第33話 追いかける少女たち (視点変更:篠原美咲)
「チャンス、取り返してくる」
そう言って、あゆみたんは控え室を出て行っちゃった。
取り返すって……何するつもりなんだろう?
ん……あっ、わわわっ!
「美咲……」
「……」
「あっ! その……ね。みんな――」
いつきたんも由香たんも、ずっとこっち見てる!
あゆみたんいなくなったら、急に恥ずかしくなってきちゃったよ。
あたしったら、あんな大声で……わ~、しかも何か泣いちゃってるし。
やだな~、もう。
「あ……あいつ、まさかっ!?」
何? 冴子さんが急に大声上げた。
それから急いで、控え室に置いてあるモニターの電源を入れて……あっ、映った。
これ確か、ステージが今どうなってるか確認するためにあるんだよね。
だから当然、玲奈たんと麗さんが映って……えっ、あれ?
「あゆみたん……!」
「あ、あゆみ」
「……あゆみちゃん!?」
「…………あのバカ」
みんなビックリしてる。
だって、そりゃそうだよ。
『どうも~、こんにちは。ハレーションの新人アイドル 本城あゆみ 15歳です! 今日はメンバーのみんなを代表して、お邪魔させていただきました~』
ステージに今、あゆみたんがいるんだもん!
「冴子さん、あれって」
「あんなの、段取りにないわよ。あの子が勝手にやってるの。なんてこと……」
やっぱり、そうなんだ。
あぁ、冴子さんがうな垂れてる。
顔色も青ざめていって……相当ショック受けてるみたい。
「あゆみちゃん、なんであんなこと……」
由香たんも、心配そう。
「……! 今すぐ連れ戻さなきゃ――」
冴子さんは急に頭を上げると、すぐにドアから出ようとした。
でも
「……止めちゃダメ」
いつきたんが、ドアの前で通せんぼしてる。
小さな体を両手一杯に広げて、冴子さんをにらんでるよ。
「いつき? 何やってるの、そこをどきなさい」
「――ダメ!」
冴子さんはそれに構わず、強引にドアノブを握ろうとした。
でもいつきたんは必死に抵抗して……冴子さんを突き飛ばしちゃった。
「……いつき」
床に尻餅をついた冴子さんは、怪訝な目でいつきたんを見てる。
「あゆみの邪魔、しないで……」
いつきたん、普段ならこんなケンカみたいなことしないのに。
……いつもより怖い顔してる。
「そういうわけにいかないでしょ! あゆみは今、ライブの邪魔をしてるのよ? 早く引っ込ませなきゃ、取り返しのつかないことになるわ」
「取り返し……?」
すぐに立ち上がった冴子さんは、お尻をパンパンと払いながら、なおも前に向かおうとしてる。
でも、いつきたんも全然引こうとしてない。
いつきたん……
「取り返すものなんて無いよ。だってわたしたち……まだ何も手に入れてないから……」
「ん……? まぁ言いたいことは分かるけど、そんな事態じゃないのよ。西川チーフもきっとカンカンに――」
「もう、いい加減にしろ!!」
控え室中に轟いた、いつきたんの罵声。
普段とはあまりに違うギャップの大きさ。
そのせいか、みんな黙っちゃった。
「あんたがそんなだから、わたしたちは何時まで経ってもステージに上がれないんだ! 普段は破天荒ぶってるくせに、いざとなったらこれだ!」
「……!」
たじろぐ冴子さんに、いつきたんはさらに攻め立てる構え。
「あんた、今まで何した? 何をわたしたちにしてくれたの!?」
「…………やったわよ」
あ……冴子さんの目も怖くなった。
「これでもマネージャーとして、出来ることは全部やってきたつもり。仕事をおろそかにした覚えなんて無い」
「そ、そうだよ。ね、いつきたん。冴子さん、ずっと頑張ってたじゃん……」
『――心外ね。私たちは次のライブの告知のため、ここにいるだけよ』
ステージの方も気になるけど、この2人の雰囲気も……あ~、もう何かメチャクチャだよ~!
「っ……!」
いつきたん、何か言いかけようとしたけど、途中で踏みとどまったみたい。
たぶん……考えてるんだ。
「……そんなの分かってる。冴子さんのこと、見てたから。いつも感謝してる……」
「いつきたん……!」
そうだよね。
いつきたんは優しい子だもん!
