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第44話 塩を送って雪、解ける

 いや、ちょっと待て!

 ここでまんまと相手の言葉を鵜呑みにしちゃ、まずいぞ。


 これはきっと餌だ。釣り餌だ。


「ほ、本当なの!? 西川さん!」

「チーフ。今、なんと」


 出演と言ったって、いろいろある……そうさ。

 俺が初めてステージに立ったあの大原ホールだって。


 衣装チェンジのため、時間稼ぎに利用されるのも出演といえば出演なんだから。


「言葉の通りだよ。ライブ序盤からエンディングに至るまで、君たちとサンシャインに競演してもらいたいんだ」


 ……おいおい、本気ですか。



「あの、どうして急に――」

「なぜですか……? ここにいるあゆみを始め、わたしたちは前回のライブを邪魔したのに……」


 いつき、そうだよな。

 おかしいよ。あまりに話が良過ぎるって。


「いやぁ、それはね……」


 すると西川さんは腕を組み、考え込むように顎を下げた。


「恥ずかしい話なんだが、まだチケットが売れ残っていてね。これをどうにか捌けたいんだよ」


 そして、苦笑い。


 あぁ……そういうこと。

 は、はぁ~……何となく話が読めてきたような。


「そう……なんですか。じゃあ、いわゆる売名……じゃなく宣伝目的で、あえてハレーションに声をかけたってことですか?」

「察しがいいな、本城くん。まぁ……我々もね、せっかく月形ドームを押さえたからにはチケットを完売させたい」


 なるほど、なるほど。

 『チケット完売御礼!』

 主催者として、この勲章が欲しいということか。


「でもでも! なんであたしたちなんですか? 他にもアイドルはたくさんいるのに」

「そう、篠原くん。君たちを呼んだ理由……それは、我々の目的を叶えられるのが君たちをおいて他にないからだ」


 俺たちにしか出来ない、だと。


「1つはさきほど言った通り、チケット完売のため。今、ファンの間ではサンシャインとハレーションの対立がにわかに話題になってるからね。その宣伝効果を期待して、だ」


 うん……頷ける話だな。

 ハレーションが今、ネット内でそれなりに人気を得ているのも、この対立図の影響によるところが大きい。


「そして2つ。実は今回、我々はある初めての企画を試みていてね。ライブ終了後、その映像をフーチューブを通して全世界に配信するというものなんだ」

「フーチューブに!?」


 思わず声を上げてしまった。

 そうか、アクセルターボもフーチューブに参入。

 さしずめ、俺たちの後を追う形か。


 いや……まぁ、資本の規模なんかは全然違うんだけどさ。


「だがテレビや雑誌にパイプを築いた我々も、ことネットに関しては優位性は持てない。現状、企画が上手くいく保証もない……」

「そうなんですか……」


 たしかに。

 テレビや雑誌に比べて、ネットの世界はちょっと特殊に見える。

 1つの情報も、あらゆる発信者から様々な角度で飛び交うメディアだ。


 白い意見もあれば、黒い意見もある。他にも赤、青、黄色も……

 そういうみんなで作る空気が、やりにくいということだろうか。


「そこで、君たちハレーションだ! 投稿した動画を観させてもらったよ。すごい人気じゃないか」

「……は、はい。どうも!」


 いつき、舞い上がっちゃって。

 それもここ最近は、徐々に再生回数が落ちてきてるのに。


「それにおんぶにだっこ……と言うと、聞こえは悪いがね。願わくば、その人気にあやかりたいというわけなんだ」

「は、はぁ……」


 おや、この人は気付いてないのか。再生回数のこと。

 意外に抜けていらっしゃる……


「シナリオはこうだ。投稿動画でライブ乗っ取りを宣言するハレーション。サンシャインはそれを受けて立つ。いざ決戦は、7・30月形ドーム!」


