第48話 栄光の前の落とし穴
「へっへっへ……」
にやにやとこちらを眺める村岡。
その後ろで、棒立ちの沢口と岡島。
どうやら気を失ってる内に、俺たちはこの3人に拘束されてしまったらしい。
「あの……ライブは?」
「あぁ、君は……たしか泉野麗の妹さんだっけ。おっぱい大きいね」
「ひっ!」
下劣な返答に、由香は思わず縮み上がった。
出来ることなら、この場からすぐ逃げ出すところだろうに。
ここはおそらく、あの地下にあった倉庫か。
その中で俺たちはこうして……くそっ! 何がどうなってる?
予定なら、軽い打ち合わせの後すぐにライブのリハーサルへ向かうはずだったのに、どうして……!?
「あぁ、ゴメンゴメン。つい気になっちゃったから……で、ライブはもう忘れていいよ。君らはずっと、ここにいてくれればいいの」
「……はぁ!?」
思わず声を上げた。
この男の今の発言……その荒唐無稽さに呆れてしまって。
「はぁって……はしたないでしょ、あゆみちゃん! 今のでちょっと、俺のポイント下がっちゃったかもよ~」
「村岡さん! ふざけないでください!! あたしたち、これからドームに行かなきゃダメなんだよっ!」
何を呑気に……こいつ、少しは空気読めよ!
美咲も、俺も、ハレーションはこんなところに篭ってる場合じゃないんだ。
「そうだっ! 一体どういうつもりなんだよ、あんたたち」
「どういうって、まぁ…………こういう感じだけど?」
ダメだ、向こうはまるで取り合うつもりが無い。
――すると
「……いいのかな~? こんなことしちゃって……」
「あん? 今、喋ったの誰? あぁ、そこのちびっ子か」
いつきがつぶやく。
そして、なぜかその表情に怪しい笑みが。
「こんな暴挙な振る舞い……会社側は知ってるの? 西川チーフマネージャーとか……」
……この子はこんな状況でも、1歩先を行くんだな。
そうだ。こいつらにも、こいつらなりの立場というものがある。
「大変なことに……なっちゃうよ?」
「そうですよ、村岡さん、沢口さんたちも! このままじゃいずれ、私たちがドームに来ないって騒ぎになる。そしたらもう、取り返しがつかないですよね」
たしかこの村岡って奴、仕事が無いって西川さんに直訴してたもんな。
いいぞ。こんな奴だって、自分の身は可愛いはず……!
「リハーサルまで、もう時間がない。ほら! 今解放してくれたら、水に流してあげますから」
「……ふっ」
口数が減った。
ようやく冷静になったか。
どうせ理由は、魔が差したとかそんなところだろう。
さっさと目を覚ませ。
「……くっくっく」
え……おい、笑ってる場合じゃないだろ。
お前ら、立場的に追い詰められて――
「くくっ。てゆーかさぁ、今の状況分かって言ってんの? 君ら危機意識、薄いねぇ~」
うっ! こいつ……全く応えてない。
いかにも上機嫌に、嘲笑いやがって。
「危機意識……?」
「ほら、あれ見なよ」
そうして奴が指差した先、そこには……小さな部屋があった。
この倉庫の隅に隔離された個室のような一画。
「あの部屋、物置になってたんだけどさ。いろいろあったぜ……」
表情が徐々に冷たく、険のあるものに変わっていく。
「えっ……えっ……?」
「芝居の小道具とか、セットに使う鉄パイプとか……」
恐れおののく由香。
臆病な彼女は、奴の言わんとすることにもう勘付いたんだろう。
だがこの口ぶりだと……さすがに俺だって、悪寒を感じずにいられない。
「あと、マットもさ。なかなか寝心地良かったなぁ」
こいつ…………本気で言ってるのか?
