第43話 あの人からお呼び出し
そして数日が経ち、今は放課後の学校――。
「洋介、今いいかな?」
「あ? 珍しいな、お前から話しかけてくるなんて」
帰り支度をしてる友人に、ふと声をかける。
いつもならさっさと帰りたいところだけど、今日はちょっとこいつに聞いてみたいことがあったから。
「この前さ、その……たしか、ハレーションとかいうアイドルを探してるとかって……言ってたよな?」
「お? おぉ、おぉ!」
思った通り、いいリアクションをしやがる。
「なんか最近、ネットに動画が投稿されてるって聞いてさ、評判とか……どうなのかなって」
聞きたかったのは、これだ。
動画の閲覧数が好調なのは、いつきから聞いてるけど、生のユーザーの意見もやはり気になるもので。
もしかしたら、今後の展開のヒントなんかも出てくるかもしれない。
「お~何、何!? 歩もハレーションのファンになったわけ? 誰推し? 誰推し?」
「いや、別に誰ってわけでも……」
まぁ、こうなることも覚悟の上なんだけど。
「何だよ、にわかか。じゃあ、通の俺が詳しく教えてやるから心して聞け!」
「うん、頼む……」
な~にをこいつは偉そうに……でも、いいか。
どんな口から出ようとも、情報に貴賎なしだ。
「まぁ、さ。俺もいろいろアイドル見てきたよ。そう、あれはまだ俺が5才の頃――」
「そういうの、いいから!」
「あぁ、ごめん! ハレーションね」
あぶねー、あぶねー。
危うく、数十分に渡ろうムダな講釈を聞かされるところだった。
「閲覧数すごいよな。40万とか、50万とか。でも俺が見るにな、あれは必然の現象だと思うぜ」
「……はぁ」
「今のアイドルってさ、実はどのユニットもコンセプトが似たり寄ったりなんだよ。みんな手堅く人気を得ようとして、1番人気のユニット……今はサンシャインだな。その亜流ばかりになってる」
あれ? 意外にまともな調子で喋る……
「まぁユニットの裏に控える作り手側はさ、金を出してるわけだ。だから、失敗したくないという事情は分かる。でも見る側としちゃ、同じものばかり見せられりゃ次第に飽きちまう」
冷静な分析。
この人、そんな頭良い人だったっけ?
「そうして、アイドル業界がゆるやかに停滞し始めた頃……現れたんだな、ハレーションは!」
「うん」
「突然、ライブ会場に乱入。所属事務所から解雇。そしてネットに何がしたいのかよく分からない動画を連日投稿……と」
よく見てる。
ちゃんとチェックしてくれてるんだ。
「わけわかんないよな。この娘たち、次は何をしでかすのかって目が離せない。ドキドキするよ……いや、ハラハラするって言った方が正しいかな」
「そう。そうなんだよ」
「だからな、その辺りの要素! それが今、ネット上のサンシャイン人気を呼んだんだと思うぜ」
なるほど。
いや~……なるほど。思わぬ一面を見た。
こいつ、アイドルに関しちゃ相当なメガネを持ってやがる。
「すごいな、洋介。感服したよ」
「おっ、そっか……ってことは、歩。やっぱお前、ハレーションのファンだろ~?」
あ、あれ?
そっちに行くか?
「いや……ただちょっと気になっただけ」
「隠すな、隠すな。アイドルを好きになるのは別に恥ずかしいことじゃないぞ。誰のファンか言ってみろ」
洋介はイスから立ち上がると、ぐいぐい俺の方に迫ってきた。
「美咲ちゃんか? それとも由香ちゃん――」
「いいだろ、誰でも」
嬉しそうな顔しやがって。
まるで『やっと仲間に巡りあえた!』って雰囲気を出してくる。
「いつきちゃん……わっ、そういう趣味が!?」
「勝手に決めんな」
まぁ振り返って考えると、こいつが誰かとアイドル談義をしてる姿は見たことない。
流行ってる漫画や、ニュースの話に合わせてるところしか……あぁ、だからこんなにテンション高いのか。
「はっは~ん。歩よ、語るに落ちたな。じゃあ残るは最後の1人、あゆみちゃ……ん、し、か……」
突如、洋介のぐいぐいにブレーキがかかる。
俺の顔に視点を定めたまま、停まる。
あっ…………ヤバイかも。
「…………」
無言のまま、キョロキョロと色んな角度から見回してくる洋介。
あ~……やっぱり。
「歩……あのさ、ちょっと変なこと聞くぞ」
「何だよ?」
「お前の顔、いわゆる女顔だけどさ。でも……それにしても、誰かに似てる気がしないか?」
まじまじと話す洋介……にわかにためらいを見せて。
「……本城あゆみにか?」
しかし、俺はそれを打ち消すようにさらっと答えてみせる。
「あっ!? あぁ……いや、俺も変だと思うよ。髪形が違うし、声も別人だし」
「それはな――」
髪はウイッグ。
声は喉の筋肉を調整して、高音にしてるんだ。
以前、サンシャインのステージに乱入した時にどさくさで習得した技だけどな。
その一方で、顔はいつもノーメイクだから誤魔化しようがない。
だが、それでも!