 口調が熱を帯びてきた。

 隣りにいる2人の男は、すっかり置いてけぼりになってる。


 ……でも、いいのかその話。


「じゃあ、チーフ。表向きは対抗する形にして、実際はその……段取りを」

「もちろん、そうさ。大きなイベントだからね。グダグダにならぬよう、曲目からMCの台本まで全てこちらが手配する」


 つまり八百長……というわけか。

 ハレーションVSサンシャインというイメージは、あくまで演出と。



「まぁ、あまり品のいいプロモーションとは言えないがね……」


 すると西川さんは、肩を落とす。


「あぁ……君たち。たぶんみんなにとっても、悪い話じゃないと思うよ」

「どうか考えてくれ! 今さら、虫が良いかもしれないが……」


 かわりに、隣りの2人が気持ちを露にした。

 どうにも必死な様子だな。


「この企画はね、たくさんのスポンサーが協賛してるんだ。チケットが売れ残って、ネット配信の動向も読めない今は、とてもマズイ状況なんだよ!」

「…………正直言って」


 やがてまた、顔を伏せた西川さんが口を開く。


「正直言って、僕はまだ君たちを許したわけじゃない」


 そして顔を上げると、そこにはギラギラとした眼が乗っかっていた。


「しかし、失敗はそれ以上に許されなくてね。き、君たちは憎くても、その手にあるフーチューブにおける実績は……大変魅力的だ」

「チーフ……」


 それでも西川さんは、普段の冷静な調子を保ってる様子だ。

 まるで悔しさをこらえるみたいに。


「どうだろう、我々と取引してくれないか?」


 そうか……なるほど、事情は分かった。

 そういうことならこの話、ハレーションにしたら乗って損はないと思うけど


「…………」


 冴子さんもみんなも、まだ悩んでるみたいだ。


「少し、考える時間をくれませんか?」

「……分かった。僕らは隣の部屋に行こう。答えが出たら、声をかけてくれ」


 そう伝えると西川さんらは席を立ち、会議室には俺たちだけが残された。





「どう……しよっか?」


 さっきまでずっと黙ってた由香。

 みんなだけになると、ようやく口を開きだした。


「正直、スケールが大き過ぎて……判断が追いつかないわ。でも、悪い話じゃないのは確かよね」

「……うん……きっとこれ、チャンス」


 悩む素振りがあるけど、冴子さんもいつきも肯定的だ。

 うん……正直、俺もそう思ったな。


 サンシャインは俺たちを利用し、その人気をより磐石なものにする。

 ハレーションもまた相手を利用して、アイドル業界への架け橋を建て直す。


 納得がいくギブ・アンド・テイクだ。


「私も賛せ――」

「あたし……やだな」


 声を上げようとすると、美咲のつぶやく声にカブってしまった。


「美咲?」

「だってさ、ウソつくんでしょ? あたしたちのファンのみんなに。それって……なんか裏切ってると思うな」


 そこか……まぁアクセルターボが用意するシナリオに沿うと、確かにそうなる。

 投稿動画で「ライブを乗っ取る!」と宣言しながら、もうその時点で相手と話がついてるわけだからな。


 その行為は、ファンを騙すことになる。


「あぁ、そっか……ん~」


 それを聞いて、由香も頭を悩ませだした。


「えぇ、でも……そこはね~」


 冴子さんも。

 否定と肯定の間で揺れ動いてる感じ……か。



「甘いよ、美咲」


 みんな優しいんだな。

 ……でも生憎、俺の方にはそこまで思いやるほどの余裕は無い。



「あゆみたん……」

「そうだね。この話に乗れば美咲の言う通り、今いるファンにウソをつかなきゃいけない……でも、それだけ?」


 みんなの表情がハッとなる。

 俺は今、どんな顔をしてるんだろうか。


 願わくば歩じゃなく、あゆみの顔のままであってほしい。


