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第37話 道はまだ残ってた

 あれから1週間が経った。


「――それで、来週から期末テストに入るわけだが――」


 ここは学校。そして今は帰りのホームルーム。

 平凡な高校生 本城歩は、担任教師のお話を軽やかに聞き流しています。


「きりーつ、れい」


 学級委員が号令をかける。

 そして、今日の授業が終わった。



 ざわざわ……がやがや。


 本日の業務から解放されたクラスメイトたちは、それぞれに帰り支度をしたり、数人で雑談し合ったりしている。

 そんな中、俺は机の上に肩肘を立てながら、1人考えごとにふけっていた。


 ハレーションが解雇され、メンバーが一旦バラバラになって1週間。

 俺のケータイに着信は入ってない。

 活動再開に向けて奮闘してるであろう冴子さんからの連絡も無いし、由香たちとも何となく話す機会を見つけられずにいる。


 このまま、ただ待っているだけでいいんだろうか……そんな焦りが、ここ数日の俺の悩みのタネだ。


 所属する事務所がない以上、ハレーションはアイドルとして活動できない。

 しかし今、世間では少なからず俺たちのことが話題になってるはずなんだ。


 あのサンシャインライブ乱入事件のあと、いつきがスマートフォンで見せたネット上の大きな反響。

 あれをこのまま放っておいて良いものだろうか。


 鉄は熱いうちに打て、という。

 世間がハレーションに注目し始めている今こそ、俺たち側から何らかのアクションを起こさなきゃいけないはずなのに……!


「よっ! このところ暇そうだな」


 辛辣な気分をいきなり台無しにするような声が、耳に届いてきた。


「……洋介。人が考えごとしてる時に」

「考えごと? は~……お前ってさホント、ぼっち属性高いよな」


 顔を見せるなり、呆れた表情の友人 石本洋介。

 大きなお世話だ。放っておいてほしい。


「もっとこう、世の中に興味持てよ。今、アイドル界は大変な騒ぎになってるんだぞ~」

「…………どういうことだよ」


 いつもならスルーする洋介のアイドル談義。

 でも今回は……不覚にも、ちょっと期待を寄せてしまった。


「おっ、珍しく食いつくな。あのさ、現れたんだよ! 新風を巻き起こしたとんでもないユニットが!」

「へ~」


「ハレーションっていう4人の娘たちなんだけどさ。この前のサンシャインのライブ中に急に現れたと思ったら、次回のドームライブを乗っ取る! って宣言してさ、そのままいなくなったんだよ」

「へ、へ~……」


「その破天荒ぶりにファンが急増! でも何故か、事務所のサイトからプロフィールが消されててさ。彼女たちが今どこにいるか、誰も分からないんだよ」

「そう……なんだ」


「俺もどうにか彼女たちを追いかけたくてさ、ネットの中をいろいろ探してるんだけど――」


 うわぁ……ヤバイ!

 おそらくそうかな……とは思ったけど、実際にこうして口に出されると。


 現実感がどっと押し寄せてくるようだ。つい興奮してしまう。


「何、顔を沈めてるんだ? ほら、これ見てくれよ」


 そう言うと洋介は、ポケットからスマートフォンを取り出してきた。


 その画面に映し出されているのは、あるウェブサイト。

 『フーチューブ』という、どっかで見覚えのあるサイトだ。


「ここにさ。芸能事務所に所属してない地下アイドルとかが、よく自分たちの動画を投稿してるんだけどさ~……ここにもいないんだよ」

「……な、何!?」


 俺は思わずイスから立ち上がり、洋介が手に持つスマートフォンに飛びついてしまった。


「これ、このサイトってその……動画の投稿なんて、出来るのか?」

「何、驚いてんだよ? フーチューブの動画投稿なんて、今や結構な人たちがやってるぞ。歩はつくづく、こういうのに疎いよなぁ」


 事務所に所属してないアイドル……動画投稿……フーチューブ!!