「あんまり言いふらすなって本人から言われてんだけどさ。あの娘、俺のいとこなんだよ」
「い、いとこ!?」
こんなこともあろうかと、本城あゆみに設定を考えておいたのだ。
「俺とあゆみは、たまたま同じ日に生まれてさ。お互いの母親がぜひ記念にしたいって、そっくりな名前を付けたんだよ」
「あ…………そうなの」
洋介は目を点にしてる。
……よし、疑ってはいない。
「まさか顔まで似るとは思わなかったけどな。でもまぁ、そういうわけだよ。ハレーションを気にしてるのも、ただの親戚のよしみなんだ」
「そっ……か。な~んだ、そっか」
驚いたと思ったら、今度はガクッと肩を落としてしまう。
よしよし。上手くいった。
「あ~あ、せっかく歩が俺と同じ道に来てくれると思ったのに」
「悪いな。でもお前の熱意、あゆみにしっかり伝えとくよ」
しかし、ペラペラとまぁ……俺のウソもそれなりに上手くなったな。
アイドル始めてから、こんなのばっかだ。
「あ……あぁ、ぜひ頼む! あのな、ライブとかテレビ出演とかそういうのやってほしいって伝えてくれよ。やっぱりファンはさ、近付きたいんだよ。ハレーションに!」
「わかった……」
ライブ……テレビ。
やはり、問題はそれか――。
そして、また日曜日の泉野邸にて。
「だから! いい加減、ちゃんとした内容にしなさいって言ってんのよ!」
「今のままで問題ない……たくさんの人が観てるよ」
撮影の合間のティータイム。
みんなでゆっくりお茶を楽しみたいところなのに、冴子さんといつきは口論を始めてしまった。
「あのね、言っとくけどそんなの今だけ! いずれ飽きられるんだから。現に少しずつ、閲覧数が下がってるじゃない」
「くっ……まだ30万回はある。これは多い方だよ……」
その原因は、他でもない撮影中の動画についてだ。
毎度毎度の行き当たりばったりの内容に冴子さんが苦言を呈すと、いつきがそれにムッとなって……という感じ。
「あっ、今日のお茶美味しい~。くんくん、何かいい匂いがするね」
「まぁ! お気に召しましたか、篠原さま。ローズヒップを加えてみましたの」
その一方で、残りのメンバーはテーブルを囲んで優雅に紅茶とクッキーをご賞味中でして。
「クッキーもあるのに。いつきちゃんも、冴子さんも……」
「まぁ、やらせとこうよ。そのうち気が済めばこっちに来るって。」
最初は2人の間に入ろうとしたけど、あまりに言葉のラリーが続くもんだから、みんなでお手上げしたんだ。
まったく……せっかく織本さんが、今日も紅茶を一番美味しい温度に仕上げてくれてるのに。
「……あっ、またやってるよ。サンシャインのCM」
「うん。もうあと2週間だっけね~」
由香と美咲の視線の先にあるテレビ。
そこではサンシャインライブin月形ドームのCMが流れていた。
「そういやさ~。あのライブ、いつか乗っ取るとか言っちゃったっけ」
何の気なしにつぶやいてみた……が、その後すぐ心に空しさが漂う。
あ~、言わなきゃ良かったと後悔。
「だって……まさか、事務所辞めさせられるなんて」
「う~ん、でもあのおかげで人気は出たよ? あたしたち、前よりか良くなった。前よりは……ん~」
向こうはテレビCMや音楽番組、雑誌などマスコミ関係に強いネットワークを持つメジャーアイドル サンシャイン。
この月形ドームライブのCMも、1日に1度は必ず目にしてしまう。
