通り過ぎようとする奴の左腕を、すかさず自分の右腕で挟み込む。


「お、おっ?」

「お返しだ!」


 形勢を返されて、戸惑う村岡。

 俺は一旦、身体を少し後ろに引いてまた前方へと体当たりを加える。


 たちまち奴の身体はふっ飛び、背後の壁に背中を打ちつけた。


「く……くそっ」


 少し身をよろけながら、村岡はこちらに睨みをぶつける。

 憎しみと苛立ちを合わせたようなキツイ眼差し。



「はぁ、はぁ……あんたさ」


 その目を見て、俺の心にある感情が芽生えた。

 それは怒り……いや、それを通り越した先にあるもの。


「まがりなりにもアイドルなんだろ? 自分が今やってること、何とも思わないのかよ?」

「……なんだよ」


 たぶん、呆れという感情。


 アイドルは特別な仕事だ。

 こいつだってプロになったからには、相応の苦労をしてきたはずなのに。


「徒党を組んで、女の子をさらって、その果てに……そんなことして何の意味があるんだ!? 何を得られる?」

「……チッ」

「そんなの、ただ欲望を発散してるだけじゃねぇか。その辺の動物だって出来ることだ。わざわざアイドルになって、やるようなことかよ!」


 村岡の目から、さっきまでの激しさが無くなっている。

 少しは心が動いたのか。


 ……いや、笑っている?


「ふっ。お前、アイドル初めて何年よ?」

「え……いや、まだ3ヶ月くらい」

「ハッハッハ! ……若ぇなぁ」


 嘲笑っているのか。

 でも……それは俺を笑ってるんじゃなくて、むしろ


「そのうち気付かされるぜ。アイドルといっても、大抵のヤツはスターの階段を昇らせてもらえねぇもんだって」

「何?」

「そして、それでも業界に残りたかったらさ。もう上から来る仕事は何であれ断れねぇんだよ」


 何を言ってるんだ?

 それじゃまるで、こいつが今やってることは誰かに依頼された仕事ってことになる。


「お前、それじゃ誰に」

「おっと! そいつは……」


 村岡が体勢を直す。

 さらに身構えて――


「自分で考え、な!」


 来た!

 今度は右から……いや違う。正面だ。


「くっ、うっ!」


 1発、2発とまた上半身へのパンチを食らってしまった。

 ケンカなんて……今までロクにやったこと無いからなぁ。


「おぉら!」


 そして3発目が来る。

 たぶん一拍後、狙ってくるのは左肩か。


「はっ!」

「あ、あぁ?」


 よし、捉えた。

 奴の右腕をつかみ取り、そのまま腹の辺りに肘打ちを連打。


「くうっ、放せよ!」

「う、あっ」


 しかし、強引に腕から引き剥がされてしまった。

 力比べじゃ、向こうの方が有利なのか。


「手ぬるい攻撃だな。人を殴ったことねぇのか、あ?」


 まぁ……言い返せない。

 争い合うほど人と関わったことなんて、今まで無かったな。


「あんたは慣れてそうだな」

「まぁな。男のアイドルは顔だけじゃなく、腕っぷしも資本よぉ!」


 そうして奴は右肘を曲げてみせた。

 う~ん……結構な力こぶ。大したもんだ。


 俺だって別に華奢なわけじゃないけど、さすがにあそこまでは。


「女装趣味のオカマちゃんとは――」


 むっ、また来た。

 今度は……よ~く見ろ。うん、左か。


「鍛え方がちが……お?」

「くうっ」


 1発目は食らってしまった。

 でも2発目で食い止めたぞ。


 あれっ?

 でもなんで俺、ケンカの経験も無いのにこんなことが――


「……イチイチうぜぇな!」

「ん、ぐはっ」


 しかし奴のショルダータックルを受け、後ろに飛ばされてしまった。

 ぶつかった先にあったのは、ダンボール箱。


 一応、ダメージは緩和されたか。


「はぁ、はぁ……」


 どうする、互いの腕力の差は覆せそうにない。

 このまま持久戦になれば、俺の方が余計に不利だ。



 ――はい。ワン、ツー、ワン、ツー――



 ふと突然、頭の中にある情景が浮かんできた。

 まだデビューしたばかりの頃……冴子さんのダンスレッスン……



 ――いい、あゆみ? 大事なのはテンポを読み取るリズム感よ。それが身につけば、歌やダンスや会話の流れだって、思うまま上手くいくんだから――



 そうか……分かったぞ。

 そういうことだったのか!


「どうした、もう諦めたか」


 テンポ……リズム感。


「へへっ……来い」


 ゆっくりと立ち上がり、手招きしてみる。


「この野郎っ……上等だよ!」


 俺がさっき、攻撃をかろうじて止められた理由。

 それは、そのテンポをリズム感で読み取ったからだ。


 途中まで……だったけどな。


「……!」

「おら、おら!」


 手探り気味の右パンチ……ワン。

 反動を利用した左パンチ……ツー。


 く~っ、痛ぇなぁ!

 でも耐えなきゃ。


「何だよ、動けねぇのか?」


 力を少し溜め込んで……スリー。


「おぉ~りゃあ!」


 そして振りかぶっての……フォー。


「……ぐっ、ぐうっ」


 胸に腹に両肩にと4発のパンチを食らい、俺はまた背後の壁へと身を打ちつけられた。


「粋がってた割に、大したことね~な」

「……どうかな」


 ゆっくりと立ち上がり、姿勢を整える。

 両足は肩幅の広さ。身体の力を抜いて楽に……


「もう沈ませてやるよ!」

「へへっ」


 テンポは単調な4ビート。

 そこからあえて、一拍ずつずらす…………ヒップホップのリズム!



