第39話 垣間見た上流社会
ピンポーン。
「……はい、泉野でございます。どちら様でしょうか?」
門の傍にあったインターホンを押すと、すかさず家の人に応対された。
女性の声みたいだけど……家族の誰かだろうか。
「あの、私たち由香さんと同じメン……いや、友達です」
「あぁ、由香お嬢様の……かしこまりました。ただいま、そちらに向かいます」
なんかやたら丁寧な受け答えだったな。
それにお嬢様って……この家のお手伝いさんをやってる人なのか?
ン~ン、ン~ンン。
「……あれっ? 何かしら」
カオルちゃんの持つケータイが鳴った。
バイブレーション機能にしていたようで、音は鳴らない。
「はい……はい。えっ、これから…………あ~、わかりました」
電話するカオルちゃんは、どこか低姿勢な様子だった。
電話口の相手に向けて、エア会釈を繰り返している。
「……っと。ごめんね、みんな~。仕事が入っちゃったわ」
電話を切るや否や、残念そうにこちらに両手を合わせてくるカオルちゃん。
同時に腰をしゃなりとくねらせるその仕草には、思わず引きつるものが……って、俺も人のこと言えないんだった。
「あ~……また例の人からね。いいわよ。ここまで送ってくれて、ありがとね」
「ごめんね~……フリーの立場ってツライのよ」
冴子さんに断ったカオルちゃんは、そのままワゴン車に乗り込み、どこかへと行ってしまった。
「お待たせ致しました。本城さま、篠原さま、猪瀬さま、室井さま。お話は、お嬢様より伺っておりますので」
そして返す刀で、家の方から1人の……メイドさん? がやって来た。
声からするに、さっきインターホンで応対してくれた人みたいだけど。
「ひっさしぶり~! 美香さん。元気してた?」
「えぇ、篠原さま。おかげさまで……本城さま。お初にお目にかかります。私、泉野家で由香お嬢様の侍女をさせていただいております織本 美香と申します。以後、お見知りおきを」
両手を腰の前に置き、深々とお辞儀をされる。
侍女って……しかも由香1人のって……なんか、この家の生活レベルが計り知れるな。
「……はいっ、どうも。はじめまして! 本城あゆみといいます」
織本さんに合わせるように、俺も深めのお辞儀をしてみる。
もっとも織本さんの洗練されたものに比べ、かなり不恰好な姿勢であるけど。
「ふふっ、可愛らしい方ですね。では、参りましょうか。お嬢様もお待ちですし」
織本さんに案内されるまま、俺たちは泉野家の敷地内へと入っていった。
「え~……へ、はぁ~……」
いざ足を踏み入れてみると、周りはまるで別世界の景色だった。
門の外から見えた物以外にも、何やら立派そうな彫刻の数々、豊かな森林に家屋敷、そしてそれらを包み込むドーム球場クラスの敷地面積……目に映るもの全てに圧倒されてしまう。
俺はそれらにいちいち感心しては、とぼけた嬌声を上げてしまっていた。
「……あゆみ。じろじろ見過ぎだよ……」
「あ、あぁ。そっか」
そのサマがよほど間抜けだったのだろうか、いつきに注意されてしまった。
「んふっ。まぁ、私も最初は驚いたもんだったわ。それに、あゆみは特にこういう暮らしとはかけ離れてるもんね」
「うっ……まぁ、そうだけど」
冴子さんにまで口を挟まれる。
……そんなに変に見えたか?
「えっ、あゆみたんちって苦労してるの?」
「はぁ!? う、うん。そうだよ……」
美咲め、あっけらかんと聞きやがったな~。
悪意が無さそうなのが、余計にタチが悪い。
「あぁ、あゆみはね。ハレーションに入ったのも大金を稼ぐためって言うくらいだから。なかなかのモンなのよ」
「ちょっ、冴子さん!?」
よ、余計なことを……その辺の事情は今までずっと誤魔化してきたのに。
「あぁ、そうだったんだ」
「……なんだ。わたしと一緒」
あれっ?
美咲もいつきも、特に反応してない。
「あの……2人とも、引いたり……しないの? 今まで、一応隠してたんだけど」
「ん~ん、別に。そういう娘って割と多いよ。あたしだって、人気者になりたくてアイドルやってるし」
「気にするほどじゃないよ……」
そっか……別に良かったのか。
なんか、ほっとしたな。肩の荷が下りたような……
「もう、そんなの今さらじゃん! やめよ、隠しごとなんて……ウチらの仲でしょ~?」
そう振り向き様に見せた美咲のまぶしい笑顔。
「…………うん」
言えないな。
俺が彼女たちに今もつき続けてる最大のウソ……こればっかりは、言うわけにいかない。
「さぁ、みなさん。こちらですよ~」
いつの間にか一行が辿りついたのは、敷地内の外れにあるちょっと小さめの家だ。
……と言っても、一般家庭と比べれば十分な大きさなんだけど。
4人家族ぐらいなら普通に暮らしていけそうな、落ち着いた佇まいだ。
「お嬢様は中でお待ちです。どうぞ……」
織本さんに誘われ、俺たちは家の中へと入っていく。
「あっ、みんな。いらっしゃい」
織本さんに通されたある一室。
そこに由香は待っていた。
「ごめんね~。門からここまで遠かったよね」
そう労う彼女の口ぶりに、嫌味は感じられなかった。
……それは、ホントに育ちが良い証拠だ。
学校の教室ほどの広さの洋室に、1人佇む少女。
シックな内装が、彼女のおしとやかな雰囲気を妙にかもし出している。
「うぅっ……!」
「ちょうど紅茶が入ったの。まずは一息つこうよ」
緑地のワンピースに身を包み、穏やかな微笑みをこちらに投げかけてくる。
普段のその……鈍くさい彼女のイメージとはかけ離れて見えてしまう。
なんかキラキラしてる。
「いえいえ……その、とんでもない。こんな立派な家に……私なんかを呼んでいただいて」
ワケもなく、自分のことがみじめに思えてしまった。
「? どういたしまして……」
それを見た由香は、不思議そうに首を傾げている。
「じゃあ、撮影始めようか」
それから少しして、みんないよいよ今日の目的に取り掛かった。
「うん、じゃあ……」
「……少し待ってて」
美咲がビデオカメラ一式を、いつきがモバイルPCを、それぞれ持ってきたカバンから取り出す。
「はい、こっちはオッケーだよ」
三脚を立て、その上にカメラをセット。
スタンバイ完了だ。
「時間は3分。その間に上手くまとめよう」
そしてパソコンとビデオカメラをケーブルで繋ぐいつき。
「タイマーをセット……ネットにも接続……っと」
「じゃあみんな、カメラの前に」
俺たち4人はカメラから少し距離を置いて、横並びになる。
大した機材も無いので、背景はこの部屋そのままだ。
何にせよ、これから撮る動画がハレーションの運命を切り開くことになる……!