……かたや、活動場所はフーチューブのみ。
それ以外には何のコネクションも持たないぼっちアイドル ハレーション。
「こっちも、ネットの中じゃ人気なんだろうけどな~」
こんな状態でライブを乗っ取ろうとしたら、もうそれは犯罪行為になっちゃうな。
前みたいな悪ふざけじゃ済まない。問答無用でしょっ引かれちまう。
「いつき、あまりこんなこと言いたくないんだけどね。私は! ハレーションのマネージャーなのよ」
「……ふ~ん」
まだやってる。
2人とも、お茶いらないのかな。
「じゃあ……お言葉ですが、マネージャー様……あんた今、何の役に立ってんの?」
「な、何ですって!?」
う、うわぁ~。相変わらずきっついことで。
なら、勝負はもうそろそろ……かな。
「あの、ほら! みんなと一緒に撮影、頑張ってるじゃない?」
「うん。カメラに映ってるわたしたちは頑張ってるよ……でも、冴子さんのやってることって……」
たじろぐ冴子さんに、いつきはじりじりと距離を詰める。
「ビデオカメラのタイマースイッチが入ったら……カメラ回りま~す。スイッチが消えたらストップ~……って言うだけ……だよね?」
「ぐぐっ……」
言うか、それを。
みんなあえて気を遣い、今まで見て見ぬふりをしてきたのに。
「それさ、別にやらなくてもいいん……だよね。スイッチの光見れば、誰でも気付くようなことだし……」
まぁね、その通りなんだけどね。
でもさ~、たとえ無理矢理でも仕事を与えてあげないと、ほら。
冴子さんの立場ってのが……
「じゃあ、何? 私はいらないっていうの?」
「……っていうか、いてもいなくてもどっちでもいい……」
その言葉を聞くと同時に、ガクッと膝から崩れ落ちた冴子さん。
可哀想に……いい年した大人に今のセリフはつらかろう。
「ぷふっ……またいつでも相手になるよ……」
勝ち誇った様子で捨て台詞を残すと、いつきはそそくさとこちらのテーブルへ。
クッキーをついばみ、みんなと一緒にお茶を楽しみだした。
「冴子さん、もうこっちに来なよ」
数分経っても、まだ彼女はうずくまっていた。
さすがに見兼ねてしまうので、席を立とうとすると
ピリリリッ、ピリリリッ!
ケータイの着信音が鳴った。
その発信源は、冴子さんのポケット。
「え~っと、だれだれ…………はっ!?」
いそいそと体勢を直しながら、ケータイを手に取る冴子さんだったが、その画面を見た途端に表情が止まってしまった。
……誰からの電話だろう?
「に、西川チーフからよ」
「えっ……!?」
こちらに向けられたケータイの画面には、遠めだが『西川チーフマネージャー』と表示されていた。
俺たち4人も、思わずそれにハッとしてしまう。
「冴子さん、出ないの?」
「ん……ん~、出た方がいいのかなぁ……」
「まだ鳴ってる……」
応対すべきかどうか……みんなが迷ってる間も、着信音はずっと鳴り続けていた。
「とりあえず、出てみたら? 何言われたって、どうせクビになってるし。今より悪くなりようがないよ」
「う、うん……」
半ば投げやりな俺の意見を受けて、冴子さんはおそるおそる電話を取る。
「はい、室井です。は……はぁ、ご無沙汰してます。どうも……はい…………えっ、えぇ!?」
最初はオドオドとした感じだったのに、急にビックリしだした。
西川さんに何を言われてるんだろう……?