「……あ、あら?」

「ほらよっ」


 空振りして体勢を崩したところに、背中へのエルボーを1発。


「くっ、こんのっ」


 タン、タン、タン、はい!


「それっ! はっ!」

「くそっ、ちょこまかと」


 ははっ、面白い。

 面白いように、奴の動きが分かるぞ。


「このっ、何だよ。こいつっ……!」


 読み取ったテンポから一拍だけずらして、リズムを作り出す。

 たったそれだけのことで、こんなにも形勢が変わるなんて。


「へへっ、それもう読んでんだよ」


 1度、身を犠牲にした甲斐があったぜ。

 もはやどんな攻撃だって、当たる気がしない。


 狭い部屋の中を右往左往し、軽やかに自分のリズムを描く。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 とうとう立ち止まった村岡。既に息は上がってる。

 さすがに奴も、疲れてしまったんだな。


「どうする? まだ続けるか?」

「…………おうよ!」


 だが、あの顔は……諦めてない!

 すると奴はポケットから何かを取り出した。


 あれは……えっ、ナイフ!?



「お、おいおい。何考えて――」

「うるせぇ! 俺にはもう後がねぇ!」


 後がないって……人を刺しちゃったら、それこそ本当に人生がTHE ENDだろ。


「落ち着け! それって犯罪だから。お前、牢屋に入れられるぞ」

「こんな泥仕事でも……スターになるために!」


 ダメだ、全然人の話を聴いてない。

 追い詰められすぎて、目が血走ってるぞ。


 ……あれって、本当にヤバくなった人の顔なんじゃないか。


「うおぉぉぉ~!」

「う、うわわっ」


 さっきまでの得意気が、もうどこかに飛んでしまった。

 だってナイフを向けられてもなお、テンポがどうこうって言えるなら、そいつはもう武道の達人だ。


 アイドルなんかやめて、道場でも開くといい。


「死ねっ、消えろ!」

「ひっ、うおっ!?」


 あ、あぶね~。

 避けられなかったら、今の刺さってたぞ。


 どうしよう、こんな奴本当にどうすれば……


「ちょっと、おい……ん、うわっ!?」


 逃げ場を求めてさまよう内に、かかとが何かにつまづいてしまった。

 尻餅をついて、その先にある柔らかい感触……沢口の背中の肉だ。


 こいつ、なんてとこに倒れてやがる!



「はぁ、はぁ……ハハァ」

「待て……ちょっと待て」


 村岡がのそりのそりと歩み寄り、やがてナイフは目と鼻の先まで近付いた。

 退路は絶たれてしまった……ピンチだ。


 これこそ絶体絶命のピンチ!


「へへっ、へへ……キレイな顔だぁ」


 ナイフの平らな部分で、頬をペチペチと撫でられる。

 こいつ……もう俺が男だってことも忘れてんじゃないか?


「へっへっへ……」

「う、うぅ」


 ナイフはそのまま下降していき……俺の着ているTシャツまで辿りついた。

 そして、おもむろにツーッと生地を一直線に切り裂いていく。


「うあ……あぁ」


 何か、何か手は残ってないだろうか。

 こんなどうかしちゃった奴に命運を握られるなんて、嫌だ!


 俺はワラにもすがる思いで、ジタバタと手探りした。


 すると…………こ、これは!


「終わりだ~!!」

「これでも食らえ!」


 ナイフを振り上げた村岡。

 その顔面に向け、沢口のポケットから取り出した物……かつて俺を気絶させたスプレーを振りかける。


 思いっきり! でも自分の鼻だけはつまんで。


「うっ、うぅ~……」


 やがて、村岡はそのまま力尽きるように倒れてくれた。

 良かった……何で出来てるのか知らないが強力だな、このスプレー。




「何とか……やっつけられた」


 男たちとの戦いは終わった。

 さぁ、あとはみんなを助けに――


「うっ! ぐぅ……」


 いきなり背中に圧し掛かった重い衝撃……な、何が起きたんだ!?


「……」

「岡……島」


 俺が一番最初に気絶させた男。

 岡島が鉄パイプを握って、立っていた。


「く、くうっ」


 思わぬ不意打ちに、俺は再び地面に倒れこんでしまった。

 だが、奴は


「……」


 会話する気も無さそうだ。

 言いなりロボットのまま……もしや村岡に仕事を依頼した人物っていうのが、こいつや沢口も。


「う……動け」


 度重なるダメージと疲労のせいか、身体がロクに動かない。

 どうなる……このまま俺は、こいつのいい様にされてしまうのか。


 やがて岡島が、頭上へ鉄パイプを振り上げる――


「……」

「!!」


 南無三! とばかりに目をギュッとつむる……が、何も起こらなかった。

 どうして……岡島?


「……んぅ」


 奴の身体がバタンッと前へ倒れこんできた。

 何だ? 一体、何が起こって…………


 あっ!



「あゆみたん! 助けにき……えっ……」


 美咲だ……どこかで拾ってきたんだろうか。

 手に角材を持っている。


「……あ、ゆ……み……?」


 いつきも……良かった。

 さっきまでの怯えは、もう無くなってるみたいだ。


「その髪……その……身体…………」


 由香も。

 みんな自力で脱出できたのか。


 すごいな……さすがハレーションのメンバーだ。


 でも……でも……


「あんたたち、なんてとこにいんのよ!? もうとっくにリハーサルが始まっ……て」


 ドアの向こうから、冴子さんもやって来た。

 月形ドームから駆けつけてくれたのか。



 ――狭い部屋の中を、静寂だけが支配している。



 冴子さんも、美咲も……いつきも……由香も……

 そして俺も、みんな揃ったように言葉を失ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