「そこを通り越した先にさ、きっと待ってるよ。アイドルとしての成功……ネットだけじゃなくテレビに出たり、オリジナルの曲を歌ったり。きっと、本物のアイドルになれる」


 ……そして、多額の現金も入る。


「このままネットだけやるならさ、誰も傷つけないよ? ても、それまで。そこから先は無い」


 フーチューブの広告収入。

 そこからハレーションの活動費を引き、さらに俺たちで5等分。


 そうして出来た金をコツコツ貯めたって、1000万円には遠く及ばないんだ。



「……あゆみ、わたしも同意見……」

「あっ」


 いつき……すると彼女も、強い眼差しでみんなを見た。


「動画の再生回数……最近、目に見えて落ちてきてる……」


 暗い表情。

 この娘も俺と同じ、現実派なんだろうか。


「このままじゃ短いムーブメントで終わる……何かしなきゃって、思ってた……」

「う、うん……」


 その様子を前に、美咲たちもだんだんと気が引けてきてる。


「チャンス……うん、やっぱりこれ、チャンス! たぶん西川さん、再生数のこと気づいてない。今の内に……!」


 そうだよな。

 やっぱりこの話、悩んでる場合じゃないよ。


 ボロが見つかる前に、畳み掛けなきゃ……!


「ね、みんな! 月形ドームを乗っ取るっていう、あの日のハッタリが現実になるんだよ!? ファンの人だって、きっと喜んでくれるって」


 まずはみんなの説得からだ。俺は声を張り上げた。

 大事なのは、俺たちが栄光を掴むこと。


 そのためのウソなんて……


「ウソは……墓場まで持ってこうよ。そしたら、バレない。誰も傷つかないよ」


 所詮は手段、方法だ。



「そ……っか。あゆみたん、そう思うんだ」


 美咲は悲しそうな目を俺に向けてくる。

 ……でも


「……ふふっ」

「美咲?」


 なぜか彼女は、吹き出すように笑った。


「んふふっ……ごめん、ちょっと思い出しちゃって。みんなでサンシャインのステージに乱入した時のこと」


 その笑顔は明るく、そしてたくましくも見えて。


「今もあの時と一緒なんだね。あたし、ファンが出来たのが嬉しくて立ち止まってたみたい」

「美咲ちゃん……」


 やがて由香も、それに感化されるように。


「やろうよ。アイドルは夢を見せるお仕事だもん! 現実のつらいとこは、あたしたちの胸の中に仕舞ってさ」

「うん……私も。うん、そうだね」


 頷きあう2人。

 どうやら吹っ切れてくれたようだ。


「……特にこの中には、何でも仕舞えそう……」

「わっ、きゃあ! いつきちゃん!?」


 そこにいつきが、いらぬちょっかいを……思わず目を逸らしてしまう。


「決まったようね」

「ええ。それじゃ、西川さんを呼んできます」


 冴子さんに目配せして、俺は会議室のドアの方へ――



「ちょっと西川さん! 俺のスケジュール、どうなってんの?」



 だが突然、ドアが独りでにバンッと開いた。

 そして向こうから、1人の男が。


「……あれ。君、誰?」


 そりゃこっちのセリフだ。いきなり現れて、誰って何だ。


 その男、着崩したシャツにほつれたネクタイ。

 頬の辺りまで伸びた髪は、金髪に染め上げている。


「西川さん……ありゃ、いないのか」


 顔は、まぁ……見れないこともない。

 どちらかと言えば、イケメンに属する方だろう。


「そっか~……あっ、ところで君」

「な、何ですか?」


 しかし、何だろう。

 この男が発する雰囲気……その場の空気を強引に自分中心にして、周りを巻き込むような。


「最近入った娘かな。俺のこと知ってる?」

「……」


 自身あり気なその顔が、じわじわと不愉快な気持ちを誘う。

 まだ名前も知らない相手だけど……俺はたぶん、こいつが嫌いだ。

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