いつも周りを気遣ってくれる。
ライブであたしの自己紹介が長くなっちゃった時は、わざと自分の時間を短くしてくれたり――
「でも、それじゃ……」
……いつきたんは、哀しい顔をしてた。
「真面目に頑張るだけじゃ、何も変えられない。学校のお勉強とは違うから……アイドルは」
そう……だね。
悲しいけど、それが現実。
アイドルになった女の子がみんな幸せになれるほど、この世界は甘くなかった。
輝けるのは、その中のほんの一握り。
トップに立った娘たちだけ。
……もう受け入れよう。
『ハレーションは、サンシャインみたいな……人気アイドルじゃありません』
あゆみたん、頑張ってるなぁ。
たった1人なのに……
サンシャインや会場のお客さんからどんな目で見られているか。
それ考えたら、絶対辛いのに。
「あゆみはすごい……わたし、見直した。あんなこと、思いついても普通は出来ない……」
「まぁね。実際、大した度胸だと思うわ。でも……その分、代償だって大きいのよ?」
いつきたんは感心してるけど、冴子さんの方は呆れた顔をしてる。
「あゆみは明らかに、ライブの妨害行為を働いてる。これに西川チーフ……いや、もっとか。アクセルターボそのものが黙ってるワケがない。明日が……あ~、もう私たちに明日は来ないわ」
冴子さんはそう嘆くと、頭を抱えだした。
そっか。
でも――あたしは、そうは思わないな。
「冴子さん、明日は来るよ」
「……美咲?」
冴子さんの肩にポンと手を乗せると、不思議そうな顔を向けられちゃった。
『あゆみちゃん、もう大丈夫だから。よく頑張った!』
「だって今、あゆみたんが捕まえてくれてるよ? ハレーションの明日――」
「な、何言ってるのよ。あなたまで……」
変わる……ハレーションはきっと変われる。
あゆみたんのおかげで。
「あたしたちが……あたしたちみたいな無名なアイドルがさ。有名になろうと思ったら、もう方法なんて選んでられないじゃん!」
「……そうだよ、美咲。今がチャンス……!」
おっ、いつきたんもノッてるね~。
あとは――
「あう……あゆみちゃんが大変……」
由香たん、他人事じゃないでしょ!
『~♪ ~♪』
あっ、麗さんが歌い始めたら、お客さんたちが静かになっちゃった。
さっきまで、あゆみたんが優勢だったのに!
「泉野麗の歌……美咲、悪い予感がするよ……」
「うん。あたしも何か……あゆみたんのピンチだよ!」
あたしといつきたんは、顔を見合わせた。
言葉に出さなくても、お互いが何を考えてるかは自然と分かってた。
「あなたたち、まさか――」
「由香たん……」
冴子さんも気付いたみたい。
でもそれよりも、今は由香たんに聞かなきゃいけない。
「え……あっ」
由香たんはみんなから少し離れた場所で、身を縮こまらせていた。
いつも、そうなんだ。
由香たんはいつも、大人しい子だから……
「あたしといつきたん、これからステージに行くよ。あゆみたんを助けに行く」
「……えっ!?」
「由香にも…………出来れば、来てほしい」
途端に由香たんは、表情を困らせた。
眉毛をハの字に曲げて、瞳を潤ませて。
「でもね。もし由香たんが行くの嫌だったら、ここに残ってもいいよ。あたしといつきたん、2人だけで行く」
「……私は」
由香たん、やっぱり嫌だって言うのかな。
それもしょうがないけど……でも、本音を言えば――
「怖いよ……」
小さな震えた声が届いてきた。
……やっぱり、そっか。
「分かった、由香たん。じゃあ、あたしたち行って――」
「由香……それじゃ答えになってない」
振り返るあたしをよそに、いつきたんは由香たんと向き合ったままだ。
「怖い……だから行かないの? それとも……」
「あ、う……私……」
「……由香たん」
由香たん、何か言いたそう。
きっと……自分の中の何かと戦ってるんだ。
「怖い……怖い、怖い、怖いよ…………」
由香たんは顔を両手で覆って、まるで悲鳴を上げてるようだった。
でも、それだけじゃない。
まだ何かある……由香たん、答えを聞かせて!
「……」
いつきたんはそんな由香たんを、じっと見つめてる。
ううん、見守ってるんだ。
「怖い…………けど、私……お姉ちゃんに会いたい! もう、やだ。このままずっと顔も合わせてくれないなんて……」
パッと両手を顔から下ろすと、由香たんはまるで叫ぶように言った。
目の前の恐怖……でも、その先にある光!