「な、な、何を言って……」
美咲もさすがに震えている。
表情だけは何とかまだ取り繕ってるけど、もうその心情が透けて見えるようで。
「ははっ……や、やだな~! あたしたちアイドルなんですよ?」
それでも、どうにか笑顔を作ってみせた。
でも、それを見て奴らは
「……」
「……」
「……」
男たちは3人とも、まるで表情を変えない。
無表情のまま、こちらを見ている。
「……あは、は」
やがて、美咲の表情から笑顔が消えた。
沈み込むように、首を倒れこませる。
何かを理解したんだ……自分が置かれたこの現実に、失望してしまって。
身体の震えが余計に激しくなっていく……彼女は今、どんな気持ちでいるんだ。
「いいね~。みんな、なかなかいい顔になってきたじゃない。そそるな~」
鼻の下伸ばして……バカが、トチ狂いやがって!
その反面、後ろの沢口と岡島はずっと無表情のまま。
あいつらは何を考えてやがる……
あ~くそっ、このロープ何とかして抜けられないか!?
「ひっ……い、いやぁ……」
「うぅ~。あっ、やべ! 興奮してきちゃった」
今日はたまたまTシャツの上に、薄手のパーカーを着てきたんだ。
これだけを柱に残して、上半身をすり抜けさせれば……くっ、ダメだ!
ご丁寧に背中の後ろにある両手にまで、また別のロープを縛ってやがる。
「ガマンしようと思ってたけど……やっぱ、現役のアイドルってさ~」
こ、こんな意味の分からない奴にいい様にされるなんて…………ふざけんな。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!
「たまんないんだよな~。こんな可愛い娘たちが、こんなに無防備だと……」
「……」
由香も美咲も、完全に気持ちが引いてしまってる。
でも俺は……いや、俺たちはこんなところで終われない。
目の前の現実なんて、許すわけにいくか。
こんな下衆野郎が好きに出来るほど……ハレーションは安くないんだよ!
「へへっ、そっちのちびっ子は……さすがにムリか」
「……」
いつきに話しかけるな。
「でも、さっきの元気な娘……いやいや! おっぱいも捨てがたい」
「……いや」
「うっ……う、えうっ」
わきまえろよ。
てめぇみたいなカスタレントが、美咲や由香と釣り合うわけねぇだろ。
鏡見て、出直せ。
「どの娘も可愛いなぁ。ん~、やっぱり……よし! 決めた」
自分勝手に盛り上がるクソは、やがてそのニヤケ面を俺に向かって見せてきた。
「……」
「あゆみちゃん。あの……分かるでしょ? 俺も男だからさ、つらいんだよ。このままじゃ、誰か女の子を傷つけなきゃならなくなる」
最低過ぎる。
せめて言い方ってもんがあるだろ。
「だからさぁ。みんなを助けると思って」
「…………いいですよ」
そう答えた途端、奴の口角がさらにグイッと上がった。
気持ち悪い。
「あゆみ!?」
「あゆみちゃん!」
「あゆみたんっ!!」
「……大丈夫。心配しないで」
心配してくれるみんな。
彼女たちに対し、俺はそっと微笑んでみせた……ふふっ。
そう、心配なんていらないんだよ。本当に。
「あっ、良かった! あゆみちゃん、いい子だ~……じゃあ」
村岡はそそくさと、みんなをくくり付けてる柱のロープをほどき始めた。
よほど興奮してるんだろうな、顔が真っ赤だぜ。
「へへっ……待て! いいか、待てよ~。出ていいのはあゆみちゃんだけだからな」
続いて俺1人を引っ張り出し、再び柱にロープを結びつける。
みんな……もう少しだ。
すぐ終わらせてくるから。
もう少しだけ辛抱しててくれ。
「じゃ、ほら! あっちの部屋に」
「……はい」
そうして俺は、村岡に個室へと連れていかれた。
個室の中は狭く、そしてかなりほこりっぽかった。
花瓶やら鉄パイプもそこらに転がってて……ここ、全然掃除されてないな。
しかし部屋の中央で、体操マットだけはキレイに敷かれている。
「お前らは来なくていいよ。外で見張ってろ」
「……」
「……」
「ちっ、話になんねぇか」
でも、まさか3人とも来るとは思わなかった……俺1人で相手出来るのか?