 それぞれの点が1本の線に結びつき、俺の脳にある答えを指し示した。


「ありがとな、洋介。それじゃ!」

「え、えっ? 何が……」


 戸惑う友人を置いて、俺はそそくさと教室を飛び出した。



「あっ、お兄ちゃん! 今日も来てくれ――」

「恵、パソコン貸してくれ!」


 学校を出ると、俺は真っ先に岬診療所……その2階にある恵の病室を目指していた。


「う、うん。いいけど……走ってきたの? 息、ぜぇぜぇ言ってるよ?」


 妹が怪訝な顔をしている。

 見舞いに来た兄貴がいきなりこんな様子じゃ、そりゃそんな顔にもなるだろうな。

 でも、今はそれよりも――


「フーチューブ……フーチューブ……」


 ぶつぶつと呟きながら、慣れない操作を試みる。

 俺が普段使ってる通信手段は、手持ちのガラケーのみ。

 この手のパソコンやらスマートフォンの扱いには、とんと縁が無い。


「恵、インターネットってどのボタン押せばいいんだ?」

「…………お兄ちゃん」


 恵が口をぽかんと開けてる。

 真面目に聞いてるのに……



「ブラウザを開いて、フーチューブならお気に入りに入れてるから――」


 恵が慣れた手つきでパソコンを操作してくれてる。

 ネットについて何も知らない兄貴の不甲斐なさに、妹は見兼ねてしまったようで。


「ほら、アクセスできたよ」

「あ、ありがとう。それでさ、そこに動画を投稿するのってどうやるか分かる……かなぁ」

「……も~」


 恵はちょっとむくれた顔を見せると、すぐに俺の要望に応えてくれた。

 しょうがなくという口ぶりの割には、嬉しそうな顔をしてる。


「あっ、見つかった。うんうん、別に難しくないみたいだよ。自分で撮影した動画があれば、誰でも投稿出来るみたい」

「はぁ……なるほど。そうか、ホントに簡単なんだな」


 画面には、動画のアップロードに関するガイドラインが書かれていた。

 読んでみると、やはり難しいことはないみたいだ。

 資格や審査も必要なく、誰でも気軽に参加できるシステムらしい。


「へぇ~…………あっ!」


 慣れない手つきでマウスを操作する俺の目に、ふとある一文が止まった。


 ・広告収入

  投稿した動画に企業の宣伝広告を付けることで、あなたに収益の一部が支払われます。


「収入まで入るのか……」


 予想外の朗報だ。

 この上、金まで貰えるとは知らなかった。


「お兄ちゃん、ここに動画投稿したいの?」

「あっ!? いや、そうじゃなくて……」


 首を傾げる恵に、俺はどう答えるべきか……女装してアイドルやってることは、万が一にもバレる訳にいかないし。


「友達がさ、やりたがってんだよ。アイドル好きの奴でさ。いかに自分が凄いファンか、動画でアピールしたいんだって」

「そ、そうなの……」


 苦笑いを浮かべる妹に、俺は一抹の安心を覚えた。

 これで無闇に検索される心配も無いだろう。


「ありがとな、恵。おかげで知りたかったこと、全部分かったよ」

「そっか。良かった~」


 満足そうな笑みを浮かべる恵。

 俺も、もちろん満足してる。


 そもそも、ただ情報を調べるだけなら教室で洋介に聞くだけでよかった……でも


「お兄ちゃん! 分かんないことがあったら、また恵に聞いてね」


 恵のこんな得意気な顔、滅多に見られないもんな。



 岬診療所を出ると、俺は冴子さんや美咲たちにしばらくぶりの電話をかけた。


「もしもし。明日の夕方、集まれるかな? 作戦があるんだ――」




 繁華街の中心にあるハンバーガーショップ。

 ここの2階にあるテーブル席に俺は1人、座っていた。


 イスは全部で6脚ほど。1人分余る計算だな。

 さらに自分の服装を見直せば、Tシャツにスカート。そして頭にウィッグ。

 本城あゆみのいつものスタイルだ。


 準備は万端。

 あとは来訪者を待つのみ……


「あっ!」

「やっほ~。お待たせ~!」


 少し離れたところの階段から、トレーを持った女子高生がこちらに向かってくる。

 白地のセーラー服に、膝の上まで折り曲げられたスカート。


「あゆみたん、1週間ぶりだね。元気してた?」


 髪型は普段の短めツインテールじゃなく、まっすぐなロングヘアーになってる。


「う……うん。美咲も元気そうで良かった」


 こう……何だろ?