「あっ……じゃあ私、カメラ回す役ね」
みんなが立ち回る中も、ずっと手持ちぶたさにしていた冴子さん。
役割を見つけたとばかりに、そそくさとカメラの傍に陣取った。
「さぁ、いくわよ!」
「あっ、ちょっと待って」
美咲がそそっと前髪のほつれを直す。
「はい、いいよ」
「スタート!!」
カメラのスイッチが赤く光り、いよいよ録画が始まった。
「あ、あの~……こんにちは」
とりあえず、挨拶してみる。
「……」
ジーッというカメラが回る音がするだけで、反応は返ってこない。
……当然か。
「あのねっ、あたしたちハレーションで、それからそれから今、困ってて!」
すると美咲が、急ぎ早に喋りだした。
なんか焦ってるらしい。頬が紅潮してるぞ。
「……」
由香はそれを伺いつつ、静観している。
口元に手を当てるその仕草は、どこかおずおずとした雰囲気。
「それで、え~っと、この動画を観てくれた人にハレーションを応援して欲しいな~って」
「……お願いしま~す」
困ったような笑顔を浮かべつつ、小さく手を振る。
うん、引っ込み思案なその感じ……
「私たちに……もう味方はいない。頼りになるのは、あなただけ……」
「……」
今度は無言で、カメラに向かって上目遣いの視線を送る。
ほんのり瞳を潤ませながら。
由香さん……由香さんよ。
あんた、なかなか良いポジションを狙ってくるじゃねぇか。
最初は周りの様子を伺うだけだったのに、ここだと隙間を見つけたら、すかさず攻めてくる……それは一流のやり方だよ。
「サンシャインのファンのみなさん、この前は私のせいでお騒がせしちゃって――」
「ごめんなさい!」
まぁ、それが彼女の本質と言えば、そうなんだけど。
持って生まれた末っ子気質って奴だろうか。
居心地の良いテリトリーを維持するため、たぶん本人は無自覚でそれをやってる。
今までは、最初の周りを伺う段階だけだったけど……今は違う。
彼女はもう、前に進もうとしてるから。
「えへへ……お姉ちゃん、観てるかな」
この娘はこれでいて結構、こずるいんだ。
ほんの10日前に露になった彼女の恥部を、俺は忘れてない……
「えっと、え~っと……あと何か言うことは~」
今日までのハレーションの顛末をみんなで話し終えたところで、カメラの赤い光が点滅を始めた。
「みんな、また観てね~」
するといつきがカメラに向かって手を振り、動画を締める。
ちょっと強引な流れだったけど……しょうがないか。
「……はい。カット!」
録画スイッチの光が消え、冴子さんの合図が入ると、みんな肩の力が抜けたようにその場でハーッと息を吐いた。
「今のを公開するの?」
「うん……なかなか良かったよ。慣れてなくて、観る人を不安にさせる。でも、その感じがむしろ……って評価を期待できるよ」
パソコンを操作しながら、いつきは満足そうに微笑んでるけど……果たしてそうだろうか。
俺にはただ、素人が作った出来損ないのホームビデオにしか感じられなかったけど。
「じゃあ次。メンバーそれぞれの自己紹介を撮っていこう。まずは、わたしがやってみる……」
いつになく、テキパキと動いてみせるいつき。
やっぱりこういうネット関係のエンタメは、彼女の得意分野なんだな。
「……カメラ回しま~す」
冴子さんは、どこかバツが悪そうだった。
――そしてまた1週間後の日曜日。
俺は電車に乗り、来週分のハレーションの動画を撮影するため、再び泉野家に向かっていた。
先週はカオルちゃんのワゴン車に乗って行ったけど、今日はあいにく別口の仕事があるそうで。
まぁ、そう何度も送り迎えに使っちゃ悪いしな。
家に到着すると、織本さんに通されて、また例の撮影部屋へ。
「あっ、遅いよ~。あゆみた~ん……!」
「あのね、あのね、あゆみちゃん……」
みんなは既に揃っていた。
でも何だろう? どこか表情が震えてるみたいだぞ。
「あゆみ……くくっ。わたしたち、すごかった……」
でもその中で、いつきだけが不敵の笑みを見せている。