特にこの沢口と岡島、さっきから一言も喋ってない。
ずっと棒立ちのままで、意識すら感じないほどだ……一体、何考えてんだ。
「じゃあ、早速」
「うわっ!」
こいつ、サカリやがって!
いきなりマットに押し倒してきやがった。
「ちょっと、聖矢さん! その前にコレ」
「えっ?」
体勢を直しながら、ロープに縛られた両手を差し出す。
「あぁ。でも」
「ここまで来たら、私だって楽しみたいんですよ……」
精一杯に、奥ゆかしい感じを演出して…………耐えろ、俺!
もう少し、もう少しだけ引き付けるんだ。
「そ、そっか! あゆみちゃん、だいた~ん……」
よ~し、そうだ。さっさとロープをほどけ。
……飽きもせずニコニコしやがって、めでたい奴だ。
「でも、いいんですか? 村岡聖矢さんともあろう方が口説きもしないで……こんな風に、女の子を手篭めにするなんて」
「えぇ? いいの、いいの。俺、そういうの全然こだわらない主義」
「へぇ~……」
――その時、両腕にかけられたロープがハラリと床に落ちた。
「モテないんですね」
「へ? ぶふっ!」
アホッ面に、きつい頭突きをかます。
そして続けざまに、腹にも思いっきり蹴りを!
ふぅ。あ~、やっと離れられた。
男に抱きつかれるなんて、もう懲り懲りだぜ。
「なっ……このアマァ~」
ははっ、当たり所が悪かったみたいだな。
鼻血をボタボタ流しやがって、そこそこのイケメンが台無しですよ。
そして周りを見れば、敵は3人。ここは先手必勝!
立ち上がりざま、すかさず近くに落ちてた鉄パイプを手に取り……この中で一番細身な岡島に一撃!
「……!」
よしっ、上手くハタッと倒れてくれた。
映画の見よう見まねだったけど、首すじにぶつけたらホントに人って倒れるのか。
「ふぅ~……ん、うわっ!」
――だが安心したのも束の間、背中から誰かに羽交い絞めにされてしまった。
この肉感……沢口か!
「くっ、こいつ」
「……」
こんな時でも無表情かよ。
く、くそっ……そのくせ力がありやがる。
対格差のせいもあって、身動きが取れねぇ。
「へへ……お返しだ。今の分、乱暴にいかせてもらうぜ~?」
正面からは、にじり寄る村岡……おい! 何だ何だ、その両手の動きは!?
指をワキワキさせるな。
「こっ、この! 放せ……」
これは、ちょっとマズイ…………ん、そうだ!
今だったらいけるかも。
「おりゃあ~! ……は?」
「せいっ!」
村岡が掴みかかろうとした直前に、俺は沢口の両腕にパーカーだけを残して、下からスルッと身体を脱出させた。
どうだ、これぞ忍法変わり身…………あ、あれっ?
「ん……は、はぁ!?」
村岡が顔をキョロキョロさせてる。
その視線の対象は、俺と…………そして、奴の足もとに落ちてるウイッグ。
「あっちゃ~……」
今のはずみで取れちゃったか。
こりゃ、流石にバレちまった……かなぁ。
「カツラ……え? お、男? 男なの!?」
うん、バレてる。
まぁ、こうもつかみ合いになっちゃ仕方ないか。
「まぁ……ね。そういうことだ」
「うっ!? くっ、く、く、くぅ~~~っ!!」
あらあら、唸っちゃって。
よっぽどショックだったんだな。
「て、てめぇ! 何モンだよ!?」
う……うわっ、何者とか言われちゃったよ。
こういう時はどう返すんだ? ん~…………あっ、そうだ。
「本城歩。ただの卑しい金の虫さ」
さぁ~て、久しぶりに男をやりますか。