由香たんもきっと、それを追いかけてる娘だから。
「んふっ。そう言うと思った……。いつかの営業の帰り道、車の中で由香、言ってたもんね」
「ハァハァ……え?」
「お姉ちゃんに追いつけない……って。あれは、追いかけてる人のセリフだから……」
いつきたんは嬉しそうに笑ってる。
あたしも嬉しい……
「あっ……え、えへへ……」
由香たんも、何だか照れくさそう。
自分の気持ちを言葉に出せて、スッキリしちゃったのかな。
『………………』
あれ? 観客席、すごく静かになっちゃってる。
どうしたんだろ?
いくらなんでも、これっておかしいんじゃないかな……
「いつきたん、由香たん、行こう! このままじゃ、あゆみたんが危ない」
「……がってんしょうち」
「うっ、うん!」
3人の気持ちが1つになったよ。
あゆみたん、待ってて。
今すぐ――
「待ちなさい……」
冴子さんが、ドアの前に立ち塞がってる。
「冴子さん、お願い! そこどいて!」
「どけるわけないでしょ……」
目が怖い……すごく真剣な目つき。
「あゆみはまだ、アイドルを始めて日が浅いから。あの子が1人で突っ走ったってことにすれば、まだ言い訳は出来る。ハレーションにとって、最悪の事態だけは避けられるかもしれない……」
冴子さん、きっといろいろ考えてくれたんだ。
もうどうやったって、これは責任問題になっちゃうもんね。
その中でどうにか、少しでもマシな方法を探って。
「もう諦めなよ……冴子さん」
いつきたん……あっ、なんか楽しそうな顔~。
「そうだよ~、もう手遅れっ! ざ~んねんでしたっ」
……って言いながら、あたしもだね。
「あんたたちぃ……」
「……冴子さん」
おや。
由香たんが珍しく前に……
「行かせてください。私……自分が嫌いでした。怖いことがあると、すぐ逃げちゃう自分が……でも、ここで踏み出せたらっ! お願い!」
すごい。由香たんが人に凄んでる。
お~、おぉ~~。テンション上がってきた~……!
「くぅ……」
冴子さん、困ってる。
よ~し、あたしも――
「冴子さん! あたしたち、絶対ステージから何か持って帰ってくるからさ! だから見逃してよ!」
「うっ……」
また表情を歪ませて……あっ、でも今ちょっと笑ったぞ。
「どうせ当たるなら砕けるまで……。わたしもあゆみも、美咲も……由香まで覚悟を決めたんだよ? 冴子さん……何か感じない? マネージャーとしてこう、ゾクゾクしたやつ……」
「…………」
冴子さんは、あたしたち1人1人の顔を見回した。
そして――
「ちょっと待ちなさい。3……2……1……」
自分の左腕に付けてる腕時計を見た。
「ゼロ! はい、本日の仕事終了~。室井冴子は残業しません! 定時で帰りま~す」
……冴子さん!!
「あぁ、あんたたち。やめてね? もう仕事の話、持ち出すの。私はもうフリーなんだから、また明日に備えて休養しなきゃ」
そう言って、ドアの前から身を引いてくれた。
「…………負けんじゃないわよ」
「うんっ! ありがとう!」
暖かい見送りを受けて、あたしたち3人は控え室を飛び出した。
「おい、どうなってんだよ? 今ステージ、メチャクチャになってるぞ!」
「知りませんよ……幸い、観客席に混乱は無いみたいですけど」
ステージ裏のスタッフさん、みんな慌ててる。
目の前のことで一杯一杯なのか、あたしたちにも気付かないみたい。
「あたしさ、今すごくワクワクしてるんだ。これからハレーションはどうなっちゃうんだろうって。きっと今までとは全然違う景色が、あたしたちの前に訪れるんだろうなって!」
「うん……わたしも待ってた、こんな時を……!」
「待ってて、あゆみちゃん……お姉ちゃん」
ほ~ら、もう着いた。
「あゆみた~ん。1人で頑張り過ぎだよぉ~」
ここがステージ……やっぱり広いなぁ。
「ハレーションは4人。……いつからソロデビューしたの?」
お客さんたちの雰囲気は……うわっ、最悪!
みんな、あゆみたんのこと睨んでる。
――でもね
「ごめんね、あゆみちゃん! 遅くなって!」
もう1人じゃないよ、あゆみたん!