 髪型や服装1つで、女の子のイメージって変わるもんだな。


「あたし、あゆみたんの隣りね! みんなも、もうすぐ来るよ」

「……そっか」


 いつきや由香たちももうすぐ来るか…………早く来てくれないかな。

 ハンバーガーショップで同年代の女の子と2人きりの相席……別に意味は無いんだけど、妙に照れてしまう。


「……」

「あっ、来た。いつきた~ん、こっちこっち!」


 美咲が手を振ったのは、次に階段を登ってきた小さな女の子。

 オレンジ色の生地に、アクセントのリボンが装飾されたワンピースを着ている。

 そして、その背中にしょってるのは……ランドセル?


「……あゆみ、来てあげたよ……作戦って何?」


 こういう姿を見ると、改めてこの子がまだ小学生なんだってことを思い知らされるな。


「ちょっと待って。由香と冴子さんが来てから」

「……勝算はあるのか?」


 言動の方は、とても年相応のものとは思えないけど。

 いつきはテーブルの上にトレーを置くと、美咲の前の席に座った。


「んふふ。ありがとね、あゆみたん。こんな風にみんなと会わせてくれて」

「あぁ、うん。私もね……このままじゃ良くないかな~って」

「そう……今は焦らなきゃいけない時……」


 いつきが来てくれて、何だか調子が戻ってきた。

 歩としての自分がひとまず裏側に引っ込んで、代わりにハレーションのあゆみが表側に現れてくる感じだ。


「あっ、あれ……」


 ふと店内を見ると、1人の女の子がトレーを持ちながら辺りをウロウロしていた。

 首の方まで伸ばしたボブカットの髪に、黒ブチの大きなメガネ。

 身を屈めながら歩いているので、顔はよく見えない。


 でも彼女が着ているブレザーの制服。

 150センチぐらいの身長の割には、サイズが大きめでブカブカだ。

 トレーを持つ手が袖口で埋まってしまい、いわゆる『萌え袖』になってしまっている。


 その理由は……1つ。

 彼女の身体のうち、ある1点だけが異常に発育してるからだ。


「由香た~ん……あれっ、聞こえてないかな?」

「お~い、こっちだよ。おっぱいさん……聞いてますか、おっぱいさ~ん!」


 いつき。店内に響くような大声で何てことを……


「ちょ、ちょっと、やめてよ~!」


 慌てて、こちらの席に駆け込んでくるその女の子。

 待ち人来たり。由香だ。


「その大きな制服、やっぱり着づらくない? せっかくの由香たんのチャームポイントも隠れちゃうよ」

「いいの! 隠したいんだから……」


 顔をほのかに赤らめつつ、由香は俺の前へと座った。



 さて、こうなると残りはあと1人だが……あっ!?


「…………」


 その人はちょうど、階段からこちらの席に向かってる最中だった。


「あ、あの……」


 卑屈そうな上目遣い。さらにその下にある大きなクマ。

 いろんな所を伴走したのであろう、着ているレディーススーツにも、ところどころくたびれた跡が見える。


「……はあぁ~」


 こちらの席にたどり着くなり、ため息を吐かれた。

 その目つきには、重く暗い睨みが効いていて……


「冴子……さん?」

「働きたいっつってんのに。どの会社もクソよ、クソ……潰れろよ」


 この1週間、彼女の成果の程がどうであったか……今日は聞かないでおこう。


「ま、まぁ冴子さん、ここ座って。それじゃ、みんな揃ったね」


 冴子さんを隣りの席に座らせ、俺は昨日思いついた作戦をみんなに話し始めた。


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