「は、はい……では、検討してまた後日に。はぁ……失礼します」
エアお辞儀を何度か繰り返し、ピッと電話を切る。
「どうしたんですか、冴子さん? なんか驚いてるみたいだったけど……」
由香が察する通り、電話を離した今も冴子さんはそこに茫然としている。
「あのね……なんか今度、みんなでアクセルターボに来てほしいって。仕事を依頼したい……とかで」
「えっ、えぇ!?」
数分前の彼女とおそらく同じリアクションを、テーブルを囲む俺たちも再現してしまった。
数日後、俺たちは思い出のアクセルターボビルの前に立っていた。
「ねぇ、ホントに入るの?」
「ええ……でもやっぱこのビルの前に来ると、足がすくむわ~」
たしか1ヶ月と少し前だったか。
この場所で、みんなに事務所から解雇されたと伝えられたのは。
「冴子さん……あのライブ乱入の件は……ちゃんとカタがついたんだよね?」
「それは大丈夫なはず。金銭的な損失は無かったから、あの一件は私たちのクビで責任を取る形にされたんだもの」
「でもでも! どんなこと言われるか、まだ分かんないよ?」
みんな不安な様子だ。
かくいう俺だって……
「まぁ、さ。一度クビにした連中をわざわざお招きするんだ。怒るだとか、イヤミ言うみたいなつまんない用事じゃないと思うな。少なくとも……」
と、思う……けど。
なんせ、今回ばっかりは相手の考えが読めないな~。
所属事務所を失い、業界的にはアイドル(自称)に堕ちた俺たちだ。
この期に及んで、むこうが落とし穴を仕掛けてくるとは思えないけど。
「じゃあ……じゃあじゃあ、行こうよ! お仕事貰えるんでしょ!」
「あっ、美咲」
ヤケクソ気味に1歩を踏み出した美咲を先頭に、俺たちはビルの中へと足を踏み入れていった。
「おはようございま……あら、室井マネージャー。お久しぶりです」
「おつかれさま。正確には、もうマネージャーと言えないけどね」
受付のお姉さん。
この人の顔を見るのも、しばらくぶりだっけ。
「あはは……西川チーフマネージャーよりご用件は承っております。3階の第1会議室までどうぞ」
「うぅ……チーフの顔、見たくないわぁ」
冴子さんは見るからに憂鬱そうだ。
「…………」
いざ、ボスキャラが待ち構える扉の前。
「冴子さん」
「わ、分かってるわよ……え~い、ままよ!」
深めの深呼吸を一息つき――
「失礼します!」
扉をバンッと開いて、俺たちは会議室の中へ。
「やぁ。しばらくぶりだね、君たち」
会議室の中は、少し広めの教室ぐらいのスペースだった。
長机とイスがいくつか連結して並べられている。
そして、その一画に西川さんは座っていた。
また、両隣の席に2人のスーツ姿の男もいる。
やたら体格がふくよかな人と、それに反比例するように細めの身体の人。
2人とも初対面だ。
「あ……ご無沙汰してます……チーフ」
冴子さんは呆気に取られた顔で、それに相対する。
よっぽど緊張してたのかな。
西川さん、以前とほとんど変わらない感じに見えるけどな。
「わざわざ呼び出して、すまないね。まぁまぁ、よければ向かいの席にかけてくれよ」
うん。このちょっと癪に障る紳士ぶりも相変わらずだ。
とはいえ……この人が俺たちをクビにした張本人だからなぁ。
「――しかし、君たちがフーチューブで活動を始めるとはね~。しかも随分な人気なようで。結構、結構!」
他愛もない談笑。
西川さんは俺たちの近況などを聞くと、朗らかに笑ってみせた。
「なんか……拍子抜けだね」
西川さんと2人の男に対面する形で、俺たち5人も横1列の席に座っている。
隣りに座る美咲が、ひそひそ声で話しかけてきた。
「うん……前に聞いた話だと、西川さん相当怒ってたんだろ?」
「冴子さんはそう言ってたけどね~……」
2人一緒に首を傾げてしまう。
いや、見ると俺たちだけじゃなく、他のみんなもイマイチ狐につままれたような顔を並べてる。
別にここで怒られるとも思ってなかったけど、こうしてな~んか……取って付けたように歓迎されるのも、それはそれで不自然だな。
「僕らもマスコミ媒体に頼らない形で、アイドルを売り出せないかと――」
「チーフ、そろそろ用件の方を」
「あぁ、そうか。僕としたことがうっかりだ」
雑談っぽい会話を続ける西川さんだったが、そこに細めの男の制止が入る。
「冴子くん、そしてハレーションの諸君……」
すると西川さんは机の上で両手の指を組み、顔つきも急に真面目な様子で話しだした。
「は、はい……」
いよいよ本題か。
この人、一体何を目的に俺たちを呼んだんだ。
「実は、折り入って頼みたいことがあってね。君たちの力をぜひ、我々に貸してほしいんだ」
こんなデカイ事務所を相手に、俺たちが力を貸す必要なんて無いと思うが……あっ、まさかまたサンシャインのドブさらいをやれとか言うんじゃ――
「サンシャインライブin月形ドーム。このイベントに、ハレーションの出演を依頼したい」
ド……ド、ド、ド、全然ドブじゃねーよ!!




